川上からどんぶらこっこと美少女メイドが流れてきて拾ったら一生つくしてくれる【前編】

今から衝撃の裏話するね。 実はこれ全部、ハッパとかキメず素面で書いてるんだ。
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帽子男 @alkali_acid

「まちがえてないよ!」 「おにいちゃんはまちがえるけど、あたしがついてるもん!」 「おれだっている」 「ヤンはだまってて」 「だまってて」 船頭は笑う。 「手習い所に行くようになってからどいつもこいつもちゃっかりしてやがる。知ってるか。この町のガキは国一番のがめつさだとさ」

2019-04-07 19:30:40
帽子男 @alkali_acid

「がめつくない」 「洗濯屋のマルマのほうががめついよ」 「そうさ」 洗濯屋は川から街の水路とをつなぐ堰と水車の側にある。 「おーばーさーん!」 船頭の娘が声を張り上げると、ひょこっと頭を出したのはまた子供。 「ネネン!」 「マルマ!」 友達同士らしい。

2019-04-07 19:32:49
帽子男 @alkali_acid

次から次へと洗濯物を運び込むと、奥から太い腕と広い胴をした中年女があらわれる。 「ふん!ぞろぞろガキばっかり!おや仕立屋の坊主か。リッカちゃんはどうしたんだ」 「リッカはかよわいから、おれがきた!」 「おおかたお針子の仕事が忙しくなったんだろ。あのばあさんのやるこった」

2019-04-07 19:34:55
帽子男 @alkali_acid

洗濯女は腕組みをしてから、値段の交渉をしようとする少年の機先を制して告げる。 「銅貨三枚」 袋の中身を見もしない。ヤンは飛び跳ねた。 「たかいよ!リッカは銅貨二枚でやってもらってるって」 「リッカちゃんはね…かわいいし、礼儀もなってるし、あんたみたいなちんくしゃと違うからね」

2019-04-07 19:36:37
帽子男 @alkali_acid

「なんで銅貨三枚なんだよ」 「マルマに聞きな」 洗濯女の娘は待ってましたと指折り数える。 「洗濯に使う灰の費えでしょ、湯を沸かす木炭の費えでしょ、それから大物をやるときに水車のしかけを使わせてもらう費えが」 「どうせ寺男さんに知恵つけてもらっただけじゃないか!」 「まだあるもん」

2019-04-07 19:38:53
帽子男 @alkali_acid

「小物をやるときは、洗濯板を回すのにうちのお母さんの腕っ節がいるじゃない?それだって費えなの」 「?洗濯板ぐらいおれだって回せる」 「あらそうお?」 洗濯屋の母娘は目線を交わしてから、ヤンを手招きする。 大きな釜に湯が煮えて、斜めに手回しのついた洗濯板が差し込んである。

2019-04-07 19:41:46
帽子男 @alkali_acid

「やってごらんなさいよ」 「できる!」 はしごをのぼって、洗濯板の手回しに飛びつくと、鼻息もあらく回そうとする。 小舟の兄妹も荷物を運び終えて見物に加わる。 「おーい、いばりんぼ」 「ぜんぜん、まわってないよ」 少年がふんふんとやかましく体を動かしてもはかばかしく洗濯板は動かない。

2019-04-07 19:43:51
帽子男 @alkali_acid

「ま、こんなとこだと思った。かわいそうだから、今日だけは銅貨二枚にまけてあげるけど」 「んぎぎぎ!」 子供達のおしゃべりを、洗濯女が手を叩いて遮る。 「さあさあ。さっさと行きな。マルマ。もたもたしてると弟達の子守りを言いつけるよ」 四人のちびはすたこらさっさと建物を出てゆく。

2019-04-07 19:46:35
帽子男 @alkali_acid

洗濯屋から町はずれの教会まではすぐだ。丸木と板組みの囲壁にもたれるようにして教会が建っている。岸辺にはひげもじゃの寺男が立って出迎える。 船頭は子供等が渡るあいだ短い立ち話をする。 「司祭様のおかげんは」 「まずまず」 「ところで今度また勘定のことで相談に乗ってくれんか」 「はい」

2019-04-07 19:49:21
帽子男 @alkali_acid

寺男というのは教会の雑役をこなす身分だ。 召し出しを受けて戦(いくさ)に行った司祭が数年前に連れ帰ってきた。 司祭はだいぶ年をとって体が効かなくなってきたので、若者がいてくれるのは何かと助かるようだ。

2019-04-07 19:51:34
帽子男 @alkali_acid

読み書きのほかに、計数ができて、勘定に詳しいのでもとはどこかの奉公人だったらしい。あまり特徴のない人物だったが、ヤンは好きだった。リッカと祖母の次の次ぐらいには。 「クレフ。みんなと一緒に」 おどおどした少年が寺男のうながしにしたがって合流する。 「あの…いっしょに…いっても」

2019-04-07 19:53:24
帽子男 @alkali_acid

「こいよ!おれがいっしょにいってやる!」 ヤンが胸を張る横で、船頭の息子が相手の肩に腕を回して引き寄せる。 「ほら!」 「う、う、くさくない?」 「さっさといくぞ」

