川上からどんぶらこっこと美少女メイドが流れてきて拾ったら一生つくしてくれる【終編】

川最高!一番好きな地形です!
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前の話

本編

帽子男 @alkali_acid

これは長い長い長い話だ。 どこで始まり、どこで終わるかのか、さっぱり見えない。 もしあなたがこの部分を読んでいるとしても、いったい今までどんな登場人物がどんな風に喜び悲しんできたか、とても遡りきれないだろう。 では結末は? あえて解りやすく説明しようとするなら。 川。 川の物語だ。

2019-04-21 21:19:56
帽子男 @alkali_acid

すべてのはじまりは川上からどんぶらこっこどんぶらこっこと美少女メイドが流れてきたところから。 炎とともに滅びたティルニッツァ公爵家のお城女中、メアデューヌという。 高貴の血を引きながら不遇に育ち、憐れみ深い公爵夫人の召し抱えによってつかの間の幸せを味わった娘。

2019-04-21 21:27:16
帽子男 @alkali_acid

だが夫人の再婚相手である残虐な新公爵は、領内から召し出した多くの少女とともにメアデューヌをいたぶり、苦しめた。 新公爵の所業の報いとして、夫人の手によって川のほとりの城が焼け落ちたとき、メアデューヌは夢中で燃え盛る塔楼から主を救おうとし、果たせず水に落ちたのだ。

2019-04-21 21:30:43
帽子男 @alkali_acid

川下にある運河の町のそばにメアデューヌは流れ着いた。 拾ったのは仕立屋の老婆とその孫ヤン。教会の寺男の助けを借りて、介抱すると、女中にリッカという新たな名を与え、使用人、というより家族の一員として迎え入れた。 幼いヤンはリッカを慕った。とても。とても。

2019-04-21 21:32:41
帽子男 @alkali_acid

しばらくして仕立屋一家は、ケレイドという旅の剣士と出会う。 大剣を背負った巨漢で、粗削りながら整った造作にどこか憂いと気品をただよわせる漂客を、リッカは一目で滅びたティルニッツァ公爵家の勘当された跡継ぎと見抜いた。

2019-04-21 21:35:12
帽子男 @alkali_acid

女中は旧主に忠を尽くした。 雄偉の公子は、可憐な召使まごころを受け止めつつ、一門の滅びの原因は川上の魔女という奇怪な人物と、先代公爵の取引であると知るや、貴族のならいである「血讐」を果たすため流れをさかのぼっていった。

2019-04-21 21:37:24
帽子男 @alkali_acid

ケレイドは勘当を受けたのち、修行を重ね、武芸の奪人となっていた。 また戦場で勝ち取った魔法の武器、巨人殺しをも携えていた。 しかし川上の魔女は取引を拒んで刃を向けた剣士を嘲り、黄金の甲冑と夜明けの駿馬にまたがった騎士を呼び出して闘わせた。 結果、ティルニッツァの跡継ぎは敗れた。

2019-04-21 21:41:37
帽子男 @alkali_acid

魂から何かを失い、虚ろとなった男は、川上からまたしても運河の町の近くに流れ着いた。 教会が引き取ったが、このような患者に対して、神の家が施せる癒しの技はなかった。

2019-04-21 21:43:07
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 川上の魔女の犠牲とおぼしき男が見つかったのは続けて二度目で、以前ほどは話題にならなかった。 町は徴税人の対処で忙しかったせいもある。日頃は尊大な顔役たる材木商の元締めはいつになく姿勢を低く饗応の限りを尽くし、裏で金を貸しつけ、子弟の世話を焼き、抱き込みに余念なし。

2019-04-21 21:45:32
帽子男 @alkali_acid

もっと小粒の商人職人、地主も工夫の限りを尽くす。 徴税人にとっても、読み書きや計数が得意で、税法に明るい町民の相手はやっかいだった。近在の新しい教会をいただく連中はとにかく吝(しわ)く理詰めで納める額を小さく畳む一方いつも徴税人の首をすげかえようと策動する。

