【#バッテリー杉尾】よりぬきエピソードまとめ

ぬこむら @nukomura_c

ゆっくりと尾形に歩み寄る 俄かに鼓動が高鳴り始め、緊張が心に滲んだ それでももう止まれなかった 立ち尽くしたまま此方を見つめる尾形に腕を回す そしてそのままそっと抱き締めた 尾形は動かない 杉元はその耳元に口を寄せた ……嫌？ 囁く様に言うと尾形は少し間を置いて緩く首を横に振った

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じゃあ、これは？ 抱き締めていた腕を緩める 尾形の後頭部に手を当て静かに唇を重ねた すぐに離し、ひとつ息を吐く 尾形は顔に戸惑いの色を滲ませて視線を揺らした 杉元は尾形の肩を抱きその表情を真直ぐ見つめた ……嫌？ 先程より少しだけ長い間のあと尾形は戸惑った表情のまま首を横に振った

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どくん、と杉元の胸が高鳴った 腹の底からぞわぞわとした衝動が湧く それを抑え込みながら口を開いた ごめん、尾形、言葉で聞かせて 尾形は僅かに目を見開いた ぐっと口を閉ざし、視線を逸らして黙り込む 杉元はその頬に朱が差している事に気付いた 同時に微かな声が届いた ……嫌、じゃ、ない

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杉元は衝動のままに尾形を抱き寄せた そして再び唇を重ねる 先程よりも強く、深く 欲しかったのだ、ずっと もしかしたらTVの中で甲子園のマウンドに立つ姿を見たあの日から 愛しさが胸を突き破りそうな程の奔流となって心に広がり、目頭が熱くなった 次の瞬間、横っ面に尾形の拳がめり込んだ

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思わずその場に崩れ落ちる 尾形は赤い顔をして肩で息をしていた ……お前っ、程度ってモンを、考えろっ 杉元は慌てて土下座し謝った 謝りつつそろりと顔を上げて尾形を見る とりあえず俺の事好きなんだろ？ 何処か浮ついた心で問う 尾形は赤い顔のまま目を背けた それは、……よく、分からん

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ハァ！？ 杉元がまた食い気味に声を上げた すぐ分かるじゃんそんなの！ 尾形はばつの悪そうな顔で杉元を睨んだ さっきも言っただろ、こんな事は初めてなんだ だから、……確信が持てない もごもごと言ってそっぽを向いて座り込んでしまう 杉元は思った ああ、尾形は頭が良いけど馬鹿なんだなと

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杉元は向けられた背に腕を回した 首元に頭を埋める じゃあさ、お試しで付き合ってみようよ 付き合ってるうちに尾形も好きって事が分かるかもしれないし 嫌になったらその時は……諦めるから また少しだけ間を置いて、尾形は小さく頷いた 杉元は喜びに笑みながらその身体をぎゅうと抱き締めた

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付き合い始めネタは簡潔に言うと両片思いだったねって話です 片方赤ちゃんで自覚出来てなかったけど

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「この高さじゃ落ちても死ねねえと思うけど」 背後から聞こえた野間の声に、尾形は校舎の屋上の縁に掛けようとしていた足を止めた 「あそこの鍵壊れてたんだな　後で言っとかねえと」 「……何の用？」 振り返りもせずに尾形が問う　呆れた様に肩を竦めながら、野間は尾形へと足を踏み出した

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「お前が練習に来ねえから探せって言われたんだよ　途中でこの校舎に入るのを見た奴がいてな」 鍵の壊れたフェンスの扉を潜り、フェンスに沿ってゆっくりと歩を進める 「前から先輩達とトラブってたろ　ここ最近のお前、何時も以上に暗いし　何かヤな予感がして来てみたら、ビンゴだったって訳だ」

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漸く尾形の視線が野間に向いた 「まあ、とりあえず、間に合ったか」 その隣まで歩み寄ると、野間はフェンスに背を預けて腰を下ろした　尾形は視線を眼下のグラウンドに投げた 「……別に死にたい訳じゃない　右腕さえ駄目になってしまえば、それで」 「どういう事だ」 野間の問いに尾形は目を伏せた

