赤い糸切り師募集中

#書き出しだけ大賞 への投稿から始まったなみあと(@nar_nar_nar)先生の小説
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なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「犯人はきっとこいつです」 スマホの画面には、後輩のツイッターアカウントが表示されていた。スタバの新作がどうのとか、ネイルがどうのとか、ほとんどのツイートに画像が添付されているが、すべての写真は後輩の顔が一緒に写っている上、全部スタンプなどを使って加工されている。

2019-06-09 11:05:56
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

しばし画面を凝視して、私は気づいたことを口にした。 「お前キラッキラのツイートしてるんだな」 「論点はそこじゃないです。あと、私がキラキラなんじゃなくて先輩の作家アカウントが地味すぎるんです」 「論点はそこじゃないな」 作家のツイッターアカウントが新刊情報だけ流していて何が悪い。

2019-06-09 11:07:42
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「そうじゃなくて。犯人はこいつです!」 業を煮やした後輩が、「犯人」とやらを示すツイートを指さしてくれた。それは後輩のツイートで――しかし自作自演であることを自供したいわけではないのは、すぐわかった。 そのツイートにもやはり、画像が添付されていたからだ。

2019-06-09 11:38:39
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

ツイート内容は「話題のやつ見てきたワラまぢで会社名入ってないウケる🤣」、そして画像には―― こちらを向いてピースする後輩と、数日前からSNSを騒がせている、例の「赤い糸切り師募集中」の広告が写されていた。

2019-06-09 12:38:51
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「先輩知ってますか、この広告」 「知ってる。通学途中に見かけた」 今さら珍しくもない。スマホを返しながら答えると、 「これですね、ただの広告じゃないんですよ」 「それも知ってる。社名も連絡先もないって――」 「それだけじゃないんです」 「ん?」 他にも何かがあると言うのか。

2019-06-09 12:48:05
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

後輩はネイルの光る指でスマホをなぞり、別の画面を表示させた。 「これ見てください」と再び私に向けてスマホを差し出す。 受け取ったそれに映っているのは、今度はツイッターアプリではなく、とあるまとめサイトの記事だった。 「新宿の広告、ガチでカップルブレイカーな件」

2019-06-09 12:49:42
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「なんだそりゃ」 人さし指で画面をスクロールする。曰く、広告を面白半分に見に行ったり、画像を見たりした多くのカップルが、恋人と別れたり喧嘩をしたりと不幸な目に遭っているのだという。 「だから、私が彼氏全員にふられたのはこいつのせいなんです! こいつが不幸を振りまいているんです!」

2019-06-09 18:39:39
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

キィッと一声、後輩はスマホを床に放り投げた。カーペットだから壊れはしなかろうが、自分のスマホだろうに。 まぁ、とはいえそれは「後輩の」スマホである。私に火の粉が降りかかるわけでなければ、好きなだけ暴れて頂いて差し支えない。 ――と思っていたのに。

2019-06-09 19:11:09
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「先輩、この謎の現象を解き明かしましょう!」 なんて言い出したものだから、私は面食らった。 「冗談じゃない、なんで私が」 「かわいい後輩がこんなに悲しんでるんですよ!」 「人の恋路に口出す奴は馬に蹴られて死ぬんだぞ」 「線香くらいは上げに行きますから!」 そうじゃない。

2019-06-09 19:14:11
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

面倒は嫌なのだ。しかし私がそう言ったところで、そうですかと頷くような後輩ではない。告げればやはり「何でですかぁ!」と吠えた。 「どうせここでぼんやりしてるだけでしょう!」 「ぼんやりしてるだけってことは――」 「そうじゃないですか! 原稿進まないでぼーんやり画面眺めるだけ!」 ぐさり。

2019-06-09 20:51:02
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「どうせ書けないなら一息ついて、頭の体操でもしたほうがいいんじゃないですか」 一理ある、が――図星をつかれれば言い返したくなるのは人の常だ。余計なお世話だと噛みつこうとしたが、 「……ん」 ポケットの中で震えるものが、私たちの会話を中断させた。 スマホだ。後輩のものではなく、私の。

