【クラウド・オン・ザ・ディープウォーター セグアム編#1】「曇天」

0
えみゅう提督 @emyuteitoku

だが、チェルノボグの動体視力は、胡乱な群れの隙間にちらついたドット単位の青を見逃さない。「イヤーッ!」チェルノボグが跳躍する。彼女は逡巡する視界の中心に青い影を捉え、海を覆う群れに飛び込んだ。刹那、死神が舞い降りた群れが蒼い血煙変わる!ゴウランガ!26

2018-11-26 17:57:13
えみゅう提督 @emyuteitoku

チェルノボグ本来の鋭利なカラテを見て、スクトゥムは慌てた。「おいおい!殺してないよな?!」「捕まえろ、だろう?ほら、ちゃんと生かしてある」チェルノボグは握った拳を突き出した、ただ握っただけの拳。掴んだはずの青い影は彼女の足にコアラめいてしがみ付いていた。27

2018-11-26 17:58:14
えみゅう提督 @emyuteitoku

「うおおーい!チェル!足だ足!」「な!イヤーッ!」チェルノボグが手刀を振り降ろす。思わず殺傷力のあるカラテを振るってしまったことに、刹那の後悔が彼女の脳を走った。しかし、青い影は台所に潜む宿敵めいた俊敏を以ってチェルノボグの死の一閃を躱していた。28

2018-11-26 17:59:09
えみゅう提督 @emyuteitoku

「速い!なんだ、こいつは!」チェルノボグは振り降ろした腕を海に付き、重心を整え、逃げた影を目で追った。いわば三瞬、青い影が逃げる!「俺に任しとけ!」スクトゥムが啖呵を切る。「いくぜ、マンモス=サンの巨体をヒントに編み出した新ヒサツワザ!オールボディハエタタキだ!」29

2018-11-26 18:00:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

スクトゥムが青い影に四肢を広げ落下!べちんと軽い音が鳴った後に残ったのは、上からの重みに倒れた群れと、足を掴まれ暴れる青い影、そして潰れた蛙の如き姿で盛大に腹打ちしたスクトゥム。「ただのボディプレスだろ」チェルノボグの痛い指摘。そう、ただのボディプレスである。30

2018-11-26 18:01:53
えみゅう提督 @emyuteitoku

「ちょっとかっこつけたかっただけだから」スクトゥムは顔を海面に浸して答えた。そう、ただのボディプレスである!「ま、ちゃんと捕まえたからリザルトヨロシイだ」スクトゥムが青い影を引き寄せ正体を確かめる。それは、風雨に晒され色あせたブルーシートを被った深海棲艦だった。31

2018-11-26 18:04:12
えみゅう提督 @emyuteitoku

「元気です。ありがとー」青い影は同じ台詞を繰り返した。その言葉を耳にして、チェルノボグは左目を見開く。「こいつ、喋れるのか」それが、スクトゥムが必死に追いかけた理由だった。口から意味のある言葉を発した。チェルノボグは青い影の胸倉を掴み上げる。32

2018-11-26 18:06:13
えみゅう提督 @emyuteitoku

「言葉が通じるなら、正に話が早い。ドーモ、チェルノボグです」左の開手を口元に、右手に相手の胸倉を、手荒ながら形式を保ったアイサツだ。死神の名乗りに対し、青い影は、「元気です。ありがとー」とアイサツではなく、挨拶の定型を返した。チェルノボグは訝しんだ。33

2018-11-26 18:07:02
えみゅう提督 @emyuteitoku

「なあ、スクトゥム。これ、役に立つのか?」「すまん、急に話しかけられたから何か知ってると思ったんだが、自信ない」「元気です。ありがとー」青い影は同じ言葉を繰り返す。「…まあ、無駄な殺生は控えるか」そう言ってチェルノボグが右手の拘束を緩めた時、「耳を塞いでください、どーぞ」34

2018-11-26 18:10:05
えみゅう提督 @emyuteitoku

警句に目を向けると、青い影は手に握った何かのピンを引き抜いていた。PIiiiiii!!!青い影が握るブザーがけたたましい騒音を鳴らした!律儀に両耳を塞いだスクトゥムでも、手の甲を貫く異様な音に身を震わせた。(なんだこりゃ!?芯までギンギンきやがる!背骨を雑巾絞りされてる気分だ!)35

2018-11-26 18:11:20
えみゅう提督 @emyuteitoku

PIiiii……ブザーが鳴りやんだ。「う、お…こいつは、効いたな。チェルノボグ、大丈夫か?」呼びかけられたチェルノボグが塞いでいたのは左耳だけだった。青い影を掴んでいた右手が解かれ、黒い死神は白痴の如く、収縮しきった瞳孔で虚空を見つめていた。「おいおい!どうしたチェル!」36

2018-11-26 18:12:48
えみゅう提督 @emyuteitoku

親友の忘我が、先の騒音にあることは明白だった。スクトゥムの拳に蛮力が宿る。「てぇめぇ!何をしやがった!」影の返答は――「げんきーで、す。あーりーがーとー」「って自分にも効くんかい!!」スクトゥムは目を回す青い影の胸元を渾身の平手裏拳で引っ叩いた。37

