クルセイド・ワラキア #7 後編
この隙をつき、カラテを仕掛けることもできたやもしれぬ。だが、フジキドはそれをしなかった。ワラキアへと旅立つ直前、フジキドへと贈られたドラゴン・ユカノの警告の言葉が、ニューロンに木霊していたからだ。 47
2019-02-22 23:19:05(((フジキド、胸騒ぎがします……。今回のイクサ、仮にブラド・ニンジャを滅ぼしたとしても、あるいは我々が敗北しヌンチャクを失ったとしても、計算高いケイトーが不利を被るとは考えにくい……。最善の道を、見つけ出してください……))) 48
2019-02-22 23:20:08『ブラド=サン!シュマズのUNIX設備の一部が、論理汚染されました!IRC-SNSが乗っ取られ、論理聖教会の説教放送に改ざんされています!ブラド・ツェペシュの再来など全くの嘘デタラメ、シュマズ社の精神高揚キャンペーンに過ぎない、今すぐ武器を捨て投降せよ、さもなくば裁きを与えると……!』49
2019-02-22 23:23:07「何故だ!?これは一体……!何が起こっている……!」「オヌシの配信が裏目に出たようだな。オヌシの行動は、暗黒メガコーポ連合を煽り立てただけだ。だがケイトーにしてみれば、オヌシやこのネオワラキアがどうなろうと、知ったことではない。現に、奴は何処かへと雲隠れしたであろう……!」 50
2019-02-22 23:25:02「愚かな!我らは遠く離れようとも繋がっているのだ!イヤーッ!」ブラドはカラテ拮抗を自ら打ち破り、蝙蝠集合体のマントを翻してサツバツナイトを薙ぎ払った。サツバツナイトは後方へと弾き飛ばされたが、見事な空中身体制御で壁を蹴り、激突を回避。片膝立ちの姿勢で壁際に着地した。 51
2019-02-22 23:26:59「そこで見ているがよい!」ブラドは奪い取ったヌンチャクを腰に差すと、胸元から携帯IRC端末を取り出した。そしてコンタクト・リストの中から『ケイトー=サン』と書かれた項目を選び出した。 52
2019-02-22 23:29:24「……よかろう、自らの手で確かめてみよ」サツバツナイトは立ち上がり、ジュー・ジツを構えた。彼の拳からは、ぽた、ぽたと血が滴っていた。凄まじいカラテの激突により、ムカデ・ニンジャとの戦闘で負った傷が、再び開き始めたのだ。 53
2019-02-22 23:31:53『呼び出し中な』の文字がIRC端末に現れ、荘厳なる電子レクイエム音楽の呼び出し音が鳴った。ブラド・ツェペシュは通話をスピーカーモードにし、その音を部屋の隅々まで行き渡るようにした。 54
2019-02-22 23:33:55「あと少しだ!サツバツナイト=サン、余を欺こうとする貴様の企みは、木っ端微塵に打ち砕かれるぞ!彼自身の言葉によってな!」ブラド・ニンジャはサツバツナイトを指差し、言い放つ。 55
2019-02-22 23:37:29中世暗黒時代において、このような頼もしき文明の利器は皆無であった。またブラド自身も、新たな技術に対しては懐疑的であった。過去の苦々しい敗北の記憶が、ブラドの脳裏を過る……。 56
2019-02-22 23:39:26かつて悪辣なるハンガリー王マーチャーシュは、当時の最新テックであった活版印刷技術を用い、ブラド・ツェペシュの非道行為を誇張した三文小説を流布して、プロパガンダを行い、ワラキアを壊滅へ追い込んだのである。 57
2019-02-22 23:40:13ブラドは当時の苦々しい敗戦の記憶から学び、二度と同じ轍を踏まぬと誓っていた。それゆえ、このIRCネットワークという最新テックを使いこなす者が、必ずや勝利を得ると確信していたのだ……。 58
2019-02-22 23:41:43「応答しろ……何故応答せぬ……!」ブラド・ニンジャは血眼でIRC端末を睨んだ。サツバツナイトはチャドー呼吸を整え、結末を見守った。 59
2019-02-22 23:42:59ザリザリザリ……やがて、幽かな電子ノイズの後、IRC通話に応える声があった。『モシモシ』 60
