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bakaking21
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調査をすると言い残し、私が学校を休み始めてからの日数。 「三日間って言いましたよね!? 私、昨日も一昨日も、先輩が来るの学校で待ってたんですけどぉ!?」 律儀な奴というか何と言うか。 「いや、違うんだ」 私は首を、左右に振った。
2019-06-18 18:58:37![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「何が違うって言うんですか」 一部には、怒った顔もかわいい、と評されるらしい後輩。 大きく描いた目をこれ以上ないほどに剥き、頬を青ざめさせて、こちらを凝視するこれをかわいいと形容つけるというのなら、これは明らかな日本語の乱れに他ならなかろうと私は考えている。――主に現実逃避として。
2019-06-18 19:03:23![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「いや、そのさ」 「はい」 「調査のために、学校、休むだろ」 「はい」 「一度、学校休むとさ」 「はい」 「通学とか面倒くさくなんない?」 「鉄槌!」 「熱っつ!!」 放たれたローキックは私の姿勢を崩し、マグカップのコーヒーを溢させた。
2019-06-18 19:08:06![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
とっておきの紅茶と冷蔵庫の中にあったプリンを出す。三つめに手をかけた頃、ようやく「まぁ、今回は許してあげますけど」という言葉を引き出すことができた。やれやれだ。 「まったく、先輩は私がこの二日間、どんな思いで学校にいたのか想像できますか?」 妙に被害者意識の高いことを言うので、
2019-06-18 19:12:50![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「友達作ればいいだろ」 「何か言いました?」 何でもございません、と答える。 咳払いを一つ。これ以上藪をつつく前にと、私は本題を切り出した。 「赤い糸切り師の話だけど」 「わかったんですか?」 表情のころころ変わる奴だ。飼い主に「散歩」と言われた犬のような顔をするから、私は頷いた。
2019-06-18 19:16:25![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
コーヒーを一口すすって、 「いや、あれな」 一拍、置く。 私が悪いわけではないのに、その口調はなぜだか、言い訳するかのようだった。 「大したことじゃないんだよ」 本当に。
2019-06-18 19:17:46![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
そんな話をした、一時間と三十分後。 私たちは謎解きのために、ふたたび新宿のコンコースに来ていた。 「…それはいいんですけど、先輩」 納得のいかないような、しこりのある物言い。 くちびるを尖らせ、上目遣いで私を見る後輩へ、私は尋ねた。 「どうした?」 「なんで男装なんかしてるんですか?」
2019-06-20 18:49:10![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
いつもに増して飾り気のないインナーにパーカーを羽織り、帽子と眼鏡で不自然にならない程度に相貌を隠す。踵のあるスニーカーという珍しいものを履くと、私の本来の身長にプラス五センチで、百七十五。 パーカーのポケットに手を入れて斜に立てば、遠目には男性に見える。
2019-06-20 18:57:24![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
しかしそんな格好をした理由を答えろと言われれば、 「うーん」 どう説明したものか。少し考えて、 「効率化のため」 後輩の眉が寄った。 「あるいは保険」 「意味がわかりません」 それはそうだろう。わからないように言っているのだから。 ――しかしそんな答えでは、彼女は納得しない。だから言わず、
2019-06-20 18:59:38![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「お前を振った彼氏(おもちゃ)たちよりは、はるかにいい男だろう?」 嫌なことを思い出したのか、フン、とそっぽを向いた。 そんな後輩に、私は喉を鳴らして笑い、
2019-06-20 19:11:13![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「さて、――冗談は終わりにして」 眼鏡を直し、改めてそれを捉える。 私たちのいる場所から距離にして約五メートル。 赤と白で描かれた、滑稽な呪いの絵を。 「都市伝説の正体を見ようか」
2019-06-20 19:11:44![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ゲーテはバイオリンの音色を、ウルトラマリンブルーと表現したという」 「は?」 わたしの切り出しに、後輩は眉を寄せた。 本当に大したことのない話だから多少雑学を交えて語ってやろうと言うだけの話だ。私は手近な壁にもたれかかった。