2018-11-26 18:13:14
えみゅう提督 @emyuteitoku

チェルノボグのカラテに劣らぬ切れ味のツッコミ!無論殺傷力は欠片もない。スクトゥムはつい癖で叩いたがこの場は宴会壇上ではない。夏の北方に吹く冷えた風が流れるだけである。「あー、なんだ…おいリンクス、何か変な奴捕まえたぜ、リンク繋げ。寒い茶番かましたのは謝る」38

2018-11-26 18:14:20
えみゅう提督 @emyuteitoku

リンクスからの応答はなかった。しかし、かの大戦の時とは違いリンク・ジツの接続は残っていた。接続できている以上焦る必要はないが、渾身のコントを無視されるのは堅固な装甲を持つスクトゥムでも辛いのだ。「聞こえてないならそれでいいんだが…ちょっと寂しいぞ。何かあったか?」39

2018-11-26 18:15:04
えみゅう提督 @emyuteitoku

リンク・ジツが繋がった。 しかし、普段と感覚が違う。これはリンクスのジツではない。 MightyKingOfMajestyGreatBritain:リンクスは先の怪音で伸びておる Scutum:名前がなげーよ Hood:ムハハ、なあに単なる戯れよ 40

2018-11-26 18:17:18
えみゅう提督 @emyuteitoku

Lionheart:さっきの音は何だ?皆調子がおかしい Scutum:怪しい奴を捕まえたら何か鳴らしてな、こっちもチェルノボグが呆けてる Hood:敵艦はどうだ? Scutum:無事なのは俺らだけって言えば分かりやすいか? Hood:ムァッハッハ!至極簡潔よ。勅命だ、その闖入者を引っ立てろ Scutum:へいへい 41

2018-11-26 18:18:18
えみゅう提督 @emyuteitoku

スクトゥムはリンクを切り上げ、目を回して倒れている青い影を掴み上げた。「おい、チェルノボグ。戻ろうぜ」未だ棒のように立つチェルノボグの額をスクトゥムの指先が叩く。「…っう。大丈夫だ今行く。問題ない」チェルノボグの意識は半ば空を捉えていたが、今や周囲を警戒する要はなかった。42

2018-11-26 18:19:05
えみゅう提督 @emyuteitoku

海を埋め尽くしていた胡乱な群れは青い影が発した音に翻弄され、一隻残らず水面下に沈んでいた。この光景を見れば音の効果を問う必要はない、問いただすべきは如何にしてこの音響を得たかだ。43

2018-11-26 18:19:59
えみゅう提督 @emyuteitoku

ボトムレスの船内で青い影が口を開く。「元気です。ありがとー」船内にいる誰が、何を、何度問いかけても返事は変わらなかった。「これでは群れの一匹と変わらないぞ」額に冷やした布をあてがうコールドレインが言う。異様な音波に気を攫われていた者は皆意識を取り戻していた。45

2018-11-26 18:22:27
えみゅう提督 @emyuteitoku

同じ言葉しか発しない闖入者にライオンハートも眉をしかめていた。「ウーム、リンクス、この子にジツは繋がらないのか」リンクスは大きく首を横に振る。「ダメだな。コトダマは持っているらしいんだが、小さすぎて入れない。私なりにジツを磨いて来たが野良犬以下の知性が相手では無理だ」46

2018-11-26 18:23:13
えみゅう提督 @emyuteitoku

手がかりかと思えば再び手詰まり、ボトムレスの外では再度浮上を始めた胡乱の群れを相手にスクトゥムとチェルノボグが戦っている。状況は悪化こそしていない。だが、前に進めない。ライオンハートは額に拳を当てる。「何かあるはずだ…この子がここにいた意味がある」47

2018-11-26 18:24:34
えみゅう提督 @emyuteitoku

[どうした童、知恵を絞って千切れては元も子もあるまい、我には一案あるが?]「だま――いや、すまない。任せる」ライオンハートは身を引いた。[ならば我が手ずから指揮をとってやろう。コールドレインよ、こいつの体をまさぐれ]「ああ、それくらいなら構わない…いや構うよ!触れと?!」48

2018-11-26 18:26:26
えみゅう提督 @emyuteitoku

[たわけ、何を考えている。こやつの装備を検めろと言っておるのだ。な~ん~だ~、何を構うつもりだった?どこを触ると?言ってみろ!]「「黙れフッド!」」コールドレインとライオンハートの声が重なった。49

2018-11-26 18:26:50
えみゅう提督 @emyuteitoku

「さて…シツレイするぞ」「元気です。ありがとー」コールドレインは影を包む青いシートをめくり上げた。案の定シートの中には未発達のやせ細った裸体があった。「まさぐるも何も、全部丸見えだな…おっと、さっそく何か発見だ」シートの中の暗がりに、金属の光沢が煌めく。50

2018-11-26 18:29:13