カッコを閉じる前に句点を付けるか

。」 とするか 」 とするか。 みんなで事例を出し合って話すうちに、 」 で改行するかどうかで印象が異なることがわかった。
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毎日新聞 校閲センター @mainichi_kotoba
「なぜ新聞は閉じカッコの前に句点を付けないのか。」 mainichi-kotoba.jp/blog-20170211
早川由紀夫 @HayakawaYukio
まさしく『火山はめざめる』の最終校正段階で議論になったことだ。私は句点を付ける派。ふぐさんと編集者は付けない派だった。付けないのは新聞のやり方(例外)で、教科書は付ける(原則)だったのか。もう少しがんばればよかった。 twitter.com/mainichi_kotob…
早川由紀夫 @HayakawaYukio
新聞が閉じカッコの前に句点を付けないのは、(1)閉じカッコが行頭に来る禁則処理が煩雑になるのを防ぐためと(2)文字数節約のためだったらしい。どちらも活字時代のことであり、電子化されたいまは容易にクリアできる困難だ。
はぎわら ふぐ @hugujo
@HayakawaYukio ただでさえデコボコが多くて見た目が揃わない日本語文字組みなのに、あってもなくても実害のない記号をあえて増やしたくありません。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hugujo 実害はあります。句点で文を数える手法が使えなくなります。論よりも美を優先する考え方があることは理解します。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hugujo あのとき家にある絵本を参照しました。『おでかけのまえに』(福音館)でした。句点はありませんでした。いま、もうひとつ『はらぺこあおむし』(偕成社)を見てみました。句点がありました。
はぎわら ふぐ @hugujo
@HayakawaYukio お役所の書式じゃないので見た目がきれいで引っ掛かりがない方が良いです。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
@hugujo 小説も句点なしだった。芥川龍之介、川端康成、池澤夏樹など。縦書きだけど。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
国語の学校教科書がどうしているか、たいへん興味深い。
Ryusuke IMURA @tigers_1964
@HayakawaYukio 同じ古典の教科書から。「」の末に"。"がある。 pic.twitter.com/RHxzZhQXbT
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早川由紀夫 @HayakawaYukio
現代文教科書の随想は 。」 なのか。原則通りだな。(読みにくい) 小説はどうしてるんだろか。まさか原典にない 。 を追加してはいないだろう。
Ryusuke IMURA @tigers_1964
@HayakawaYukio 古典は元々ない句読点を入れてる。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
古典の場合は、読みやすくするために原文にない句読点やカッコを挿入したものだからなあ。漢文の返り点と同じ。
🕶️ちぃ@理科準備室👽️ @m_science_chiy
家の高校生の教科書。『羅生門』と太宰治の『富嶽百景』 pic.twitter.com/s0FEBnHjrc
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早川由紀夫 @HayakawaYukio
どうも、原文にない 。 を追加して 。」 としてるように見えます。 twitter.com/m_science_chiy…
はぎわら ふぐ @hugujo
@HayakawaYukio 教科書はカギカッコ閉じ前の句点があるはずです。行政文書(?)だから。
かばきちザ・草取りモード @tokabakichi
@HayakawaYukio 新潮文庫の「羅生門」です。閉じかっこの前に。は無いですね。 pic.twitter.com/9IjYXeJZN1
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早川由紀夫 @HayakawaYukio
羅生門(角川文庫) ・飢死をする体なのだ」 教科書は文庫にない 。 を追加してるなあ。 飢え死に も文庫では 飢死 だ。 俺 も文庫では 己 だ。 (改変しすぎ) pic.twitter.com/JSqEJbKXk9
