2020年、東京の夏(創作)

オリンピックで熱気あふれる東京に、正体不明の何かが現れた。戦う手段も、不思議な力もない私たちはただ逃げ、祈るしかないーー。 翻弄される人々の目線から語られるパニック・オムニバスストーリー。
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@cyan0401 あなたのツイートをトゥギャりました。読んでいただけると幸いです。 togetter.com/li/1250307

2018-07-25 22:07:50
詩織子 @cyan0401

2020年、東京の夏(なんかよくわからんコールタール状の液体が平沢進のパレードに合わせて広がって行く)

2018-07-27 02:29:02
詩織子 @cyan0401

「うわー、マジか…」俺は思わず独り言を零した。辺りを見回すと人、人、人。よりによってこんなところで彼女とはぐれるなんてついていない。東京オリンピック、バスケの試合。それが俺たちの初デート……みたいなものだった。

2018-07-30 21:16:33
詩織子 @cyan0401

友人たちには「そんな人死にが出そうな場所でデートなんてイかれてるのか」と散々言われていたが、今になっては何故その忠告を聞けなかったのかと己が身を呪うばかりである。電波も入りが悪いし、果たして互いを見つけられるのはいつになるのか。

2018-07-30 21:19:35
詩織子 @cyan0401

怒っているだろうなあ…。半年間の片思いが実ってやっとのデートなのに。背伸びをしすぎて複雑骨折をしてしまった感覚だ。これなら夢の国の方がまだマシだっただろう。とりあえず、どこか屋内に入りたい。暑くてたまらないのだ。

2018-07-30 21:22:10
詩織子 @cyan0401

皆考えていることは同じだ。休憩スペースは満員でクーラーの冷気が辛うじて感じられる程度。快適とは程遠いがわがままを言っていられない。日差しから逃げることができた俺はホッと一息をついた。彼女に電話をかけるが、混線しているのかなかなか繋がらない。

2018-07-30 21:25:38
詩織子 @cyan0401

イライラとした気持ちで電話をかけ続けていると、外でどよめきがあった。見れば屋外にいる人たちは皆一様に空を仰いでいた。…何かサプライズ的な催しでもあったのだろうか。あったとしてもわざわざ日に焼かれて見に行くほど元気はない。

2018-07-30 21:27:37
詩織子 @cyan0401

びちゃん、と外でやたらと大きい音が響いた。小さな頃よく遊んだスライムのような。何度も何度も聞こえる。何が起きている、と休憩スペースの人々は眉間にしわを寄せて屋外に注目し始めた。外にいる人があんぐりと口を開けている。ふっとそこに影が差す。

2018-07-30 21:30:10
詩織子 @cyan0401

べちゃりと、黒い粘着質な何かが落ちてきた。そこに人がいたはずなのに。悪い冗談のように、黒い池が広がる。ぱちゃん、ぱちゃん、べちゃりべちゃり。悲鳴を上げさせる暇もなくそれは落ちてくる。休憩スペースの天井から嫌な音がする。恐る恐る上を見上げた。ヒビが入っている。

2018-07-30 21:32:38
詩織子 @cyan0401

俺はとっさに外へ飛び出した。危険なのは外か、中か、分からない。分からないが嫌な予感がした。数秒後、轟音とともに休憩スペースが倒壊した。振り返るとチョココーディングされたケーキのように、すっぽり黒い液体に包み込まれている。辺りは甘ったるい匂いが充満していた。

2018-07-30 21:35:17
詩織子 @cyan0401

なんだよ、なんだよこれ…!遠くで噴水のように黒い液体が噴き上げられている。その水しぶきのように、ぼたぼたとこういうものが落ちてきている!噴水から逃げるように走るが、周りにどんどん液体が落ち、人を潰し、取り込んでいく。汗が流れる。涙かもしれなかった。

2018-07-30 21:38:00
詩織子 @cyan0401

「シキくん!」悲鳴に紛れて名前が聞こえる。とっさにそちらを向くと彼女が人の波に逆らいながら叫んでいた。「マナ!」「シキくーん!」泳ぐように人をかきわけ、手を伸ばす。「よかった会えて!逃げよう!」「うん!」手をしっかりと繋いだ。離れないように。

