走れ民生委員 第三話

⎳ittchin @littchin

ドラマを見終わったのは翌る日の薄明の頃である。民生委員はキムタクに夢中で、南無三、見すぎたか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。 #run_minbaba

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きょうは是非とも、右代宮さんに、一なる信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。民生委員は、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。 #run_minbaba

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さて、民生委員は、ぶるん♂と両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。 #run_minbaba

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私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りのサクタロンティウスを救う為に走るのだ。右代宮さんの奸佞（かんねい）邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は殺される。老いても名誉を守れ。さらば、六軒島。 #run_minbaba

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おばちゃんである民生委員は、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えい、ふぁいと、お～☆と大声挙げて自身を叱りながら走った。島を出て、砂浜を横切り、海をくぐり抜け、本州に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。 #run_minbaba

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民生委員は額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや六軒島への未練は無い。紗音と黄緑スーツは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。 #run_minbaba

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まっすぐに魔界に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、ウサンノカオリをいい声で歌い出した。 #run_minbaba

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ぶらぶら♂歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、民生委員の足は、はたと、とまった。 #run_minbaba

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ぶらぶら♂歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、民生委員の足は、はたと、とまった。 #run_minbaba

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見よ、前方の川を。きのうの豪雨と楼座による虐殺で山の水源地は氾濫し、山羊の死体は濁流滔々（とうとう）と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる山羊の激流が、木葉微塵に橋桁（はしげた）を跳ね飛ばしていた。 #run_minbaba

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彼女は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪に浚われて影なく、川畑船長の姿も見えない。山羊はいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。民生委員は川岸にうずくまり、泣きながらGMに手を挙げて哀願した #run_minbaba

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「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを！　時は刻々に過ぎて行きます。そろそろいいともの時間です。太陽が沈んでしまわぬうちに、魔界に行き着くことが出来なかったら、あの佳いライオンが、私のために死ぬのです。」 #run_minbaba

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濁流は、民生委員の叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。山羊は山羊を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。 #run_minbaba

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今は民生委員も覚悟した。山羊を掻きわけ泳ぎ切るより他に無い。ああ、観劇の魔女も照覧あれ！濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。 #run_minbaba

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民生委員は、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。 #run_minbaba

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満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる山羊を、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、アウアウも哀れと思ったか、ついに憐愍（れんびん）を垂れてくれた。 #run_minbaba

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押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。民生委員はびびった郷田の如き大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。 #run_minbaba

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一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に魔女の一団が躍り出た。 #run_minbaba

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「待つにぇ。」 「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに魔界へ行かなければならぬ。放せ。」 「どっこい放してはいかぬとの、大ベアトリーチェ郷のご命令ですっ。」 「持ちもの全部を置いて行くがいい！」 「特に食べ物をね！」 #run_minbaba

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「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから右代宮さんにくれてやるのだ。」 「その、いのちが欲しいのよぅ。ヘソでも噛んで死んじゃえばぁ？」 「さては、右代宮さんの命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」 #run_minbaba

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魔女たちはものも言わず一斉に武器を振り挙げた。民生委員はひょいとからだを折り曲げ、飛鳥の如く身近のルシファーに襲いかかり、その刃を奪い取って「気の毒だが正義のためだ！」と猛然一撃、たちまちシエスタを殴り倒し、残る者のひるむ隙にさっさと走って峠を下った。 #run_minbaba

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完