2019-06-30 20:17:19![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「共感覚者だったのかもわからんけど、そこまではわからんね。同様に音楽関係で言えば、クリエイター仲間の共感覚者は『デーの音は黄色だ』と言っていたが、あの脳の仕組みはどうなってるんだか。感覚の分岐がうまくいかなかったとかいう説もあるようだけど、研究はなかなか進んでいないらしい」
2019-06-30 20:18:01![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
まだ学問として謎の多い分野。 しかし私がいま話したいのはそういうもののことではなく、 「そういったものとは別の話で――色というものには、各々イメージが存在する。これは共感覚とは別の分野の話だ。光の中には人間が色として認識できる範囲があるが、色とは波長の違いで変わる。波長の違いは、
2019-06-30 20:20:06![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
波長の違いは、生き物の心理や生理に影響を与える」 これを色彩心理学という。 と言い切り、一拍。 大きく息を吸い、再び長口上へ。 「さてその学問によれば、だ。赤とは攻撃性を表し人を興奮させる効果があるという。ここで例の広告を見てみよう。赤を基調として作られた全体像。それを見た人間の
2019-06-30 20:22:58![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
攻撃性を高めたとしておかしくはないのではないか。また、赤は衆目性が高いという特性もある。だから制止信号、消火器、消防車なんかは万国赤を使うわけだけど、それが、人の目を必要以上に引き付けたんだろうな。だからこそ、この広告は話題になった、と。――こんな仮説はどうだ?」
2019-06-30 20:23:47![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
尋ねると、スマホの角を顎につけ、低く唸り。 やがてその苦い表情のままで、視線だけを私に向けた。 「先輩が言いたいことはわかりました。だけどそれじゃ、赤というカラーリングは衆目性と攻撃性を持つということしか説明できていません。それに、色の持つ攻撃性なんて、せいぜいが
2019-06-30 20:24:27![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
『積極性を高める』程度です。そうでなかったら、世の中はどこもかしこも闘牛状態です。……先輩の言うように、この広告がもたらすものがあったとしたら、それは確かに、私のように失恋した人もいたでしょう。だけどきっと、それだけではなかった。
2019-06-30 20:25:05![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
積極性――たとえば、勇気を出して告白して、恋が叶った子がいたっておかしくないです。なのになぜ、あの広告は縁切りのそれとして広まったんですか」 それに対する回答は、用意していた。 「そこでもう一つの要素だ。いや、二つかな」
2019-06-30 20:26:47![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
当たり前だが後輩は、易々迎え撃たれたことにあまりよい感情は持たなかったようだ。 ふて腐れたような低めの声で、 「一つめは?」 私は苦笑した。 「あんなに大きく描かれてるんだから、忘れるなよ」 握りこぶしを作って見せる。そこから中指と人さし指を立てて、二本の指を閉じ。
2019-06-30 20:49:03![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
せっかくだ、擬音もつけた。 「ちょきん」 「……ああ」 そこまですれば、私の言いたいことは伝わった。 「ポスターの絵面、ですね」 「その通り。さらに言うと」 ハサミを動かすように、二本の指を開いたり閉じたりしながら続ける。
2019-06-30 20:50:32![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「攻撃性の象徴、刃物。……『そんな子だと思わなかった』お前、話していた内容を思い返してみろ。もしくはメッセンジャーアプリのログを見返してみろ。そのとき、彼氏たちに対して一言二言、余計な発言をしていないか?」 弾かれたように鞄からスマホを取り出して、ロックを外し操作を始める。
2019-06-30 20:51:21![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「付き合っていた七人全員に一度に別れを告げられる。七人が示し合わせていないのなら、まぁ、お前の方に問題があったと思うのが自然だな」 ログを見た結果がどうだったのか。それを彼女が口にする前に、私はさらに続ける。 「人ってのはな、他人の幸福より不幸が好きだ。
2019-06-30 20:52:09![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
もう少し詳しく言えば、醜聞が。匿名性の高い場所では余計に。『どこかの誰かが勇気を出して、恋を告げた』『どこかの調子乗った七股女が一斉に袖にされた』さて、ネットのコラムの見出しとして、どっちが面白い? なぁ、お前」 言い換えよう。 「人が面白がるのは、果たしてどっちだと思う?」
2019-06-30 20:55:44