【#バッテリー杉尾】よりぬきエピソードまとめ

【金カム】バッテリー杉尾まとめ(‪https://togetter.com/li/1252253)より主なエピソードを時系列順で抜き出したものです 詳細な設定やその他エピソードは前述まとめをご覧ください
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ぬこむら @nukomura_c

尾形は天井を仰いだ 「あの家で生きて死んだ事を思えば、俺は充分に、充分過ぎる程に幸福に生きる事が出来た だから、残る望みは、……そう思えている間に死ぬ事だけだ 今回の事は、丁度いい機会が来た ただそれだけの話だ」 そう言って目を閉じる 杉元は足を踏み出した 病室に靴音が響く

2018-09-08 01:29:25
ぬこむら @nukomura_c

足音がベッドの傍で止まる 尾形の目が大きく見開かれた 杉元の手が病衣の胸ぐらを強く掴んでいた 「本当に、尾形は自分勝手だなあ」 震える声 笑んだ頬を涙が伝った 「メジャーに行った時もそう、帰って来た時もそう、現役を辞める時もそうだ ……何時も俺に言うのは自分で決めた後だったよね」

2018-09-08 01:46:48
ぬこむら @nukomura_c

顎から落ちた雫が床に落ちた 「それらはね、別に良かったんだよ いや、本当は良くないんだけど 尾形が俺の傍から完全にいなくなるって訳じゃなかったから 何時かは帰ってきてくれるって分かってたから でも──」 尾形は掴まれた病衣が軋む音を聞いた 引き寄せられる 「でも、これは駄目だろ」

2018-09-08 02:25:24
ぬこむら @nukomura_c

覗き込む瞳を尾形は真直ぐ見つめ返した 「さっきも言っただろ 伝えたところで快復はしない ただお前に余計な苦しみと悲しみを与えるだけだ そんな事はしたくなかったし──お前のそんな顔は見たくなかった」 視線が下に落ちる 「……見たくなかったんだ 本当に、あのまま死ねていたら良かった」

2018-09-08 08:31:30
ぬこむら @nukomura_c

杉元の手が病衣を離れた 力無く落ちる 「そういうところも変わらないよね 一人で思い悩んで決めて突っ走っちゃうの それで何回喧嘩したっけ ……はは、覚えてないや」 ゆるゆると腕が伸び、尾形の肩を抱いた 「そうじゃない、そうじゃないんだよ 俺はさ、置いてけぼりにされた事に怒ってるんだ」

2018-09-08 08:51:21
ぬこむら @nukomura_c

腕に力が篭る 「尾形が常に最善を考えてたって事は分かってる だから話を聞かされる度もう決まった事だから仕方ないって普通に接してたけどさ 何時も寂しかったんだよ、俺」 尾形の首元で鼻を啜る音がした 「苦しみも悲しみも余計なもんか 分かち合ってあげられなかった事の方が余程辛い……!」

2018-09-08 09:32:56
ぬこむら @nukomura_c

痩せた手が伸び、杉元の頭を撫でた 「……そうか、俺はまた間違ったんだな 本当に、何度もお前を怒らせてきたのに、結局最後まで直せなかったか」 はは、と自嘲の滲む声で笑う 頭を撫でた手が頬へと下りた 「でも、今回は自分の判断を少しだけ後悔しているんだ」 杉元が顔を上げた 「後悔……?」

2018-09-08 13:23:53
ぬこむら @nukomura_c

「お前が持ち込んだ海外旅行の話だ」 杉元は目を見開いた あちこちで集めたパンフレットを抱え意気揚々と尾形の家に向かったあの日 尾形と交わしたやりとりが脳裏に蘇った 「あの頃にはもう診断は下っていた だから、適当に話を合わせて流そうと思っていた ……けれど」 尾形はそこで口を閉ざした

2018-09-08 21:49:23
ぬこむら @nukomura_c

黙り込む 杉元はその背を撫でた 尾形の口元が微かに震えた 「……これまで俺の人生には野球しかなかった 球界を退いた後は無為の日々が待っているだけだと思い込んでいた 以前にもお前がその手の話をした事はあったが、……まさか本当にそういう道を用意してもらえるとは思わなかったんだ」

2018-09-09 06:30:03
ぬこむら @nukomura_c

ひとつ嘆息して目を伏せる 「あの時、本当に楽しそうに話していたよな、お前 それを見ていたらつい思っちまったんだよ ……ああ、一緒に行きたかったなあ、と」 杉元はその身を強く抱き締めた 「大丈夫だよ、行けるよ」 尾形は力なく笑った 「行ける訳ねえだろ 此処から出られるかも分からんのに」

2018-09-09 07:56:54
ぬこむら @nukomura_c

腕を解くと杉元は尾形の肩を掴んだ 尾形を真直ぐ見つめる顔に笑みが浮かんだ 「大丈夫だって、俺が連れて行くから」 尾形は首を横に振った 「無理だ、もうそんな時間はねえんだよ」 「絶対に、絶対に一緒に行くんだ」 「……あの時言っておくべきだったな」 「だって、俺は、尾形と一緒に」 「杉元」

2018-09-09 08:25:00
ぬこむら @nukomura_c

杉元が口を噤む 尾形は震える手で目元を覆った 「悪い、一緒には、行けない」 吐息が揺れる 手の隙間から涙が一筋溢れ落ちた 「有難う ……本当に、お前と出逢えてよかった」 微かな嗚咽 杉元の腕がもう一度尾形の背に回った 「愛してる 永遠に」 尾形の言葉に、杉元は頷く事しか出来なかった

