赤い糸切り師募集中

#書き出しだけ大賞 への投稿から始まったなみあと(@nar_nar_nar)先生の小説
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なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「違いますよ。そこまで恐ろしいことにはなりませんでした」 「そうか」 頷く。 「…一応聞きますけど、そうだったとしたらどうなんですか?」 「面白い見世物を見逃したなぁと」 「ほんと先輩って」 どうなのか、は言わなかった。 予想は簡単についたけれど。

2019-06-10 18:12:43
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

しかしこう巻き込まれてしまっては、面白いというより、面倒な話だ。そんなことを考えつつ、くだんの広告を思い出す。 「ネットロア、なぁ」 「え?」 それは、聞かせるつもりで言ったわけではないのだが。 しかし後輩の耳は聞きとめたようだ。不思議そうに「何ロア?」と繰り返す後輩を、横目で見た。

2019-06-10 22:14:19
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「ネットワークフォークロア。インターネット上で広がっていく都市伝説…噂話のことだ」 「ふーん」 「現代の主流はSNSかな、一昔前はチェンメなんかでの伝播も流行ったけど」 「時代とか媒体が変わっても、みんな好きですよねーそういう話。この『赤い糸切り師』もそういう系ですよね」

2019-06-10 22:19:39
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

なんでみんな好きなんでしょうね? と、スマホを振りながら、後輩。 しかし私は答えず、無言で席を立った。止まった電車の車窓から、「しんじゅく」の駅名表示が見えたからだ。

2019-06-10 22:21:36
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「地下のコンコースだったな」 ダンジョンだの難関迷路だのと言われる新宿駅だが、通学利用者にしてみればどうということはない。 特に、暇の有り余るゆとり大学生なら、下校ついでにふらふら脇道に逸れたりもするから、さほどの苦もなく覚える。ミノタウロスを撮影してSNSにアップすることも容易だ。

2019-06-11 07:25:04
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

かくしてミノタウロスは衆目に晒されることとなった。ただし我らテセウスにとって予想外だったのは、ミノタウロスが運命の毛糸を切るためのハサミを持っていたことだ―― 「私ならそんな感じで書くかもな」と言ったら、 「くどいですね」 と一刀両断されたので、とことんこいつとは相性が良くない。

2019-06-11 13:35:31
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

場所は新宿小田急西口地下コンコース。時間によっては大勢の人で混み合う午後二時という微妙な時間帯のおかげで人影はまばらだ。 「あ、あれですよ、あれ」 後輩が件の広告を見つけた。走り出す―― 「待て」 二メートルも先行したところで、私はそれを呼び止めた。 「はい?」 「戻れ」

2019-06-12 07:23:05
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

戻ってくる。 「なんですか?」 律儀に私の真ん前で待つから、 「お手」 「なんなんですか!」 なんとなく。 抗議しながらもきちんと右手を差し出すから、つまりこいつはバカなのだ。 「いいからここにいろ」 「だって」 「カメラを使う」 昨今のスマホはまったく高性能だ。ズーム機能も優れている。

2019-06-12 07:27:00
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「だけど、人いないですね。バズったんだからもっと野次馬いるかと思った」 「人の噂も七十五日なんて言うけど、ネットは大抵そこまでもたない。三日も流行ればいい方だ。…現にお前、先週バズったネタとか覚えてるか?」 「きさらぎ駅とか息が長いじゃないですか」 懐かしいネタを知っているな。

2019-06-12 07:34:43
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「あれは、山ほど生まれた都市伝説の一握りだ。ネット騒然! って触れ込みで本になったけど、実際出版される頃にはブームが下火になってまったく売れない――なんて現象珍しくない」 「さすがセンセー詳しいですね」 「………って呉場さんが言ってた」 以前付き合いのあった編集者に罪をなすりつける。

2019-06-12 07:36:34
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「それで、先輩。何かわかりました?」 焦れたように急かしてくるが、言われなくても考えている、ずっと。 ――赤と白だけで構成された、鮮烈な広告ポスター。 「赤い糸切り師募集中」の文言。 群衆にも飽きが来ていること、時間帯などから人はそう多くない… 考え、そして私は結論を出す。