2019-02-22 23:43:57それは他ならぬケイトー・ニンジャの声!フジキドはごくりと唾を飲み、祈るように目を細めた。「モシモシ、ケイトー・ニンジャ=サン。余だ!問題が発生した!」『ハハハ、どうしたブラド・ニンジャ=サン。そんなに息を切らして。ドラゴン・ニンジャ一門が、総出で宝物を奪い返しにでも来たかね?』61
2019-02-22 23:45:33「そんな事は問題ではない!そんなものは、余のカラテで如何様にも凌げる!そんな事よりも、余の布告とヌンチャクの誇示にも関わらず、暗黒メガコーポと十字軍が攻めてきているのだ!余のネオワラキアに!」『……それで?』 62
2019-02-22 23:47:52「それで、だと!?IRC-SNSで配信を行えば、その映像は地上の隅々まで瞬時に行き渡り、モータルもリアルニンジャも恐れをなし、余の領域は守られるのではなかったのか!?」『心外だ。そのようなことを約束した覚えはない。提案したまでだよ。複雑な現代文明がもたらす、無限の可能性のひとつを…』63
2019-02-22 23:49:43「待て、ケイトー=サン!三神器こそが、ニンジャ社会における統治権の象徴ではなかったのか!?」『すまない。こちらは今電波が悪い。今何と言った?』「ケイトー=サン、今どこにいる!?ドラゴン・ニンジャの宝物殿から、何を奪い取った!?」 『電波が……よく聞こえない』 64
2019-02-22 23:51:36「モシモシ!モシモシ!モシモシ……!」IRC通話は切断された。ブラドはがくりと片膝をついた。「カシウスの、言葉通りであったか……!」そしてIRC携帯端末を握りつぶした。 65
2019-02-22 23:54:48「自らの身を危険に晒してまで進言を行った忠臣に、なんたる仕打ちを……!」ブラドは苦悩し、拳を震わせた。カシウスを追放したのは他でもない、己である。だが、それに応える声があった。『……殿!』天界からの神の啓示の如く、参謀カシウスの声が、玉座の間のUNIXモニタから聞こえてきたのだ! 66
2019-02-22 23:58:29『……殿!こちらプロイェスティ!市民への殺戮が続いております!彼らは武器を持って戦っておりますが、歯が立ちません!』カシウスは悲痛な声で叫び、訴える!ゴウランガ!それはリアルタイム通話ではない!それは今まさにプロイェスティからドラクル城へとIRCで届けられた中継映像であった! 67
2019-02-23 00:00:36何故カシウスがプロイェスティに?その答えは明らかである。彼は先の進言通り、ネオワラキアで最も守りの手薄なプロイェスティへと向かったのだ。追放を言い渡された身でありながら!「カシウス!カシウス!」ブラドはUNIXモニタを仰ぎ見、映像に対し呼びかけた!「カシウス、余が愚かであった…!」68
2019-02-23 00:02:48『増援を!直ちに増援をプロイェスティに!血を奪っても肉体の再生が効きません!あれをご覧ください!デミ太陽光が!デミ太陽光が!』「何だ、これは……」ブラドは反射的に目を細め、映像に対して手をかざした。夜に、煌々たる太陽。 69
2019-02-23 00:05:18IRCチャネルに送信されてきた映像には、ゴシック大聖堂を頂く巨大な戦車と、炎の光球が映し出されていた。そして逃げ遅れた採掘者や市民の姿が。「「「アイエエエエエエ!」」」彼らはデミ太陽光の光に灼かれ、次々と自然発火していった。「「「アババババババーーーーッ!」」」 70
2019-02-23 00:06:54「「おのれ……!」」その言葉を発したのは、ブラドだけではなかった。胸の奥で、黒い火打ち石が打たれたかのように、サツバツナイトもまた目を見開き、凄まじい形相を作っていた。彼はブラドのもとへゆっくりと歩を進めた。サツバツナイトの装束の輪郭が、尽きぬ憎悪の炎で橙色に輝き始めた。 71
2019-02-23 00:10:16