赤い糸切り師募集中

#書き出しだけ大賞 への投稿から始まったなみあと(@nar_nar_nar)先生の小説
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なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

行き交う人々。知らぬ顔。 雑踏に紛れる程度の声量で、続ける。 「お前の言うとおり、この広告がもたらした結果は、『失恋』だけじゃなかったはずだ。――積極性を得た女の子が、一歩前に出て告白する。そんなこともあったかもしれない。だけど」 私は笑う。

2019-06-30 20:57:24
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「そんなもの、面白くもなんともないだろ」 自分がどんな顔で笑っていたのか、鏡がないのでわからない。だけどその私を見て、後輩は眉を寄せ身を引いた。

2019-06-30 20:57:44
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「そして広告のデザインは、そのものずばり『赤い糸を切る』それだ。人々がこの異様な広告から得るのは、決して明るいイメージのものではない。ついでに、クリエイター仲間にも話を聞いてきた。感心していたよ、『空間の取り方、色調、どれもよくできている。

2019-06-30 22:21:02
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

狙って作ったとしたら天才的だな――不快と不安、衝動を煽るデザインだ』、とね」 伝聞のそれを口にして、私は肩をすくめた。 これで話は終わりだと打ち切るために、すべてはつまらぬ話だということを表現するために。

2019-06-30 22:22:15
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「と、言ったところで。本当に、大した話じゃなかったろう?」 苦笑いをして、「せっかくだからゲーセンでも寄って帰るか」と、後輩に提案する。 ……はるばる新宿までやってきて、幽霊の正体を暴いてみれば、それは本当に枯れ尾花だった。

2019-06-30 22:22:58
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

それでは後輩の気も済まないだろうと。だから多少の埋め合わせくらいはしてやろうと。先輩として、心配りをしてやったのだ。 しかし、この後輩は。

2019-06-30 22:24:50
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「先輩」 この愛すべき、我が後輩は。 私のそんな気持ちを汲めるほどには、賢くなく。 継ぎ接ぎだらけの私の論に騙されるほどには、愚かでなかったということだ。 「足りません」

2019-06-30 22:26:11

なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

上目遣いの後輩。私に向ける視線に、かわいげなど欠片もない。 しかし男の腕に絡まるときの砂糖のようなそれよりは、はるかに面白い顔つきだ。彼女はそういうところで、自分の魅力を計り間違えている。 ただ、そんなことをいま言ったところで、神経を逆なでされているとしか思わないだろう――

2019-07-09 18:16:07
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

口寂しさを覚え、キヨスクでペットボトルを購入。緑茶を自分用に、後輩にはコーラを渡して、問いかける。 「私の説明の、何が足りないと思った?」 「四つあります」 後輩はコーラを左手に握り、右手の指を親指だけ折った。

2019-07-09 18:16:36
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「一つめ、なぜ広告に社名がないのか。二つめ、広告主はこの広告を出すことによって、何をしたかったのか」 自分のペットボトルの蓋を開けながら、後輩の話を聞く。 「新宿西口のコンコース。人通りも少なくない、土地だって安くない。そんなところの広告なんですから、それなりの額はするでしょう。

2019-07-09 18:17:21
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

だけど今回の騒動、話題にはなれど何の告知にもなりません。先輩の説明では、犯人にリターン、もしくはメリットがないです」 「ふん」 鼻で笑う。馬鹿にしたわけではない、後輩なりによく考えていると感心したのだ――が、わざわざ私の様子を窺ってきたあたり、そうとは取らなかったのかもしれない。

2019-07-09 18:18:35
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

顎を動かし「続けろ」の仕草を見せると、ようやく目を逸らした。 「三つめ。先輩は三日もかけて、何を調査したのか。……あのとき先輩は『三日間学校に行かない』と言いました。今回の一件から始まる流れでそう言いだしたことからして、他に学校を休むべき予定があってそうしたとは考えにくい。

2019-07-09 18:19:45
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

知り合いの絵描きに調査を依頼し、返事を貰うまでが三日? いいえ、返事とは、相手の都合によることです。『何日かかる』と断定できることではありません。四日め以降は単純にサボっていただけとしても、何かのために、確実に三日は必要だと考えたんです。――何か。それは何?」 コーラを呷った。

2019-07-09 18:21:27
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

ぐぇ、と恥じらいもなく空気を吐いて、続ける。 「四つめ。先輩が男装している理由がまだ出てないです」 「メタ推理すぎない?」 「メタでも何でも、言い負かせたら勝ちでしょう。先輩は無駄なことはしない人だと思っています。ことに、ファッションにかけては。

2019-07-09 19:27:40
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

色気の欠片もない先輩が服装を気にするなんて、親戚の法事か作家のパーティくらいなものです」 「正直出版社パーティも出たくないんだよなー。知らねぇ作家とか編集とか会いたくねぇもん」 「そうでもないのに、ここに来るためだけにわざわざ服装を整えたこと。看過できない情報だと思います」

2019-07-09 19:28:14
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

余計な茶々を入れるが、後輩の調子は揺るがない。 ブフゥンと荒く鼻息吐いて、 「そして最後に。私が知りたいのは、広告の絵のできがどうだとか人の好みがどうだとか、そんなつまらんことじゃなく――

2019-07-09 21:52:19
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

私の大事なグッドルッキングガイたちを奪った不埒者はどこのどいつだってことなんです!」 「最初お前、気になること四つって言ったろ。五つあったぞ」 「いちいち細けぇこと指摘すんじゃねぇですよ!」

2019-07-09 21:52:56
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

だがしかし、後輩の指摘は確かに確信をついていた。 答えは導けていないのだから百点には程遠いものの、部分点くらいはくれてやれる。そしてそれは、及第点には充分だ。 ペットボトルを傾け、口を湿らせ。 そして私は、説明を始めた。

2019-07-09 21:57:03
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「ほんでまぁ、あれから私が何をしたかってーとだな。統計調査だ」 「統計調査?」 「手間はかかるが、下手な推理や憶測なんかより、誰の目にもわかりやすい結果が出るだろ」 「どんな調査をしたんですか?」 「まずは犯人の話をしよう」 はやる後輩を抑えるため、わたしはまず、そう言った。

2019-07-20 05:24:58
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「愉快犯ってのは、現場に戻るものだと言われている。それはなぜか? ――自分の起こしたことのもたらす結果を見たいからだ。今回の広告、前述の理由からして犯人の目的および性質にはそれに近いものがあると言える。ここまではいいか?」 後輩は少し考えてから「はい」と言った。

2019-07-20 05:25:23
なみあと🦔原稿中 @nar_nar_nar

「ネットでの騒ぎは風化するのもまた早い。話題は風化し埋もれて行く。が、広告本体は、契約期間中は必ずそこにあり、必ず誰かの目に触れる。つまり現地では、なお新たなトラブルは起こりやすいわけだ」

2019-07-20 11:40:32
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