新造?譲渡?ローカル私鉄の四苦八苦 ~昭和後期の電化・非電化私鉄車両事情~

1960年代から70年代、自家用車やバス普及、エネルギー転換により日本各地のローカル私鉄は苦境に立たされていました。しかしもう1つ、当時の私鉄には重大な問題がありました。それは老朽化した旧型電車・気動車の置き換えなどによる、新型車両の購入。 ですが当時は国鉄も大手私鉄も乗客増に対応するべく新型車両製造の真っ最中、地方私鉄に車両を格安で譲渡する余裕なんて到底ありません。 苦しい事情の中で、日本各地の私鉄はどうやってこの問題を解決していったのでしょうか? 当時の北海道の石炭輸送主体の私鉄(運炭鉄道)の動きも合わせ、1970年代後半までのローカル私鉄車両にまつわる一連のツイートをまとめてみました。
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【補足:江若鉄道】
現在のJR湖西線とほぼ同じ区間を走っていた大規模な非電化ローカル私鉄。かつての鉄道ファンからは「東の関東、西の江若」とも称されていました。廃止後は「江若交通」というバス会社になっています。
日本でも早い時期に気動車を多数導入していた事で知られており、特にC4形は日本初の大型気動車となりました。また戦後は電車のように2~3両編成を組む「気動車列車」を多数導入し、観光シーズンなどの乗客輸送に貢献しました。
上記のツイートのように廃止後は多くの車両が解体されてしまいましたが、一部車両は東の関東=「関東鉄道」を始めとする各地の鉄道に譲渡されました。2019年現在東武鉄道が整備を進めているC11 1号機蒸気機関車も元を辿れば江若鉄道の車両です。

【1960年代~70年代のローカル私鉄向け新型電車】

靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco で、地方私鉄での新車新造ですが、静岡鉄道のように自社工場で散々怪しげな自作電車を新造しまくった末に1970年代初頭から東急7200準拠の新車を買うように方針転換した会社や、遠州鉄道の様に延々日車から旬の設計の新車を買い続けたケースもあるので、1970年代中盤でも近代化の術は十分ありました。

2019-02-24 20:48:31
靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco 他にも伊豆箱根や上信のように一番悪い時期だけ他社からの中古導入でお茶を濁してその前後は新造を続けたケースもありましたし。

2019-02-24 20:51:28
彩葉 @iloha_train

@SEI_YASUMA @ExpressNiseco どうもそれ、自社に技術力があったとか、特定のメーカーと繋がりがあったとかの独自性が強いと思われる節があって、一般化は難しいと思うんですよね。 日車が標準型の後が続かなかったのがなぁ…とは思います。

2019-02-24 20:54:50

【補足:日車標準型】
1950年代から60年代にかけて、日本車両が全国のローカル私鉄に向けて製造していた標準型鉄道車両の事。旧型車両の車体更新によって製造され、中には試験的にステンレス車体を採用した車両もありましたが、導入した会社は数社のみに留まりました。

靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco そもそも、特定メーカーとのつながりなしには自社発注の新車なんてまともに新造できないじゃないですか(苦笑)。

2019-02-24 21:00:45
靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco 後、いわゆる日車標準型の後がなかった訳ではありませんよ。いわゆる日車ロマンスカー(名鉄5000由来のあれ)がそれに続く時期に造られて、最後は富山地鉄14760(1979~1981)まで断続的に続いていますから。

2019-02-24 21:02:31

【補足:日車ロマンスカー】
1955年に登場した名鉄初代5000形電車をベースにした電車の通称。福井鉄道の連接式電車・200形、長野電鉄で長年特急列車として活躍していた2000系もこの一員です。
なお、日本車輛も製造を手掛けている小田急ロマンスカーとは全く関係ありません。

彩葉 @iloha_train

@SEI_YASUMA @ExpressNiseco 通勤型のバリエーション、企画されなかったんですかねぇ…。一応長野で作りはしましたが、他社は見向きもしなかった…。

2019-02-24 21:06:48
せき のりかず @kotonoha_s

@iloha_train @SEI_YASUMA @ExpressNiseco 長電は単線区間に高校が複数あって「途中駅での乗降」が多く、その乗降遅延が直ちにラッシュダイヤの破綻に結びつく、という路線特性を反映した結果が20m4扉車でしたね。 利用者が減少した後の製造のOS10系では「ポスト2000系」を見越した、3扉クロスシート特急車を前提にした設計で、これもまた特殊…