2019-04-21 21:48:06
帽子男 @alkali_acid

税を多く納めなくて済むなら、破産してもよい、といった気風さえあるのだ。 だが伸び盛りの新都市が、王の庫を潤す貴重な財源であるのも確かで、領主が支配する郷村のように差配の鞭で脅かすという単純な手も取れなかった。

2019-04-21 21:49:48
帽子男 @alkali_acid

税をとるものととられるもののつばぜり合いにいそしむのは、当然ながら稼ぎの多い仕立屋サンドーラも例外ではない。帳簿をめくり、いちいち孫のヤンに計算を確かめさせる。普段はろくに顔を出さない組合の会合にもしょっちゅう出かける。

2019-04-21 21:51:53
帽子男 @alkali_acid

教会の休息所で横たわるケレイドのことは、関心の外だった。 女中のリッカをのぞいて。 「あの浪人の看病をしたい?」 縫匠が帳簿につっこんでいた鼻をひっこぬいて、かたえをにらむと、楚々たるおとめが答える。 「はい奥様」 「針仕事はどうするんザマス?」 「お暇を、いただけましょうか」

2019-04-21 21:54:43
帽子男 @alkali_acid

「どこの馬の骨か知らないザマスが、ああなったらくたばるだけザマス!無駄ザマス!さっさと死ぬに任せておくザマス」 「奥様。どうぞお許し下さい」 「んまっ!」 女中には淑やかながら、てこでも動かぬ頑なさがあったが仕立屋も鉄火肌の気性で召使だろうと貴族だろうと引き下がらぬたちだ。

2019-04-21 21:57:21
帽子男 @alkali_acid

「いかせてあげてよ!」 孫で徒弟のヤンが声変わり前の喉から精いっぱい迫力のある叫びを発そうとして裏返った響きをさせる。 「何を言うザマス!さっさと帳簿のあらために戻るザマス!何のためにお前を手習い所に行かせたと」 「いかせてあげて!」

2019-04-21 21:59:01
帽子男 @alkali_acid

「うちの女中があの浪人を看病してどういう得があるザマス」 「…えっと…えっと、ケレイド、さんはナルコッホ侯爵のええと、なかあれだもん」 「侯爵は川上のずっと先にいるザマス。この町は侯爵のものじゃないザマスよ。税だって王の徴税人に納めてるザマス」 「でも!」

2019-04-21 22:00:45
帽子男 @alkali_acid

少年は飛び跳ねる。 「リッカがそうしたいって言ったんだ!ねえ!」 「お前は誰の味方ザマス!」 祖母がしかりつけると、孫はけろっと返事をする。 「リッカ!」

2019-04-21 22:01:51
帽子男 @alkali_acid

ヤンは駄々をこねまくり、わがままのありったけを使いまくり、しぶるサンドーラに、リッカの願いを認めさせた。ナルコッホ侯爵から食客たるケレイドをどう扱うのか連絡があるまで、という約束で。

2019-04-21 22:03:07
帽子男 @alkali_acid

「ぼっちゃま。ありがとうございます」 深々と辞儀をする女中に少年はにっと笑う。 「だってリッカがさ…そうしたいって言うんだもん。いつもさ、おのぞみのままに、とか、はいぼっちゃま、とかしか言わないのに」 「はい、あの」 「でも忘れないでね。リッカは俺と結婚するんだから」

2019-04-21 22:04:57
帽子男 @alkali_acid

かくして男児は信じて年嵩の娘を送り出したが、虚ろな目で空をながめ、よだれをたらしているだけの巨漢の世話は、想像よりも酷であるらしかった。

2019-04-21 22:06:08
帽子男 @alkali_acid

女中は、大兵の剣士の服を換え、体を拭き、下の世話をし、手ずから匙をとって食事をさせ、うまくゆかぬと口移しをした。すすり泣き、しがみついてくるだいのおとなをあやし、眠るまで一緒に床に入ることもあった。

2019-04-21 22:07:46
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