だというのに艦隊の先頭を切って敵の戦列に突撃することもなければ、母艦に抱えられて敵地に進発することも、航空機から投下されることもない。最後の以外は訓練を受けたが、相手の動きがどうであれ、実際に戦場で主砲を撃ったことは一度もない。
2018-10-19 20:56:44海軍に入隊していくらかした頃、私は連続して三回目の非戦闘部隊への配属を迫られていた。そこで、当時では唯一女性が志願できた戦闘部隊「連合艦隊娘(カンムス)」への異動願いを出した。
2018-10-19 21:57:16「■■さん、本当にいいのですか?」 部下の面倒見がよく、発言力も強い彼女は、望みさえすればおよそあらゆる配置を斡旋してくれる。 「出世は出来なくなるわよ」
2018-10-19 21:58:31出世出来るにこしたことはないが、それ以上に戦闘部隊への配置を望んでいたのだ。しかしそれは本来、あまりにも望みの薄い希望だった。
2018-10-19 21:59:33女性の採用に積極的で、当時としては進歩的と言われた海軍ですら、女性を戦闘部隊に送り込むことは思いもよらなかったのだ。
2018-10-19 21:59:55女性の能力は、後方でこそ発揮される。出世街道の最も強力な道は、優れた指揮官の副官。外れは事務官、いや受付か。どれ程探したところで、前線の文字はない。
2018-10-19 22:03:59「■■さん」 あの頃の女性隊員の関係は、階級を抜きにして連帯感が強かった。序列に従った明確な上下関係はあったが、普段から相手を階級や役職ではなく、さん付けで呼んだ。それは上官に対してもだ。
2018-10-19 22:04:53あの日曜日、下宿で惰眠を貪っていた私は、警急呼集で大家さんに叩き起こされた。制度上は存在したが、訓練以外で実際に行われたことなどない。※3
2018-10-19 22:06:08港に帰って門をくぐるや否や、当直士官が駆け寄ってきて「事件のことを聞いたか」と尋ねてきた。どうやらパールハーバーが攻撃されたらしい。
2018-10-19 22:06:42最初はあまり真剣に考えなかった。攻撃とは言っても、一体誰が攻撃すると言うのか。当時の合衆国は正しい意味で太平洋の支配者で、そもそも彼ら合衆国海軍に一矢報いるほどの規模(対抗など、この世の何者にも不可能な筈だった)の海軍を組織していたのは帝国だけだった。
2018-10-19 22:07:15雑音がひどい中継放送では、何度も同じ文言が繰り返されていた。「これは訓練ではありません!これは訓練ではありません!」。バックではキーンと言う聞いたことのない高音や、ぶうぶういう羽虫のような雑音が騒がしく、それに何か爆発する音やガタガタと機関銃を撃つような音が混じっていた。
2018-10-19 22:08:32爆発する音がどんどん連続して、どんどん大きくなり、ひときわ大きな雑音の後まったく何も聞こえなくなった。それまでと違う空電そのものの雑音が聞こえるようになって、悪夢のような現実が襲いかかって来ていることを理解し始めていた。正確に何が起こったのか理解したのは、公式発表があってからだ。
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