2019-06-13 07:14:20
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「三日」 指を三本立てて、後輩に見せた。 「はい?」 「三日間、私は学校に行かない」 授業のコマと為そうとしていることのバランスを考えたとき、そのくらいが適当だろう。 突然の宣言に目を丸くする後輩に詳細を話す気もまた、なかった。ひらひらと手を振り、

2019-06-13 07:19:25
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「明日以降、研究室に来ても私はいないから、そのつもりで。それじゃ解散」 「はぁ? ち、ちょっと、先輩!?」 話すことは特にない。後輩を置き去りに、帰宅路線のホームを目指して歩き出す。

2019-06-13 07:20:30
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「先輩!」 ホームまで追いかけてきた。 「どういうことですか。わかったことがあるなら教えてくださ――」 「一つ確認」 話せることは多くない。 ただ、せっかくだから一つ聞いておこうと思って、振り返る。 「お前、ふられたとき『そんな子だとは思わなかった』って言われたろ」 沈黙は長くなかった。

2019-06-13 07:31:13
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「なんでそれを」 「ご協力ありがとう」 待っていた電車に乗り込む。 「お前も三日間、ゆっくり寝ろよ」 私のいない学校に行ったところで、彼氏もいなくなった今のこいつには、一緒に昼を食う相手もいないのだ。 それに。ニヤリと笑う。 「白目の充血は化粧じゃ治せないぞ」 電車のドアが閉まった。

2019-06-13 07:33:17

なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

作家としてそれなりに稼げそうだとわかったとき、印税の使途としてまず決めたのは、三軒茶屋の学生用マンションに引っ越すことだった。 入学当初は学校近くの学生寮に住んでいて、学校からは今よりはるかに近かったしセキュリティもそれなりによかった。

2019-06-14 18:35:51
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

家賃も今より安く、食堂完備で食事にも困らなかったがただ一点、二人部屋というのがどうしても駄目だった。 当時の同室人とはそれなりの関係だったし、今でも学内で会えば話はする。だから相性の問題ではなく、単純に私が、一人でないと休まらなかったのだ。

2019-06-14 18:36:44
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

三茶の1DKのマンションで、私は今日も目を覚ました。 九時三十分。ベッドから起き出して着替え、キッチンへ行く。ふわ、と、あくびが漏れた。 実家から持ってきたマグカップへインスタントコーヒーを適当に放り込み、湯と牛乳と砂糖を入れて混ぜる。 静かな、穏やかな、いつも通りの朝だ。

2019-06-14 18:38:38
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

――先ほどから連打されているインターホンの音を除けば。

2019-06-14 18:39:38
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

我が家のインターホンは、エントランスから部屋番号を呼び出すタイプのそれだ。なのにどうしてこうも連続して鳴らせるのかと言えば、エントランスにて私を呼び出している誰かに、携帯電話の入力により慣れがあるからだろう。 誰か。考えるまでもない。壁の親機にも、その姿が映っている。

2019-06-15 16:14:49
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

面倒だと思いながら、親機に触れる。 その姿に向かって答えた。 「…不在です」 「ふざけてんじゃねぇですよ先輩」

2019-06-15 16:15:10
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

髪をかきあげながら「いいから開けてください」とカメラに詰め寄られ、威圧感に負けてしまう。部屋まで上がってくるよう指示し、鍵を開けた。 カメラ越しに見たそれは、さほども経たぬ間に私の部屋へ実態となって現れる。 後輩は、私の姿を視認するや否や、挨拶をした。 「お邪魔しますけどぉ!?」

2019-06-18 18:49:46
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「……けど、何だよ」 「文句ありますぅ!?」 あまりの勢いに、ございません、と答える。 後輩は、床を踏み抜きそうな足取りで歩いてくると、私の鼻先に自分の頭を突き出してこう言った。 「五日目ですよ!」 何の日数か、とぼけたところで火に油を注ぐだけだとわかっていた。

2019-06-18 18:51:50
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