赤十字の成り立ち・組織・問題点・・・吹浦忠正さんが解説
- toshihiro36
- 14793
- 0
- 1
- 0
吹浦:病院を全国で92やっておりますから、医者・看護師がたくさんいるわけですし・・。そのほか、全国47都道府県に支部がありますし・・。そいいうところで働いている人の給料は、おおよそ日本の国家公務員並みです。
2011-05-13 17:22:21吹浦:これは全国の皆さん(社員から)。社員っていうのは、玄関に社員証を貼ってるお家が多いですから・・。年に500円払うと、社員になれるんです。
2011-05-13 17:26:56吹浦:500円。これは皆さん気がついてないと思いますが、ほとんどの組織では町会の会費の中から払っています。ですから、一人ひとりは払っている意識はないと思いますけれど、実際には全国からお金が集まるようなシステムが伝統的に出来ているんです。
2011-05-13 17:36:36吹浦:はい。赤十字・赤新月社連盟というものがありまして。その会長は日本の赤十字社の社長が今はやっております。去年の6月に選挙がありまして、そこで選ばれました。
2011-05-13 17:45:07リンゴ:最初のテーマはこちらです。 ・・・赤十字を作った男。こんな数奇な運命のドラマを見ていただきたいと思います。VTRでどうぞ。
2011-05-13 17:57:47<ナレーション> 1859年6月24日、一人の青年が北イタリアを旅していた。彼はスイスの実業家。これから新たな事業を成功させるため、情熱を燃やしていた。
2011-05-13 18:01:16<ナレーション> しかし彼はこの旅で自らの人生を大きく変える出来事に遭遇する。ソルフェリーノという土地の近くを通った時だった。なんとそこでイタリアを統一しようとするフランス・サルヴェーニャ軍とオーストリア軍との激しい戦争が始まった。
2011-05-13 18:05:22<ナレーション> 彼がそこで見たのは、まさに地獄のような光景。そこrsじゅうに転がる、おびただしい数の死体。わずか1日で出た死傷者の数、4万人。ソルフェリーノの戦いと呼ばれる、19世紀でもっとも悲惨な戦争の一つだった。
2011-05-13 18:09:04<ナレーション> 目の前でバタバタと倒れていく兵士たちを見た彼は、気がつくと倒れる負傷兵を抱き起こし懸命に救護していた。医療や介護の経験は何もなかったが、戦で傷ついた者たちの間を三日三晩ほとんど不眠不休で動き回り、白いワイシャツを血に染めながら大声で叫んでいた。
2011-05-13 18:13:37<ナレーション> その後スイスに戻った彼は自分の仕事そっちのけで、この戦場の様子をまとめ、一冊の本にする。自らが目の当たりにしたあの悲惨な光景、そして戦争の犠牲者を減らしたいという情熱だけが彼を突き動かした。
2011-05-13 18:17:55<ナレーション> いかなる場合でも、人間が人間らしく扱われるように・・・戦争の惨状を延々と綴った後、男はその本の最後にこう書いた。
2011-05-13 18:20:32<ナレーション> 当時、そんなことを考える者はだれ一人としていなかった。「ソルフェリーノの記念」というタイトルをつけた、この本を出版。あらゆるツテを使ってこの本を各国の有力者・政治指導者に送り続けた。彼が書いた戦争の悲惨さ、そして救援組織の設立という考えは (続く
2011-05-13 19:37:44<ナレーション> 多くの人々に衝撃を与え、心を動かした。その後、その考えに賛同した法律家や医学博士・軍人ら名だたる有力者が集まり、彼を含めた5人の委員会が発足。国際会議が開かれた。彼の夢が大きな一歩を踏み出した。
2011-05-13 19:41:39<ナレーション> しかし・・・「戦争中でも、負傷者は平等に扱うべきなんだ」 「最初からそんなことを言ったって、無理だ。君は理想を追いすぎる。一つ一つ、地道に積み上げていかないと」 彼にはあふれるほどの情熱があったが、それが仇となり、仲間内からは (続く
2011-05-13 19:46:43