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「英国人捕虜が見た大東亜戦争下の日本人」を読み終えたけど、クッソ面白い主人公のデリク・クラーク青年(21歳)がジャップジャップ言う割には割と日本人に好意的と言うか、日本人に良くしてもらったり、公正な扱いを受けたときはきちんとそう書いているため、人種の違いとか意識しないで読める。 pic.twitter.com/b68ao84Cuf
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もちろん、日本人をぼろくそに貶しているシーンも多いのだが、だいたいそういうシーンは「うん、まあ・・・そりゃ怒るよね(´・ω・`)」となっちゃうので。 目下と見なした相手にやたらと居丈高で、びんたや鉄拳制裁したがったりするあたりとか。
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序盤の志願兵になったクラークがカナダ~インドを経由してシンガポール要塞に配属され、捕虜になるまでの話も面白いのだけど、やはり捕虜になってからの話が断然面白い。 「ヒトラーと戦うつもりだったのに、なんでシンガポールに居るの俺(´・ω・`)」となるクラーク青年には同情してしまう。
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シンガポール要塞陥落直前には英軍の間では「司令部は降伏を決めたらしい」という噂が飛び交い、兵隊の間では「何時に白旗を上げるか」で賭けが始まったとか。 午後4時に降伏したので、クラーク青年はさっそく小銃の撃針を壊した後、指示があるまで不貞寝 シンガポールに来て以来最高の睡眠時間を記録
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とりあえず、シンガポール内の臨時捕虜収容所に収容された英兵たち、食べ物は手持ちの米・肉・野菜・コンビーフだけ。日本軍が自身がまず混乱していて捕虜に飯を食わす準備ができていない。 「ああ、フィッシュアンドチップスが食いてよぉ!(原文まま)」
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英軍捕虜。やることがなくて暇なので海水浴を始める。捕虜とはいったい・・・ なお、クラーク青年は「腹が減っているのに泳ぐとか馬鹿じゃね?」とお留守番
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クラーク青年、リバーバレーキャンプという新しい捕虜収容所に移動 建物はバナナの葉で屋根をふいた粗雑なものだが、監視の日本兵たちは皆好意的なのでタバコと食料が少ないこと以外は不自由はしない。 クラーク青年曰く、 「第一線を潜り抜けたもの同士だから、互いに尊敬があるのだ」 良い話だ。
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なお、クラーク青年曰く、日本兵の現地マレー人や華人への扱いはそりゃあもう酷いものだったらしい・・・
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リバーバレーキャンプの捕虜たちは収容所を好き勝手に抜け出して物資を調達したり、地元民と取引したり。収容所内でも皆が皆好き勝手に商売を始めて、ちょっとした闇市状態。日本軍は特に気にせず放置 ・・・捕虜収容所とはいったい。
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オーストラリア兵は収容所内で賭場を開く ココナツオイルで炒めた米やパイナップル入りライスケーキを売り歩く行商(英軍捕虜)も現れる。 「ジャップは夜の点呼を終えると後はもうキャンプにはいない。我々がキャンプを支配している状態だ。(原文まま)」 ・・・捕虜収容所とは
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捕虜たちが病院での作業に駆り出されると、そこは負傷した日本兵がいてジャムや酒やたばこをくれたとか。 「患者の中には、負傷した航空機搭乗員たちもいた。彼らは飛行機のまねをして、ブーンと言いながら伸ばした腕をくねらせ、我々を攻撃する。バババ、バババ、ダダダダ(原文まま)」
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なお、クラーク青年、視察に来た日本軍士官が乗っていた馬を、士官が下りて目を離した隙に乗り逃げしてはしゃぐ。 後で日本に平手打ち喰らったらしい。当たり前だバカヤロウ クラーク青年は一事が万事この調子なので、捕虜なのにいまいち悲壮感が無い。
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なお、捕虜収容所では脚気・マラリア・デング熱・下痢が蔓延していて、医薬品も足りなからカミソリで手術し包帯の代わりに紙を巻くというかなり悲惨な状況なのだが、語り部のクラーク青年が人生をエンジョイしまくっているせいで悲壮感が伝わってこない。
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クラーク青年。輸送船「大日丸」(捕虜曰く「ヘルシップ」)に乗船して台湾まで移動。人生最悪の船旅だったらしい。 その後、ちゃんとした客車に乗せられて新しい収容所「台中キャンプ」へ。 「日本の鉄道は、米国を参考にしているから~」と謎の豆知識を披露している。
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台中キャンプはサトウキビ畑に囲まれたど僻地にあり、草ぶき屋根の小屋が立ち並び貧弱な鉄条網でおざなりに囲まれている。 監視塔?脱走防止の機関銃?そんなものは無い。 「ジャップはやる気があるのか?」と首をかしげるクラーク青年。まったくもって同感である。
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「えー、私の話を聞きなさい(原文ママ)」 「ニッポンは戦争に勝つ(原文ママ)」 「英軍は、えー(原文ママ)」 台中キャンプ所長の訓示。ほぼ現代の小学校の校長そのまんま。 内容はだいたい「真面目に働きなさい。」「体を大切にしなさい。」「お父さんとお母さんに孝行しなさい。」だったとか。
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台中キャンプの食事は、ネズミの糞が混じったご飯とみそ汁 「スープというのは、ダイコンというほとんど味のない野菜と、豆が原材料の保存食、ミソ(我々は豆のウンコと呼んだ)が入ったお湯である。(原文ママ) 豆 の ウ ン コ !!
