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鳥籠に入った少年がかわいいけど衰弱していく話

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帽子男 @alkali_acid

「鴆がいかがいたしましたか」 かすかに、断ったはずの汚気が腹に興るのを覚えて、第三夫人は這いつくばったままに戸惑った。 「聖域の天兵神将が、鈴を鳴らして清気を広め、鴆の邑を攻めた際、長とその血筋はそろって火に身を投じて命を断った。服属を拒んだのだ」

2019-05-05 14:37:57
帽子男 @alkali_acid

「汚気のもたらす迷妄にございましょうか」 「そなたらの蛇族も苛烈であったが、鴆も武勇には劣れ気性は荒い。まこと汚気はかくも性を歪める。だが調べてみると、焦げた骸の数と、聞き及ぶところの鴆族の長の血筋の数が合わぬ。いまひとり残りがある」

2019-05-05 14:40:28
帽子男 @alkali_acid

「なにぶん戦場のことにございます…」 つぶやくように応えながら蛇苺は、身に着けた鈴の音が遠のき、とうに忘れたはずのはるか故郷の景色がまざまざと脳裏に蘇るのを覚えた。鴆族の肉の焦げる匂いと、幼い喉が発する空を裂くような怒りの叫びも。 「蛇族の子飼いとなっていた男子とか」

2019-05-05 14:43:19
帽子男 @alkali_acid

狗橘がふと瞼を開き、夢みるように告げる。 「か弱き外界の男子…ほうっておけばいずれ絶えましょう」 広聞天はそちらを向いて、かすかに息を吹きかけると、第一夫人の耳や鼻や唇や舌や胸や肢の間を貫く翠玉の鈴が一斉に澄んだ音色をさせ、鋭い法悦をもたらした。ほかの奥方にも余波が伝わる。

2019-05-05 14:46:57
帽子男 @alkali_acid

「蛇族も狗族も、およそ聖域の外なる国々では女のみが長となり軍を率いる。心得てはいる。しかれど鴆族は男も戦い、汚気の毒をもって天兵神将を害した。捨て置けぬ」 夫のまなざしに、妻は恍惚と震え、すぐ言葉を紡がんとした。 「鴆族の長の血筋であれば、生き残りは…」

2019-05-05 14:50:46
帽子男 @alkali_acid

「私めが屠りましてございます」 話すはずだった内容と奇妙に違えた台詞を、口にしてから蛇苺はおののき、鈴の放つ清気に失神しそうになる。正覚を得た身にふさわしからぬ過ちを犯したようだった。だが鈴を通した舌は、法悦に浸りながらもねじれを戻せなかった。 「我が鱗がすべて落ちる前のこと」

2019-05-05 14:54:48
帽子男 @alkali_acid

天人は頬に指をあててじっと吟味する。 「そなたに故地の案内をさせた折であったな。何故奏しなかった」 「鴆族の男子は将とならぬがゆえ、露を払うにも似たつまらぬできごとと」 「うかつであったな。屠った証はあるか」 「どのような証をお求めでございますか」 「耳なり、首なり…屍のもの」

2019-05-05 15:00:17
帽子男 @alkali_acid

蛇苺は深くうなだれて沈思すると、ややあって鈴をつけた唇をまた開いた。 「お許しをいただければ探して参ります」 「骸の場所が解れば天兵神将をつかわそう」 「私がみずから探す方がすぐ済みまする」 「ではともにゆくがよい。この話はしまいとしよう」

2019-05-05 15:03:12
帽子男 @alkali_acid

広聞天は、心ここにあらぬていで施した功徳のために、痣だらけになって痙攣する第四夫人を放ち、第三夫人のもとへ受け取らせると、命じる。 「浄水を授ける。一滴あまさず干すがよい」 「ありがとうございます旦那様」 光栄にうっとりと目尻を下げて、蛇苺はうつぶせて動かない虎橡の腰を抱え込む。

2019-05-05 15:08:16
帽子男 @alkali_acid

天人の愛玩と翠玉の鈴の響きによって、うちに蓄えた浄水をいっそう澄み渡らせた、生きた革嚢(かわぶくろ)の双臀を引き起こし、あいだに鼻先を埋めると、伸縮する有浄の穴に唇を押し当ててたっぷりと詰まった甘露を吸い上げる。

2019-05-05 15:11:20
帽子男 @alkali_acid

「ぁっ…かっ…ぁっ…!」 第四夫人が弱々しくもがくのを、第三夫人は優しく押さえつけて賜りものを味わう。香木の栓を舌と歯で抜いてやると、浄水はこんこんと聖域の泉から湧くようにあふれる。

