2011年5月7日

茂木健一郎氏(@kenichiromogi)が語る「転ぶこと」

脳科学者・茂木健一郎さんの5月7日の連続ツイート。 人生において「転ぶ(落第する)」ことについて、時には落第生が世界を変えるなど。
3
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(1)「どっちに転んでもなるようにしかならない」というのは人生の一大真実である。脳の育みや学びについての政策は、とりわけ、どっちに転んでもなるようにしかならないんだから、とりあえず過去を引き受けてベストを尽くすしかない。

2011-05-07 06:17:34
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(2)子どもの発達において、母親が「安全基地」を与えることが大切なのは事実である。しかし、ボウルビィの研究の主眼は、「安全基地」の重要性を検証しつつ、それが失われて育った人を助けることにあったのであって、人を差別したり、区別したりするためではない。

2011-05-07 06:18:56
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(3)母親が安全基地を与えてくれた場合にはいいけど、与えてくれないような母親だったり、母親が不在だったとしても、それはそれで仕方がない。前向きに生きていくしかない。一度限りの、かけがえのない人生なのだ。

2011-05-07 06:20:06
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(4)外国語は幼少期に始めた方がいい、などとマントラのように唱える人がいる。しかし、たまたま始めるのが遅かった人にとっては、もはや仕方がない。その時点から、ベストを尽くすしかない。ジョセフ・コンラッドのように、二十歳を過ぎて英語に接し、英語で小説を書く人になった例もある。

2011-05-07 06:21:44
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(5)一般に、脳科学や認知科学の(統計的傾向に過ぎない)知見を、人を差別したり、決めつけたりすることに使うのは、科学的に間違っており、生命哲学的に不適切である。たとえ、ある統計的事実があったとしても、「そんなことは知るか」と挑戦する自由と権利は誰にでもある。

2011-05-07 06:23:17
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(6)育みや学び。科学的な見地から、「こうするといいかもしれません」という示唆をすることはできる。しかし、例えそのような条件が整わなかったとしても、それも一つの人生。どう転んでも、立派な人生。他人が代わりに生きてくれるわけでもない。

2011-05-07 06:24:32
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(7)勉強ができることに越したことはないが、教科書を一頁も開いたことがないという人で、立派な役者になっている人もいる。台詞を覚えたり回したりするのも超一流。国語をやるに越したことはないが、やらなくても、人生はある。どう転んでも人生はある。

2011-05-07 06:25:55
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(8)「良い大学」に入り、「一流企業」に入ることを目標とし、実現した人はおめでとうございます。しかし、どこかで挫折したって、それで人生が終わりじゃない。どう転んでも、人生は人生。他人にとやかく言われる筋合いはない。何がいいかなんて、そう簡単にわかるわけじゃない。

2011-05-07 06:27:19
茂木健一郎 @kenichiromogi

転(9)とりあえずは、ある目標を立てることは良い。そこで常に考えておかなければならないのは、それが達成できず、「転んで」しまった時のこと。エリート養成のあらゆるシステムは、落第生のことまで考えていなければ、不十分。そして、往々にして落第生が世界を変える。

2011-05-07 06:28:41
茂木健一郎 @kenichiromogi

あらゆる文脈で、「優等生」を目指す人。立派です。がんばってください。でも、「落第生」とも親友になろうね。それで始めて世界が完結する。以上、「転ぶ」ことについての連続ツイートでした。

2011-05-07 06:29:42

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?