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捕虜に割り当てられた作業は何らかの採石作業と、水害防止のために運河堀りだったらしい。 非常に辛く厳しい作業だったが、採石した石を積んだトロッコで線路を駆け降りるのは楽しかったとか。 ・・・ほんと、人生をエンジョイしているなこの捕虜
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なお、クラーク青年は絵が上手だったので、炊事場の日本兵からエロ絵を依頼される。 それも、「自分と奥さんがセ〇クスしている絵を描いてくれ」という内容だったらしい。レベルたけーなおい!? クラーク青年は流石躊躇するも、食い物と交換で承諾 彼がどんな絵を描いたのがすごく気になる。
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1943年4月のある日、赤十字の慰問箱が運ばれてくる。中には綺麗な紙で包装されたチョコ・ジャム・ビスケット・マーガリン・肉の缶詰・タバコなど兵隊が喜ぶものがたくさん。 「私はいつもジャップをくそみそに批判しているが、(中略)彼らは公正に、赤十字の慰問箱を扱った。(原文ママ)
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米兵二人が脱走した後に捕まり処刑されたり、43年9月から物資の欠乏と作業ノルマ増大で病死者が続出したりと悲惨な話もある。 一応、日本軍は薬は惜しみなく与えてくれた。 クラーク青年曰く、収容所の医療を担当し、自身も捕虜であるグラバー軍医が日本兵たちからも尊敬を集めてたからだとか。 twitter.com/rUyaCVtIiRxgC9…
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クラーク青年自身も脚気で苦しみ、一時期は足の肉が壊死して歩行が困難になっている。 とはいえ、そんな状況下でも捕虜たちは夜毎に自分たちで演劇をやったり、ブラスバンドを演奏したりと人間性を失うことなく楽しく過ごそうと努力していたようだ。 ・・・ブラスバンドやっていたのか
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1943年10月に、クラーク青年は日本へ移送になる。 なお、この章のタイトルは「日出づる国へ」。邦訳する前の原文はわからんが、お前絶対に日本行きを楽しみにしていただろ!?
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日本までの移送の間付き添った通訳は、なんと日系アメリカ人 日本に旅行中に戦争がはじまり、帰国できないまま徴兵され、そのまま通訳兵として重宝されていたらしい。そういうパターンもあったのか。 日本までの船旅では「スプーンが刺さるほど濃いオニオンスープ」も出てクラーク青年もご満悦
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コメント

夏屋 行晃 @hitsilmica 2019年3月31日
ああ、これは読みたいな。捕虜収容所の話は悲惨なのがどこの国や時代でも変わらないんだけど、日本のは日露の頃から比較的自由な話が多いんだよね。二次のときも、とは思わなかった
iksk @space_sk4500 2019年3月31日
hitsilmica まあ、記事にもあるけど経験もなくどう扱ったものかわからなかったんだろうなあ
@atelier_AO 2019年4月1日
自転車や手こぎボートで中立国に逃げ込まれるドイツとは当事者意識も違いそう
某MK @ssf3dymn 2019年4月1日
この世の地獄を作るのも戦争の一面なら、こういういくらか牧歌的な光景も存在するのも確かに一面ってことか。
両棲装〇戦闘車太郎 @d2N5Q4GciZtsa2e 2019年4月1日
ssf3dymn 戦争してても、日常はやってくるからねぇ
九十九 @hakqq 2019年4月1日
このギンバイ体質ェ・・・
和中 光次(わなか みつじ) @111g0 2019年4月1日
『英国人捕虜が見た大東亜戦争下の日本人』の翻訳者です。 このまとめ自体が一つの優れた作品ですね。アプロさんの解説、おもしろすぎますw なお17章「日出づる国へ」の原題は Another voyage: Another destination でした。
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年4月1日
第二次世界大戦の日本軍の物資不足は、必要なところに行きわたらない(敵の邪魔などもあり)という状況で前線の困窮と後方では様子が違ったらしい
Rftvihij @thhjgfdeedggc 2019年4月1日
ガチな関係者のお方が降臨で草 これはいいまとめ
稙田惟純 @ohgakorezumi 2019年4月1日
イギリス人つええという感想が最初に
ねねっとテックダイナー【新作ゲーム開発中☆】 @nenet_techdiner 2019年4月1日
パンク・ロック発祥の地…ということでもっと鬱積した感じになるのかな?と思ったら結構はっちゃけてますねw
タイガーが居た @EZOMAE 2019年4月2日
ドラマ化してほしい。
和中 光次(わなか みつじ) @111g0 2019年4月2日
神長門さん、私のツィートも追加していただいてありがとうございます! 私が翻訳して一番驚いたのは、クラークの記憶が恐ろしいほど正確だったことでした。 ほんとかなぁ?と思って調べると確かに事実だった、ということがたくさんありました。
高木一郎 @takagiichiro 2019年4月2日
映画の戦場にかける橋の雰囲気を思いだした。
Sひろし @1970er 2019年4月2日
荷役業務は事故も多く、鉱山労働以上に人が死んだと聞いたけど、のびのびとやってるのが意外