- hachisu716
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神様。いるなら。 イエスというものが、もし何処かに本当にいるのなら。 この子を連れて行かないで下さい。 この子をあなたの御手で導かないで下さい。 あなたの御許へと旅立たせないで下さい。 ああ、お願い。お願いですから。 私の命を半分でもいい。 この子に与えて下さい。 神様。
2019-07-06 23:04:55いっそ、この子を私と同じに出来れば。 そう思ったこともあるけれど。 「お止め」 姉は静かにそう云った。 穏やかに、ほんの少し淋しげに。 「その子にはその子の生がある。その子の生きる時間がある。例えお前がそれを望んでも、その子自身がその生を閉じる瞬間を、穏やかに待つのなら」
2019-07-06 23:11:18傍に控える咲夜は、夢を見るように少しだけ眼を伏せ、静かにレミリアの言葉に耳を澄ませている。 「……それを妨げてはいけないよ。生と死は、その子だけの聖域だ。我々が触れてはいけない。……愛しているのなら」
2019-07-06 23:17:42一旦言葉を切って、自らも何かを振り払うように、姉は言葉をつむぐ。 「……愛しているなら、愛する者の望む生を、命を、生きさせておやり。それが永く生きる私達に出来ること。……誰よりも愛した者の生をみな護り、見届けてやることが出来る妖なのだから」
2019-07-06 23:28:28「………………恰好つけて。莫迦じゃないの」 ぼそりとそう呟いたままそれきり押し黙るフランに、レミリアは見たこともない、苦しげで情けないような笑顔で云った。 「…………全くだよ」
2019-07-06 23:37:20フラン「……ねえ。憶えてる? たくさん散歩をしてた頃。色んな処に行ったね。色んな土や、草を踏んで歩いた」 老いて浅く弱々しい呼吸を繰り返す犬を抱きしめながら、フランは話しかける。 フラン「……お前があんまり優しくて、私は戸惑って」
2019-07-06 23:43:22フラン「……だってそうでしょう? 何でも壊す、神経質で変わり者の吸血鬼なんて、どんな生き物だって……生きてない屍人だって、願い下げだもの。私のことなんか、誰も本気で想わない、愛さないって思ってたの。ずっと」
2019-07-06 23:45:35そっと、柔らかな毛を指で撫で続ける。少しだけ絡まりやすくなって、白いものがまじって、抜けやすくなった毛を、爪の先で巻き込んでしまわないように気を付けながら。 フラン「……どうして、私だったの。どうして、私といてくれたの? ずっと。こんな地下の棲処で。何年も」
2019-07-06 23:51:19決してお前にとっては短くないその年月、生の全てを捧げるように。 犬は応えるように、少し苦しげに荒い息をつきながら、フランの耳許の髪をはむ。優しく毛繕いをするように。 ふぅん、と掠れた声を出し、いつも温かだった舌が、冷たく強張って、それでも濡れた頬を嘗めながら。 フラン「…………」
2019-07-06 23:56:15まるで。 お前を愛しているからだよ。 そんな風に告げるように、慈しむように乾いた鼻先を近づけながら。 フラン「………………好きよ」 苦しげに、絞り出すようにフランが呻く。 一度声に出してしまうと想いは堰を切って、咽喉許をせり上がるように溢れていく。
2019-07-07 00:00:20フラン「好きよ…………好きよ。好き…………愛してる。愛しているの。………………お前を………………」 愛してる。 愛してる。 何度も告げ続ける。 徐々に冷たくなっていく身体を抱きしめながら。
2019-07-07 00:07:31好きよ。 好きよ。 好き………………。 何度も告げるその声に、じっと耳を澄ませるように犬はぱたりと時折尾で床を叩いて、大きな頭をフランに寄せる。 好きよ。 好きよ。 好きよ………………。
2019-07-07 00:18:56……やがて。 穏やかに、本当に穏やかに、子守唄を耳にして眠るように、永の眠りについた犬を、フランはそっと抱きしめて、いつまでも肩を震わせて泣き続けた。
2019-07-07 00:24:16フラン「…………ありがとう」 枯れるまで泣き続けるという言葉はあるけれど、いつまで経ってもちっとも枯れない涙の中、フランは思い通りに声が通らない咽喉と強張った口唇で、言葉を紡ぐ。 フラン「…………最後は、苦しかったのに。今日まで、よく頑張りました」
2019-07-07 09:19:49