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「野間、前から俺にも優しくしてくれるけど、やめた方がいいよ　あいつらが俺の家の事あれこれ言ってるの、知ってるだろ　あれ、間違ってないんだ　俺には近付かない方がいい」 「座れよ、ここ」 言葉を遮る声に尾形が振り返る　真直ぐ見つめる野間の目に唇を噛んで、促されるままに隣にしゃがみ込んだ

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膝を抱きかかえ、そこに顔を埋める 「……本当の父親の事は苗字しか知らない　父親と呼ばされた奴等は何人もいた　母親は薬を飲んで勝手に死んだ　どれだけ野球を頑張っても爺さんはずっと俺を無視してたし、婆さんは優しかったけど爺さんの顔色見なきゃ動けない人だった」 自然と溜息が漏れた

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「頑張って、頑張って、この学校に入れればきっと何もかもが上手くいくと思ってたんだ　結果はこのザマだ　まさかこの学校ですら頑張れば頑張るほど嫌われるなんて思いもしなかった」 はは、と自嘲の滲む声で笑った 「別に何を言われても気にしないつもりだったけど、……疲れた　もう、疲れたんだ」

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立ち上がり、尻についた埃を払う 「野球部は辞めるよ　多分、学校も　今まで優しくしてくれて有難う、……嬉しかった」 そう言うと、野間に向けてぎこちなく笑ってみせた　足を踏み出す　フェンス伝いに屋上の出入り口へと向かおうとしたその時、野間がその手を取った 「待て　……それは、俺が困る」

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「……え？」 黒々とした瞳が再び野間を見下ろす　はっと我に返った様な顔をしたあと、野間は視線を宙に彷徨わせた 「あー、えーと、……その、だな、」 空いた手で頭を掻く　尾形の手を解き放すと、そのまま地面を指差した 「……とりあえず、座れよ」 訝しげに眉を寄せながらも、尾形はそれに従った

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「言うつもりは無かったんだが……まあ、こうなったら仕方ねえか、くそ」 溜息を吐き、ばつの悪そうな顔で言い捨てる間も、野間の視線はあちこちに揺れた　何なんだと尾形が問おうとした瞬間、それが尾形に向けられた 「俺はな、尾形、お前が投げる球が好きなんだ」 その言葉に、尾形は目を丸くした

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「初めて見た時からそうだった　すげえ綺麗な球を投げるなって、衝撃的だった　……まあ、何つーか、一目惚れみたいなもんだな」 照れ隠しの為か、野間はもう一度頭を掻いた 「その時にはもう、いつか絶対にお前の球を受けてやるって思ってたんだ　お前とバッテリー組んで一緒に甲子園に行くんだ、と」

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「……で、それを叶える為に、俺に野球を辞められたら困るって事？」 「まあ、そういう事だ」 真顔で頷く野間に、尾形は声を立てて笑った 「何それ、馬鹿じゃねえの」 「俺もそう思うさ　けど、もう決めちまった事だからな」 尾形はじっと野間の表情を見つめた　そこに揶揄いの色は見られなかった

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「それが叶えられたなら、後は野球を辞めるなり死ぬなり好きにしてくれりゃあいい　けど、どうかそれまでは野球を続けてくれよ　頼む」 「……はは、訳分かんない」 笑いながら、尾形は野間から目を逸らした 「しかし、思った以上に追い詰められてたんだな　……何もしてやれなくてすまなかった」

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尾形の横顔を見つめたまま野間が言う　尾形はぐっと口を噤んだ 「あの先輩達を直接どうこうするのは難しいが、話の分かる奴に手を回す事は出来る　そうすりゃ前よりはお前を守れる筈だ」 「……何で、そんなに俺の事を」 目元を隠す様に手を当てながら、震える声で問う　野間は溜息と共に肩を竦めた

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「さっきも言ったろ、お前が必要だからだよ、俺にとってな　もちろんチームにとってもだが　──ああクソ、何度も言わせんなよ、小っ恥ずかしい」 眉を寄せながらそっぽを向く　込み上げるものを堪える様に、尾形は唇を結んだ 「とりあえずそういう事だ、分かったな　……ほら、立てよ、練習に戻るぞ」

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野間が立ち上がり、屋上の出入り口へと向かう　その背にひとつ頷くと、尾形もその後を追って足を踏み出した おしまい

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ちなみにこうやって自分から出自の事を話したのはこれが最初で最後のもよう