2018-09-09 09:53:21
ぬこむら @nukomura_c

暖かな春の日、尾形はこの世を去った 大き過ぎる喪失感に浸る時間的余裕は杉元にはなかった 身寄りのない尾形から依頼されて死後事務委任契約を結んでいた為、事務処理手続きや遺品整理等を代わりに行う必要があったからだ 慌ただしく動き回っている間は、少しだけ悲しみが薄れる気がした

2018-09-09 11:11:37
ぬこむら @nukomura_c

葬儀も杉元が喪主となって執り行った 訪れた参列者の中に野間の姿があった 最後まであいつの傍にいてやったんだな、本当に有難う そう声を掛けられて、あの日交わした会話が脳内に蘇った 努めて保っていた表情が崩れ、涙が零れそうになる 堪えようと黙り込んだ杉元の背を野間は優しく摩った

2018-09-09 12:28:04
ぬこむら @nukomura_c

周囲の助けもあり、葬儀は滞りなく進行した 野間の前で崩れそうになった心は、式が始まる頃には冷静を取り戻していた 居並ぶ参列者の前で挨拶の口上を述べる 顔に笑みを湛えながら、まるで夢の中にいる様だと杉元は思った ふわふわとした浮遊感の様なものが心を包んでいた 現実感がまるでなかった

2018-09-09 15:27:25
ぬこむら @nukomura_c

気付いた時には、骨箱を手に尾形が暮らしていたマンションの前にいた いつもそうしていた様にエントランスを潜り、コンシェルジュに会釈してエレベーターに乗る 玄関の扉の前で杉元は立ち止まった 息を詰めて解錠し、扉を開ける 出迎える者などいる筈がなかった 骨箱を抱える手に力が入った

2018-09-09 15:50:50
ぬこむら @nukomura_c

リビングに足を踏み入れる まるで時が止まっているかの様にそこはかつての姿を保っていた テーブルに骨箱を置きソファに腰を下ろす ぼんやりと視線を巡らせると、そこかしこに尾形の気配を感じた もうこの世にはいないのに 視界がぐしゃりと歪んだ ぼろぼろと溢れる涙 杉元は声を上げて泣いた

2018-09-09 16:14:16
ぬこむら @nukomura_c

球団からお別れの会の開催を提案されたのはそれから数日後の事だった かつての名投手であり名指導者でもある尾形の死を悼む多くの声を受けての企画だという事だった 球団が主催となり各種手配を行ってくれるらしい 杉元には弔辞が依頼された 当然といえば当然の役回りだ 杉元はその場で承諾した

2018-09-09 17:09:40
ぬこむら @nukomura_c

尾形の家のリビングで杉元は紙に向かいペンを握っていた 弔辞の内容を考える為である 未だ尾形の面影が残るこの部屋でなら多くの思い出を思い出せるだろうと考えての事だった それは思った以上の効果があった 溢れる思い出は文を取り留めのないものにさせた 何度も紙を丸めてはゴミ箱に投げた

2018-09-09 17:35:06
ぬこむら @nukomura_c

お別れの会当日 球団が手配した立派な会場には同じ時期を球界で戦った者や尾形の指導を受けた者、親交があった者など多くの参会者が訪れていた 群れる事をせず飄々とした物腰で生きた尾形 恐らく本人も気付かぬうちにこんなにも多くの人間と繋がっていたのだ 杉元は自分の事の様に喜びを抱いた

2018-09-09 18:30:35
ぬこむら @nukomura_c

献花が終わり、会が始まった 杉元は喪主としてマイクスタンドの前に立ち、開会の辞を述べた 一礼し、暖かな拍手を受けながら司会者に場を任せて席に戻る かつてのチームメイト達が杉元を出迎えた 言葉を交わしていると、会場が暗転した 故人の紹介として、尾形の来歴を纏めた映像が流れ始めた

2018-09-09 19:28:25
ぬこむら @nukomura_c

甲子園で優勝を果たした瞬間からプロ初登板初勝利、初めて優勝投手となった瞬間、渡米前に行われた会見…… 映像を静かに見つめている杉元の周りで、本当にあいつは凄い奴だったな、と呟く声がした 性格も本当にアレだったがな 返った声に、周囲で薄く笑いが起こる つられる様に杉元も笑った

2018-09-09 19:57:52
ぬこむら @nukomura_c

映像は続く その間にも周囲では尾形に纏わる思い出が口々に語られた 杉元はそれらに耳を傾けた 常に傍にいた自分には見えなかったものも幾つもあった 語られる度懐かしいなと声が上がり笑いが起こった ああ、尾形は未だに皆の記憶の中で生きているのだ──その事に、杉元は胸が詰まる思いを感じた

2018-09-10 10:18:08
ぬこむら @nukomura_c

映像が終わり、会場に再び明かりが灯る 司会者の呼び掛けにより全員が起立し、黙祷が捧げられた 終了後着席を確認した司会者が次のプログラムを告げる 名を呼ばれて杉元は席を立った 周囲の暖かな視線に送られて歩を進める マイクスタンドの前に立つと、胸元から折り畳まれた巻紙を取り出した

2018-09-10 13:21:43
ぬこむら @nukomura_c

巻紙を開こうとする しかしその手は途中で止まった 手元を見つめる背後で微かなざわめきが起こる ふと笑むと、杉元は巻紙を再び畳んだ 『すみません 文章は書いてきたんですけど……どれもしっくり来なくて、この場で読むには相応しくない気がして 申し訳ありませんが見ずに話をさせてください』

2018-09-10 15:10:02
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