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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
2)ヒライズミ議員、ワタナベ教授の議論はかみ合わないまま論争はうやむやになっていったのだけど、双方が同意する点を挙げると  英語と日本語はあまりに違いすぎる という認識。そしてここから  学校で何年も学んでも会得が難しい という認識も共通する。
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3)そして  今の教え方ではよくない という認識がやはり共通して浮かび上がってくる。
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4)その一方、面白いことに、今の私たちが抱く  小さいうちなら体で楽々身につけてしまう 論が、当時のこのふたりの論争にはみられないのです。
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5)私なりに、この論争がその後の英語教育にどんな影響を及ぼしたのか、シンプルな史観にまとめるとですね  今(昭和49年当時)の英語の教え方ではあかん➾英語ネイティヴの講師を全国の中高校に配備せよ➾それでも英語力の底上げにつながらない結果に➾ええいもっと小さいうちから教えこめ!
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6)この「ええいもっと小さいうちから教えこめ!」は「小さいうちなら体で身に付けてしまう」論にのっとった発想であることは、いうまでもなくわかることです。 ALT制度が浸透した21世紀だからこそ、こういう発想にリアリティが感じられた。
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7)同じく21世紀に入ってからインターナショナルスクールでお子さんを育てたくありませんかな特集が週刊誌に目立ちだすのは興味深い。
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8)さらに同じく21世紀に入って、英語教育学系の学者さんたちが「早期英語教育は害悪のみ!」としきりに主張しだした。
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9)なぜか。「ええいもっと小さいうちから教えこめ!」論はすなわち「今までの英語の教え方では役に立たへんやんか!」論の裏返しであり、すなわち英語教育学系の方々にすればメンツ丸つぶれなのです。
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10)英語と日本語では違いすぎる…ここに異論はどなたもなくて、一方で英語教育学系の方々(に限らないのだけど)は、このどうしようもない双方の距離をこそ、自分たちの権威付けにすり替えてきたわけです。「英語学習は修行なのだ、そして私たちはマスタージェダイなのだ愚民ども我らを崇めよ」と。
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11)ワタナベ教授は中高での英語教育には直接かかわってはおられなくて、英語教育学とはまた違う畑の方ではあるのですが「英語学習は修行なのだ」と訴えているのは同じ。
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12)そして違う畑ゆえに、英語教育学の方なら発想しないであろうことを発想した。「英語圏のどこか貧乏国から暇そうなバーさんを雇い入れて中高の英会話クラブでの英語の話し相手をさせてはどうか。自分は留学中、下宿のおかみを相手に会話能力を磨いた」
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13)これが後のALT構想に進化して、ナカソネ首相の力で昭和62年よりスタート。現場の教師たちは嫌がったのですが。
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14)そして21世紀に入って、⑥で指摘したような方向に議論が進んでいった。 日本の近隣諸国で小学校からの英語教育が検討されている、日本もバスに乗り遅れるな!という国家的焦りが背景にあったことはいうまでもない。
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15)ALTの導入が、いつのまにか「ネイティヴ環境をそろえてやれば小さいうちに英語なんて身についてしまう」論にリアリティを与えてしまう装置になっていたのです。
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16)ALT導入が平成とともに受け入れられていったのは、あまり役に立たないからだったのかも。 もしALT導入で中高校生の英語の能力が劇的に向上していたら、それこそ現場の教師にくわえ英語教育学系の偉い先生方もメンツがなかったと思う。
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17)つまり利害の衝突が起きなかったゆえに、ALTについてはとやかくいわれなかった。 だがALTの全国配備によって、英語ネイティヴ環境を学校内でそれなりに用意できるのではないか幻想にリアリティが伴ってしまった。
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18)そして小学校から英語を教えるべき論が国家主導で台頭。 実際には小学校の教諭が教えるわけですが、それをALTがサポートすればネイティヴ環境に近いものにできるんじゃないか…とファンタジーは膨らむ。
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19)そうはいかないのですけどね。幼稚園で英語バイリンガルにお子さんを育ててみせますよなところは全国にいくつもあるけれど、卒園してしまえばそれで終わり。子どもたちは英語なんて忘れてしまう。 環境維持は命綱。
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20)ほとんどの学校で英語ネイティヴ環境はとても維持できないという現実に、近隣諸国では小学校英語がスタートしているという別の現実がぶつかった。
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21)つじつま合わせとして小学校のカリキュラム変更が危急のものとなった。
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22)しかし、ここには旧来の英語教育がどうしてこれといった成果をあげられないできたのかを分析・反省する視点がなかった。 ゆとり教育の破綻を受け入れるのに、この国はいったい何十年かかったのか。 同じメンツの壁が立ちはだかる。
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23)こんな教科書を馬鹿正直に使っていると、こんな風にネイティヴには聞こえてしまう/読まれてしまう英語しかアウトプットできなくなるんですよーという具体的示唆が、今度の本の序章&第一部。
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24)制度の変更、人員配置の工夫、カリキュラムの再検討など、いくら形式面での議論を繰り返しても無駄なのです。 私たちは誰もが一度は英語教育のスリバチに放り込まれて粉々にされた被害者のはず。それなのに「受験生」への衣替え、そして「合格」という報酬と引きかえに記憶は正史から外される。
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25)英検やTOEICは、ネイティヴ英語という<外部>から、英語教育という<内部>への批判の目線を、たくみにはじき返すための国家的装置といえるのではないか。
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