『バウムクーヘンの女』

TLに流れて来た『バウムクーヘンの女』という文から天堂真矢に恋してしまう新人パティシエを想像して、書いてと言われたので即興で書いた話です。
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れんず @kari_renz

その女は、来店する度にバウムクーヘンを丸々注文し完食、更にはお土産にと4ロール程購入して行く。 毎週金曜日のことだ。 最初は、やけに綺麗な客だと思う程度だった。 何の因果か、その女が来る時間帯は私は手を持て余していることが多く、意識の半分程をその女に注ぐことが出来た。

2018-12-10 14:53:35
れんず @kari_renz

よくよく見てみると、その出で立ち通りに品の良さを見て取ることが出来た。 その女の去った卓上には、まるで洗ったばかりの様な皿が残る。 軽口を叩き合う間柄の先輩に、その話をしたところ、客ばっか見てないで仕事に集中しろと正論を言われてしまい、その後は真面目に働いた、翌週の金曜日までは。

2018-12-10 17:44:26
れんず @kari_renz

その女は、本日も例の通りにバウムクーヘンを1ロール注文する。 ウェイトレスが所望の品を届けるのを何となく目で追う。 その女の目は、バウムクーヘンが到着するや星空の様に輝く。 一口、一口を運ぶごとに何かに納得したかの様に頷きながら食べる所作は純粋無垢な少女の様で可愛らしく思った。

2018-12-10 17:46:35
れんず @kari_renz

「....おい、おいってば!」 隣から見知った声が聞こえ、顔を向けるとそこには案の定見知った顔があった。 「手、止まってるぞ」 先輩に謝罪をし、業務を再開する。 それでも目線だけは女から外すことは出来なかった。 「..また、『バウムクーヘンの女』か?」

2018-12-10 17:47:49
れんず @kari_renz

そんな私に気付いたのであろう先輩にため息混じりの声を掛けられる。 『バウムクーヘンの女』....毎週金曜日に欠かさず来てはバウムクーヘンを注文する彼女のことをいつしか先輩はそう呼ぶ様になっていた。 「え、あぁすいません集中します」 完全に業務に集中しようと女から目を外す。

2018-12-10 17:48:58
れんず @kari_renz

「いやまぁそれは良いんだけどよ」 口籠もる先輩に怪訝な目を向ける。 「なんつーか、まるで恋でもしてるみたいな顔してたからよ」 ″恋″という突拍子もない言葉に思考が停止する。 後日先輩に聞いたところによれば、その後の業務をこなしたことは確からしいのだが終始生返事で不気味だったらしい。

2018-12-10 17:50:16
れんず @kari_renz

翌週まで、業務に全力を注ぐことで脳裏に浮かぶ理解不能な思考を追いやろうとした。 しかし帰宅後はそうも行かず、毎晩遅くまで先輩に言われたあの台詞を思い出しては悶々としていた。 結果、木曜日の午後を過ぎた辺りで眩暈がして、何とかその日は乗り越えたが金曜日は休むこととなってしまった。

2018-12-10 17:51:01
れんず @kari_renz

迎えた金曜日、早急に復帰すべく安静にして過ごす。 意識は常に時計に向いた。 あの女が来店する時間まで何度も、何度も時計を見ては謎のため息をついた。 そろそろ時間だな、と思うも自分には女の来店を確認する手段が無いことに気付き苦笑する。

2018-12-10 17:51:39
れんず @kari_renz

目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 充電ランプを頼りにスマホを探す。 開くと同僚のウェイトレスからLINEが来ていた。 『お疲れ様です、お加減いかがですか?そういやバウムの方、〇〇さんのこと気にかけてましたよ笑』 ―また、思考が止まる。

2018-12-10 17:52:28
れんず @kari_renz

『ど、どういうことですか?』 心配に対する礼も無しに疑問を返す。 しばらく待ったが一向に既読すら付く気配が無い。 同僚のLINEは22時そこらで、現在時刻が午前1時であることを考えれば無理もないことだと思い、再び眠ることにした。

2018-12-10 18:00:29
れんず @kari_renz

翌日、昼過ぎに同僚からのLINEが届く。 『どういうことですかってどういうことですか?笑』 思わぬ返事に困惑する。 その後数回に渡りLINEを交わしたがどうにも的を得ず漠然とした回答しか返って来ない。 結局、話は月曜日までお預けとなった。

2018-12-10 18:07:48
れんず @kari_renz

待ちに待った月曜日、普段なら恨み言の1つも出るものだが今回ばかりは勇んで家を出た。 職場に着き、同僚を見かけて声を掛ける。 そこを先輩に見つかり仕事場へと連行される。 「ったく、そんな不真面目だったか?お前..」 ぐぅの音も出ない正論。 ひとまず病欠したことへの謝罪はしておいた。

