バイオテック・イズ・チュパカブラ #7
「モウン?」「いた、モウタロウ! カワイイ! 引き出しに入って出れなくなったのね!」ムギコは泣きながらモウタロウを抱き上げた。緊張の糸がいっぺんに緩み、ムギコはその場にへたり込む。彼女は鼻水を垂らしながら泣きじゃくった。もう少しで、一番近くにいる友達を失ってしまうところだった。
2011-04-30 18:08:08およそ十五分後。バリキドリンク廃工場前の駐車場では、ノボセ老が携帯IRC端末を使い、マグロツェッペリン部隊を至急タマチャン・ジャングルへと向かわせるようネオサイタマ市警に指示していた。武装バンに残っていたクローンヤクザとの死闘で、数名のレンジャーマッポが負傷したからだ。
2011-04-30 18:14:42全く不可解な事件だ、とノボセ老はひとりごちた。生き残ったのはわずかに、ヨロシサンの重役一人、研究員一人、農民一人、それからジャーナリストらしき女一人。しかも、この女はつい先ほど、着ぐるみとパンチドテープの束だけを残して忽然と姿を消した。まるでニンジャにさらわれたかのように唐突に。
2011-04-30 18:21:21ざっと見たところ、生き残った者たちの中にも、エントランスにある死体の中にも、今回の連続水牛ミューティレーション事件の犯人と思しき怪物はいない。休暇は返上、ネオサイタマに戻って取調べだ。
2011-04-30 18:24:06いつものように、ヨロシサン製薬は無関係を決め込むだろう。先ほども、オダワラ部長などという人間は存在しないとの返答があった。だが、もしかすると、このパンチドテープがネオサイタマの闇の秘密を明らかにしてくれるかもしれないと、ノボセ老は直感的に感じ取っていた。
2011-04-30 18:28:00重金属酸性雨が降りしきるタマチャン・ジャングルを、ニンジャスレイヤーは音もなく駆け抜けていた。疲労困憊し、意識を朦朧とさせるナンシーの背中と膝の下を抱えながら。「……実際、あのパンチドテープには、これまでに調べ上げたソウカイヤとオムラとヨロシサンの陰謀がおさめられているのよ……」
2011-04-30 18:38:48「ノボセ老は確かに信頼できる。腐敗しきったネオサイタマ市警の中でも、数少ない人格者だ」とニンジャスレイヤー。「…だが、私は彼らに何も期待などしていない。私は孤立無援で、敵はニンジャだ。マッポやデッカーが介入できる戦いではない」「…解っているわ。…でも、私にも私の戦い方があるのよ」
2011-04-30 18:43:04ニンジャスレイヤーは何も言い返さなかった。お互いのポリシーには踏み込まぬ。それが一番なのだ。「チュパカブラは死んだの?」「ああ、爆発四散した」「脳内素子は?」「粉々だろうな」「……そう」しばしの沈黙。「……私も、テクノロジーが産み落とした怪物なのかしら?」不意にナンシーが訊いた。
2011-04-30 18:47:23「私に訊くな」ニンジャスレイヤーが無表情に返す「少なくともニンジャではない」。「あなたはニンジャを殺し続けるの?」「そうだ」「…きっと、その先には破滅しかないわ」「行き着くところまで行く」 自分もそうだ、とナンシーは思った。そして人類もそうなのだ、と彼女のニューロンは悟っていた。
2011-04-30 18:58:15ニンジャスレイヤーはバイオパインを滑らかに駆け上がり、林冠の海を渡る。汚染大気の切れ間から覗く病んだ月が、ナンシーの目に不気味なほど美しく映った。ハイクを詠みたいほどに。 ノスタルジアの疫病はカルトの武器だ。もはや退路無し。私は現在と未来にのみ生きよう。彼女はニューロンに誓った。
2011-04-30 19:14:38