2018-07-30 21:41:35
詩織子 @cyan0401

ぱちゃん、と目の前に黒い液体が落ちた。俺と繋いだ手だけを残して、彼女は消えた。

2018-07-30 21:42:27
詩織子 @cyan0401

「え?」ぽかりとそこだけ空間が出来たようだ。甘ったるい匂い。汗。彼女の香水のにおい。ネイルをした爪。手首から腕時計が落ちた。腕がなくなってるから。柔らかい手のひら。マナはどこに行ってしまった?このスライムの下敷きになっているのか?「マナ……?」わけが分からなくなり空を見た。

2018-07-30 21:45:29
詩織子 @cyan0401

俺の上にも、それは落ちようとしていた。 Chapter4 むすんでひらいて

2018-07-30 21:46:30
詩織子 @cyan0401

「ぼく、オリンピック行きたかったのに!」何度目かになる息子の恨み言を聞き流す。地方の病院。母がーー息子からすれば祖母が倒れた。オリンピックを見に行く予定であったが身内の入院を放っておくわけにはいかない。姉さんにも後々ぐちぐち言われてしまうだろうと考えてのことだ。

2018-08-03 22:50:18
詩織子 @cyan0401

しかし蓋を開けてみれば母は一週間後には退院できるし、姉さんは家族とオリンピック旅行だ。大したことないことのためにいろんなものをほっぽり出して来てしまった自分が恥ずかしく、だからこそ息子の愚痴にも強くは叱責できなかった。

2018-08-03 22:52:12
詩織子 @cyan0401

「迷惑かけたねえ」母がボソリと言った。孫の言葉が刺さっているらしく伏し目がちだ。「やめてよ。…見栄のためにあんな暑いところにいくより涼しい場所で競技見てるほうがよっぽど楽だもの」本音を交えたつもりだが、可愛がっている孫の恨み節の前ではすべて無意味だった。

2018-08-03 22:55:33
詩織子 @cyan0401

「これで何か好きなもの買ってあげて。夏休み明け、ちょっとは自慢出来ることを増やしてあげたいから……」「母さん」財布を出そうとする母を制止する。「オリンピック見なかったぐらいで死にはしないんだから!万博みたいなもんよ、行かなくても別にどうってことないわよ」

2018-08-03 22:57:59
詩織子 @cyan0401

姉さんは自慢したがるだろうけど。いとこに夏の一幕を語られる息子を思い、今から不憫になってしまう。「とにかく、元気で良かったじゃない。…ショウタ、売店で飲みたいの買ってきなさい」声変わりを済ませていない男子のぶつぶつという独り言は耳に辛い。少しは機嫌が良くなるだろうか。

2018-08-03 23:00:11
詩織子 @cyan0401

1000円札を握らせるとパッと表情を明るくさせ意気揚々と病室を出ていった。現金な子だ。あれは本当に好きなおもちゃなりなんなり買わせたらいいのかもしれない。「どのチャンネルもオリンピックだらけねえ…」ぱちぱちとチャンネルを変えながら母はため息をついた。

2018-08-03 23:02:13
詩織子 @cyan0401

「しばらくは仕方ないよ……待って?」生中継、と右上に表示されているチャンネルで止めてもらった。なんだ、これは?演出か?「噴水…?」主要競技場から、黒々とした何かが吹き上げていた。『ご覧ください!なんでしょうかこれは!ああっ、逃げ、逃げるぞ!』

2018-08-03 23:04:52
詩織子 @cyan0401

レポートをしようとするも恐ろしくなったのか、レポーターは素に戻りマイクを投げた。次の瞬間には悲鳴とともに何かが潰れた音がして、画面は黒くなった。「な、なにこれ…タチの悪いドッキリ?」他の病室からもざわざわと声がする。みんな同じものを見ていたのだろうか。

2018-08-03 23:07:01
詩織子 @cyan0401

他の生中継をしている番組に変えても同じような結果だ。黒い液体が降り注ぎ、悲鳴と怒号、人が飲み込まれていく。あのままどうなってしまうのか。はっとしてテレビを消した。母の体調に良くない。「……パニック映画だよ」私の声は震えていた。真っ黒な画面に映った自分を見て、ギョッとする。

2018-08-03 23:09:21
詩織子 @cyan0401

「ママァ、コーラ買ってきた!ママのはコーヒーでしょ?」息子がのんきに帰ってくる。母が振り向くより先に私は息子を抱きしめた。「ママ?」「大丈夫、大丈夫よ……」「あなた震えてるじゃない…来て、手を握るから…一緒にいるから…」「大丈夫、母さん…本当に……」

2018-08-03 23:12:03