2019-06-09 20:54:57
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「ちょっと待て。…もしもし?」 「どうも。お世話になっております、先生」 悲鳴を上げなかったことを、褒めてほしいと思う。 同時に、着信者を確認せず電話を受けてしまったことを後悔した。 「…どうも、羽田サン」 担当編集である。 「例のシリーズの原稿、進捗はいかがかとご連絡差し上げました」

2019-06-09 21:16:05
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

いかがって。パソコン画面に表示された、雪原のようなワードファイル。 しかしそれを正直に答えるわけにもいくまい! 「そろそろ草稿を頂けてもいい頃かと」 「あーあの、はい、そうですね! ええ、その、実はですね、それの他に、一つ新作を考えておりまして」 私の口が、勝手なことを言い出した。

2019-06-09 21:18:21
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「新作?」 「なんでしょう、そのう――ネット上の都市伝説もの、といいますか。女子高校が噂を解決していくような、中高生向けの、ええと」 「ふうん、いいですね! そちらも一緒に頂けるということで」 「ええ、もちろんです」 好感触。これはいけそうだ。

2019-06-09 21:24:10
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「ですので、ええと、合わせて一週間ほどお時間頂けましたら」 「承知しました。楽しみにしています!」 電話終了。 ふう――とため息をついた瞬間、 「なぁるほど。先輩の次回作は都市伝説ものですか」 そんな、意地の悪い世間話が飛んできて。

2019-06-09 21:27:12
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

誰の発言かなんてのは、いちいち確認するまでもなく。 「それじゃ、先輩――いえ、センセイ」 「…何ですか」 「取材が必要そうですね?」 そうですねと答えた私の声と表情、どちらも沈んでいたことだって、言うまでもないことである。

2019-06-09 21:29:05

なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「ところで先輩」 「うん?」 「ケーキの上に乗せた板チョコ、いくらなんでも『おめでとう』はないんじゃないですか」 「ああ、悪かった」 「…まぁ、いいですけど」 「『ざまぁ』ってのあるか一応聞いたんだけどな」 「そんなだから彼氏できないんですよ」 お前に好かれたいとは毛頭思わない。

2019-06-10 09:36:03
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

そんな話をしたのは、大学最寄駅から乗り込んだ電車内のことである。 最寄から新宿までの所要時間は鈍行かそれ以外かで若干変わるが、今回は鈍行だったので三十分弱といったところ。車内放送がザネクストステーションイズシンジュクと告げるまで、私たちは散漫な会話を続けた。

2019-06-10 09:50:51
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「だけど先輩、もう少し色気づいたらどうですか?」 言われて私は、自分の体を見下ろした。薄手のシャツにジャケット、ジーンズ、サンダル。 「髪も短いだけで染めてないし。化粧もほとんどしてないし」 ごく一般的なショートカットだ。それに、 「お前の過剰装飾よりはマシだと思う」 殴られた。

2019-06-10 14:15:53
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「先輩すらっとしてるんですから、格好さえちゃんとすれば絶対人気出るのに」 「一般女性より多少立っ端があるだけだ。飾ったところでどうにもならん」 「細いですし」 「食っても肉がつかない体質ってだけだろ」 「腹立つ!」 また殴られた。

2019-06-10 14:19:56
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

さて。我々の背格好とスタンスはさておき―― 犯人捜しをするにも、情報が足りない。広告はこれから実際に見に行くとして、手近な被害者への聞き込みから始めよう。 「それでお前、七股? 全員にふられた、って言ってたけど」 「…はい」 思い出すのも腹立たしいのか、渋い顔をして後輩は答えた。

2019-06-10 18:10:27
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

余談だが、彼女の崩れた化粧はすでに修正が完了している。新宿に調査に行くと言い出したのは後輩自身のくせに、重い腰を上げた私を一時間も待たせたわけだがそれはさておき。 「何、あるとき呼び出してみたら七人全員揃ってて、全員に囲まれて一斉に別れの言葉をぶつけられたとか、そういうやつ?」

2019-06-10 18:11:42
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

×呼び出してみたら ○呼び出されてみたら

2019-06-10 18:40:10
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