2019-04-07 19:55:02
帽子男 @alkali_acid

クレフは壁外の荘園と町をゆききする肥え汲みの息子で、くさいという理由でいじめにあっていた。 手習い所でも一騒動あった。でも寺男が、いつもの物静かさを崩さず、クレフをつつき回していた材木商の兄弟を一人ずつ呼びつけ、教誨室に連れていってから、ぴたりと収まった。

2019-04-07 19:57:47
帽子男 @alkali_acid

そのあたりが何となくヤンが寺男を好きな理由でもあった。 「おれも寺男さんみたいな、すごいひとになりたい」 放課のあとで、そう生徒は先生役に告げたものだ。

2019-04-07 20:00:08
帽子男 @alkali_acid

「はあ」 青年は石板やら鉄筆やらの後片付けをしながら生返事した。 寺男が用意しておいた大鍋にいっぱいの芋煮の昼ご飯を分け合い、満腹になった子供等は三々五々引き上げてゆく。途中で道草を食って遊ぶのもいれば、親の手伝いに戻るのもいる。奉公先から出てきている連中は大急ぎで帰る。

2019-04-07 20:02:22
帽子男 @alkali_acid

ヤンはちょこまか走り回ってあれこれ手伝いをしながら、言いつのる。 「リッカにふさわしいおとなになりたい」 「ヤンのおうちのリッカさん」 「うん!おれ、おおきくなったら結婚するからさ」 「それは、がんばらないといけませんね」 「寺男さんは結婚しないの?」 青年は手を止めて少年を省みた。

2019-04-07 20:04:13
帽子男 @alkali_acid

「さあ…」 「寺男さんは、結婚できるんでしょ?司祭じゃないもん」 「どうでしたっけ」 「なんだよぉ…」 「さて、よく手伝ってくれたヤンにはごほうびをあげないと。なにがいいですか」 「ええと…あれ!あれが見たい!」

2019-04-07 20:06:00
帽子男 @alkali_acid

ひげもじゃの若者はうなずいて、男児を書庫へいざなう。 鍵束を出して、錠を開ける。 内部は地下に掘り下げてあり、外の狭さから想像するより奥行きがある。何代にもわたって引き継いできた古い綴本と巻物。几帳面に整理がゆきとどき、埃もない。奥まった棚にたどりつくと、一冊を手に取る。

2019-04-07 20:08:34
帽子男 @alkali_acid

きちんと油をひいた布で包んであり、寺男はうやうやしいとさえいえる丁寧な手つきでほどく。まださほど古くない装丁、上質な紙でできた頁。開くと鮮やかに彩色した銅版画があらわれる。 不思議な獣、魚、鳥、草木、なんだかわからないもの。 人を惹きつけてやまない形と色と言葉。

2019-04-07 20:11:20
帽子男 @alkali_acid

ヤンはうっとりと魅入る。 「これを…リッカにも見せてあげたいな」 「はあ」 「この妖精とか、リッカにすごくにてる」 「はあ」 「あ、ここ読める。かぜを、およぐ、さかな…だよね?」 「上達しましたね」 「こっちの線に印は…楽譜、でしょ!」 「そうです」

2019-04-07 20:13:05
帽子男 @alkali_acid

ヤンはほうと溜息をついて、本を閉じた。 寺男はまた丁寧に布で包んで棚に戻す。 「あんな本、いっぱいあるの?」 「いっぱいはないでしょう」 「特別な本」 「はあ」 「司祭様の?」 「…私のです」 「寺男さんの?どこでもらったの?買ったの?いくら?」 「よく覚えていません」

2019-04-07 20:15:19
帽子男 @alkali_acid

ヤンは詳しく聞こうとして駄々をこねたりせず、ただ身をもぞつかせた。 「あのさあ」 「はあ」 「おれ、ぶきようだから、したてやになれないって」 「はあ」 「リッカはなんでもできるのにな。おばあちゃま、奉公にあがれって」 「はあ」

2019-04-07 20:17:49
帽子男 @alkali_acid

頬をふくらせながら少年はつぶやく。 「材木商んとこなんて、あそこのやつらなまいきなんだ!」 「はあ」 「それに…リッカとはなればなれになっちゃうし」 「はあ」 「リッカは、おれがひろったのに…おばあちゃまはぜんぜんはなしてくれないし」 「はあ」 「どうしたらいいのかな…」

2019-04-07 20:19:08
帽子男 @alkali_acid

寺男は髭を撫でてから答えた。 「ヤンのおばあさんは、すぐれた仕立て屋ですね」 「うん…」 「貴族のお抱えの職人にもひけをとらない」 「そうだよ…でもおれ」 「そういう人は、えてして自分と同じぐらいうまくできない人のことがわからないものです」 「そんなこと…あるかな…」

2019-04-07 20:24:33
帽子男 @alkali_acid

「ヤンの年で、おばあさんができたことを、ヤンがいま、できないからといって、仕立屋にむいていないとは、限らないものです」 「ほんとに?…でもおばあちゃまはもうぜんぜんおれにおしえてくれないし…リッカにばっかりで」 「リッカさんは、どうでしょう」 「どう…って?」

2019-04-07 20:26:36
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