2019-05-05 15:16:01
帽子男 @alkali_acid

汚気をまといつかせていたころは、国境を接しては幾度も矛と刀を交えた虎族の長を、蛇族の長は今や同じ主に仕える慕わしき相手としてよく慈しんだ。 けれども清気がもたらす喜びのただ中にあって、なお良妻の澄み渡った心には、まだわずかなくすみがこびりついていた。

2019-05-05 15:19:16
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 目にも綾な洌糸(きよいと)で織り、翠玉でかざりつけた、透けるような薄絹。千も万もの美服が並んだ衣裳部屋の奥に、鳥籠が隠してあった。 浄水で洗いさらし、鈴音をよく聞かせた布地は天人の肌のごとく清気をあふれさせ、汚気を払い、あるいは包み隠す。

2019-05-05 15:23:35
帽子男 @alkali_acid

奥まったところに吊るした鳥籠に住む少年にとっては、息をするたび肺腑が焼けるようだった。羽毛は毎朝毎晩抜け落ち、鋭い爪も欠けつつあった。 「私の鴆羽。遅れてごめんなさい。さあごはんにしましょうね」 やっと飼い主がやって来ると、刺繍針でそっと指を突き、血の珠を膨らせる。

2019-05-05 15:27:21
帽子男 @alkali_acid

鴆羽は毒牙を鳴らし、首を振って拒もうとするが、つい蛇苺の縦に狭まった瞳の孔を覗き込むと、急に背を強張らせてから、たぐりよせられるように近づき、格子のあいだから入ってきた指を咥えると、赤子が母の胸を吸うように血を啜った。

2019-05-05 15:29:30
帽子男 @alkali_acid

だがすぐに咳き込んで離れると、喉をおさえてはばたき、暴れ回る。 「ああ、ごめんなさい。血にも清気がみなぎっている。浄水を沢山飲んだおかげかしら」 奥方はそっと手を引いて、手の施しようもなく苦しむ童児を眺めやる。 「ほかのごはんを探さなくてはね」

2019-05-05 15:32:15
帽子男 @alkali_acid

また腕をのばすと、籠の戸を開けて、ぐったりした愛鳥の黒い翼を掴む。 「ごめんなさい私の鴆羽。旦那様に渡さなくては」 「ぁっ…ぁっ」 「すぐ済むからがまんしてね」 蛇族の長は告げてから、眷属たる鴆族が空を自在に舞うための命より大切にしている器官を根元からむしりとった。

2019-05-05 15:34:58
帽子男 @alkali_acid

血はあまり出なかった。 もはやだめになりかけていたらしい。 それでも声なき絶叫を上げるかつての股肱を、飼い主はじっと眺めてから、傷んだ翼を眺めやる。 「もっと腐っていないとおかしいでしょうね…何とかしましょう…痛いの?がまんできるでしょう?お前はいつだって強い子だったもの」

2019-05-05 15:38:32
帽子男 @alkali_acid

淡く微笑んで、鈴で飾った女が遠ざかってゆくのを、翼をもがれた少年はかすむ眼差しで見送った。

2019-05-05 15:39:42
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 高熱と苦悶のはてにつむぐ夢が、過ぎ去った日々をわずかによみがえらせる。 矛をたずさえ、鱗に覆われた主君の腕に、翼と毒を持つ家臣が舞い降りて止まる。 「虎族の数は三百、竹林に臥せているよお館様」 「ちゃんと数えたの?」 「数えたよ!」 「ならいいの。下がっていて私の鴆羽」

2019-05-05 15:44:13
帽子男 @alkali_acid

少年は羽ばたいて甲高く叫ぶ。 「一緒に敵を襲わせてよお館様」 女は割れた舌をちらつかせて否む。 「お前は強い子だけど、男子はあまりはしたなくふるまってはだめ」 「なんでさ!鴆の毒は男子にだってあるよ!」 「いう事が聞けないならまた籠に閉じこめるから」 「うえっ!お館様のいじわる!」

2019-05-05 15:48:47
帽子男 @alkali_acid

妖鳥がはるか高みへ逃れると、怪蛇は胴をくねらせて、しわぶきひとつ立てず控える二百の配下に矛を振る。 たちまち無数の刃の閃きが峡谷に弾け、荒々しい霊気と、戦の昂りを示す蛇族の腥(なまぐさ)い薫りがあたりに満ちる。

2019-05-05 15:54:28
帽子男 @alkali_acid

進軍を始めた将軍はふと、さがらせたはずの斥候の影がまだ天にとどまっているのを認め、しゅっと鋭い笑いをこぼしてから、からかいをこめて叫ぶ。 「やっぱり、おてんばをしないように、鳥籠へ閉じ込めてしまいましょうね。私の鴆羽!」

2019-05-05 15:58:13