2019-02-24 21:30:35
靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco 見向きもしなかったというか、事実上ラッシュ時専用に4扉車を求めるだけの需要、他の地方電化私鉄のどこにもなかったでしょう(苦笑)。

2019-02-24 21:11:00

【補足:長野電鉄0系・10系】
長野電鉄0系は、当時急務だったラッシュアワー対策に導入された2両編成の電車。ローカル私鉄としては珍しい、首都圏や関西圏の国鉄/JRや大手私鉄と同じ「片側4扉」の車両でした。
10系は長野電鉄の一部路線が地下鉄化された際に導入された電車で、0系を基にしながらも需要を考慮し「片側3扉」に変更されています。
どちらとも既に引退・解体されています。

彩葉 @iloha_train

@SEI_YASUMA @ExpressNiseco かといって、18m2扉のロマンス車だけで需要が充足は出来なかった(結局リピーターは観光地抱える富山地鉄しか無かった)のは事実でして…。 なんか、じゃぁどうしようかと試行錯誤してるうちに10年過ぎちゃった、的な…。

2019-02-24 21:18:05
彩葉 @iloha_train

@SEI_YASUMA @ExpressNiseco (富士急5000はほぼ確実に「試行錯誤」の例だったと思うのです…)

2019-02-24 21:28:35
靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco あれにしても、3100が三つ峠で暴走事故起こして廃車されなかったら新造されなかった車ですからねぇ。

2019-02-24 21:30:44

【補足:富士急行5000形】
上記ツイートにもある富士急行3100形電車の脱線転覆事故による廃車に伴い製造された2両編成の電車。ローカル私鉄としてはかなり先進的・意欲的な構造を持ち、鉄道友の会から名誉ある賞「ローレル賞」も授与されました。
「トーマスランド号」として親しまれていましたが老朽化が進み、2019年2月23日をもって引退しました。

靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco 70年代前半~中盤の時期だと正直、地方私鉄で目の覚めるような新車を買える体力があったのは静岡鉄道を別にすると(それでさえ駿遠線などを犠牲にしていますが)、どこにもなかったというのが正直な実情だと思います。試行錯誤なんてのは金に余裕がないとできませんから。

2019-02-24 21:34:01
靖間 誠 @SEI_YASUMA

@iloha_train @ExpressNiseco だからこそ、伊予鉄道は「院電由来の台枠を備えるポンコツ」に空気ばね台車や電気指令ブレーキを奢るなんて変態改造を強いられた訳ですが…。

2019-02-24 21:37:34

【補足:「院電由来の台枠を持つポンコツ」】
伊予鉄道にかつて所属していた「サハ500形」の事。
国鉄の前の前、「鉄道院」時代に製造された木造電車がルーツで、様々な経緯を経て鋼製車体を持つ電車となり伊予鉄道に籍を置くこととなりました。
その後、時代の変遷の中で乗り心地の良い「空気ばね台車」、機能性を向上させた「電気指令式ブレーキ」への改良が行われ、その結果先進技術を持つ旧型電車という、「若返りの薬を飲んだじいさんばあさん」みたいな車両となり、実に2008年まで伊予鉄道に在籍していました。

【そして現在…】

HIGU@電鉄文化保存会 @TKK_deha3499

@iloha_train そして今また、目ぼしい中古車が全く無い時代が再来してきていますね。 メトロ03とか東武20000といっても結局改造費が億単位になってしまい、それならば新車買った方が良い、しかし量産効果の薄い地方私鉄向け車両は20m4扉通勤車に比べるとかなり割高・・・。

2019-02-24 21:45:16
HIGU@電鉄文化保存会 @TKK_deha3499

@iloha_train 上毛・水間・弘南・北陸・一畑・岳南・伊予・松本等々、そろそろ電車を替えたくても替えられないところが少なからずあるようで・・・。

2019-02-24 21:48:14

【補足:一畑電車について】
大手私鉄からの譲渡車両(元京王5000形、元南海ズームカーなど)の老朽化が進んだ一畑電車では、元東急電鉄の1000形に加え、実に86年ぶりとなる新型電車「7000系」を導入しています。

HIGU@電鉄文化保存会 @TKK_deha3499

@iloha_train 箱根登山・江ノ電・嵐電・叡電などの特殊規格で中古車も入れられない所になると更に深刻で、武庫川車両頼みの後2社は完全に新車が途絶えましたし、箱根登山は親会社のテコ入れで漸く、それも1両4億にもなる車両を入れざるを得なくなったと。最たる例が上野モノレールかもですが。

2019-02-24 21:51:16