2018-12-10 18:18:38
れんず @kari_renz

昼休憩、ようやく話が出来る、と揚々と同僚に声を掛ける。 「そんなに気になってたんですか?別に大した話でも無いですよ?」 やや呆れ気味に言われるが、大した話かどうかはこちらで決めると告げると、同僚は面倒臭そうに話し始めた。

2018-12-10 18:21:48
れんず @kari_renz

曰く、女は定刻通りに来た。 いつも通りバウムクーヘンを注文し、土産にバウムクーヘンを購入して帰った。 私への言及があったのは同僚がバウムクーヘンを女の元へ運んだ時だと言う。

2018-12-10 18:31:11
れんず @kari_renz

「ありがとうございます、そういえば本日はあの方、おられないのですね」 「え?」 「いつも厨房からこちらを見ていらした方..」 「あ、あぁ彼女なら今日は体調不良で休みですよ」 「そうなのですか、それはお大事にとお伝え下さい」

2018-12-10 18:34:40
れんず @kari_renz

「..ってそんなとこですかね..ってどうしたんです顔耳まで真っ赤にして!?」 鼓動が早いのを感じる。顔どころか全身が熱くなっているのを感じる。 私自身、恥ずかしいのか、嬉しいのか、判断のつかない状態に陥っていた。 「気付いてたんだ....」 ようやく口をついて出た声は何ともか細いものだった。

2018-12-10 18:39:03
れんず @kari_renz

「..はぁ....そんなに気になるなら、直接話してみたら良いじゃないですか?」 「えっ」 突拍子もない提案にたじろぐ。 「バウムさんが原因かはまだ定かじゃないですけど、既に仕事に支障、出ちゃってますよね?」 認めたくは無いが確かにその通りだとぎこちなく頷く。

2018-12-10 19:04:56
れんず @kari_renz

「..っていう話があったんですけど、私、どうしたら良いんですかね..?」 「..どうしたら良いも何も、アイツの言う通りだろうよ、次の金曜日、お前ホール出ろ」 「でっ、でも」 「そんな落ち着かねぇ状態で横でずっと仕事される身にもなってくれ」 「うぅ....はい..すいません....」

2018-12-10 19:10:54
れんず @kari_renz

そして金曜日、慣れないウェイトレスの衣装に身を包む。 「なかなか似合うじゃないですか」 「からかわないでくださいよっ」 「ヘマして私の仕事増やさないでくださいね」 「....善処します」 幸か不幸か、その日はそこまで忙しくはなく、殆ど素人同然の私でも問題なく仕事をこなすことが出来た。

2018-12-10 19:21:00
れんず @kari_renz

「ちょっと、〇〇さん、楽しみなのは分かりますけど時計見すぎですって~」 「あぁすいませっ、って楽しみって何ですか楽しみって!」 「あれ?違いました?」 「いやっ、違う、ことも無いですけど....」 軽口も叩きつつ、定刻を待ち続けること数時間、ついに時計の針が待ち望んだ一歩を進んだ。

2018-12-10 19:28:28
れんず @kari_renz

「ほら〇〇さん、そろそろ来ちゃいますよバウムさん、心の準備は大丈夫ですか〜?」 「だからからかわないでくださいってば!」 しかしながら、 「....あれ?」 「来ない、ですね....」 待てども待てども、 「....〇〇さん、そろそろ店仕舞い....」 「そう、ですね....」 女が現れることは無かった。

2018-12-10 19:35:08
れんず @kari_renz

翌週。 私は厨房で一際大きなバウムクーヘンを作っていた。 「お前、バウムクーヘンの女が今日も来なかったらどうする気だよ?それ」 「自分で食べます!それに..」 「それに?」 「来ますよ、あの人は」 「筋金入りだな、つーか職権乱用じゃないのかそれ」 「店長の許可は取ってます!」 「マジかよ」

2018-12-10 19:54:32
れんず @kari_renz

女の来なかった翌日から、頭を冷やす良い機会になったのか私は妙に冷静になった。 冷静に考えてみても、私が女に抱いている感情は"恋"に近い何かだと感じた。 その何かを恋にする一歩を踏み出すには女と話すことが必要だと感じた。 故に私は、女に思いを伝えるバウムクーヘンを作ることにした。

2018-12-10 20:01:05
れんず @kari_renz

そして定刻、女は来た。 いつもと変わらぬ態度で女はバウムクーヘンを注文する。 一際大きなバウムクーヘンを抱え、私は女の元へと向かう。 一歩一歩、踏みしめる毎に心臓が鳴るのが聴こえる。 距離にして数mしか無い厨房からテーブルまでが、途方も無く遠く感じる。

2018-12-10 20:43:24
れんず @kari_renz

「おっ、お待たせしました、ばっ、バウムクーヘンです..」 緊張で声が裏返る。 「ありがとうございます、貴女は..」 声を掛けられ、息を飲む。 「お元気になられたのですね、良かったです」 「あっ、はい、あ、ありがとうございます」 絞り出す様にして声を出す。

2018-12-10 20:53:50