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ぴょんたママ @etsu510
@HayakawaYukio 文化庁の国語分科会の議事要旨。平成16年9月 pic.twitter.com/DG4y6D60Vb
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風太・東日本回遊中 @neko3no3te
私はカギカッコのなかの句読点はなかの文章によるな。 例えば、「いっしょにいこう」、ならつけない。 「みんなで行ったらきっと楽しいよ。迎えにいくから、いっしょにいこう。」ならつける。
早川由紀夫 @HayakawaYukio
一律じゃなくて、こうしたら不自然でなくなる。 ・改行するときは付ける。改行しないときは付けない 「いっしょにいこう」ならつけない。 「みんなで行ったらきっと楽しいよ。迎えにいくから、いっしょにいこう。」 こういうときは付ける。
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コメント

さどはらめぐる @M__Sadohara 2019年7月15日
。」は改行が増えるからやらないですね。小説みたいに1行の文字数が多くかつ1ページあたりの行数がそれなりあるのならともかく、そうでないものは明らかに目が滑るしページ数が増えるのは用途によっては好ましくない。
ziggy @zigizagu 2019年7月15日
縦書きだと閉じカッコの足が句点と衝突しなくて横書きよりも自然に見える 。」°」
てす子 @momimomitest 2019年7月15日
学校じゃ執拗に。を付けること要求されて付けてないから✕とかあったから漢字単語テストでもなんでも。をつけた。 勿論「。」も絶対遵守扱いだった。 その後小説書こうとして正しい文章の書き方について調べたら「」に。はいらないと知って何なんだと思った。 あとネットで語尾に。付けるとゴミ付き扱いだからますます。使わなくなっていってる
九鬼備助 @prc_cookie 2019年7月15日
小学校の国語の時間では、縦書きでは。」と習ったような気がする。横書きの場合は習っていないと思う(国語は教科書もノートも縦書きだから)。もっとも手描きの場合の話ですが(句点は行頭マスに書いてはいけない、行末マスに文字と一緒に入れる、など)。たぶん原稿用紙の使い方だったと思う。
えびやん @sionchr 2019年7月15日
どっちでもいいけど、「~~、~~。~~」みたいに、文中では『。』を使っているのに閉じカッコ手前では省略しているのはもにょる。Togetterのコメントだって、改行ができないからか文中では『。』を使っているくせに、文末の『。』を省略するのはなんなの。一貫性なさすぎる。
柿木まめ太 @kakinokimameta 2019年7月15日
もともと日本語には句読点そのものがありませんでしたよ。毛筆の書籍など。明治になって言文一致で句読点が入って、その後新聞が「」から省いただけで、明治期の作品はルールも統一されず、句読点は付いたりつかなかったり。公的文書では国語教科書通りなので、本来はそっちが正統ということだったと思います。昭和初期までは返り点(レ点)なども使われたりで混乱の極み。無いのが正しいというのが間違いというのだけは確かです。
遠藤 @enco2001 2019年7月15日
日本語として正しいかどうかというか文科省は閉じカッコの前に句点をつけるよう定めてるってだけだしなあ
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2019年7月16日
まとめを更新しました。一律じゃなくて、こうしたら不自然でなくなる。改行するときは付ける。改行しないときは付けない
早川由紀夫 @HayakawaYukio 2019年7月16日
官製の規則がどうなっているかは参考にとどめます。このまとめでは、日本語をスマートに書くにはどうしたらよいかを考えました。そのとき、新聞や教科書や小説で、実際にどうなっているかを調べることは重要です。
はぎわら ふぐ @hugujo 2019年7月16日
(デザイン的な話として)正直言って長文の本文組みの場合はカギカッコ閉じの前に「。」があってもなくても別にどうでも良いと思ったりなんかもします。しかしフレーズの短い文でしかも改行が連続するような場合はボウフラ的な要素を排除したくなります。また、短フレーズ/改行連続文では段落はじめの一文字下げのようなデコボコも極力避けたくなります。一文字下げることでその部分に不必要に重要な印象を与えてしまうことがあるので。
さどはらめぐる @M__Sadohara 2019年7月16日
小説のように書式の自由度が高いものはどう表記してもかまいません。が、台本のようにそれを使って何十人、何百人もの人が携わるとなると、同一行にト書きと台詞を交ぜ書きしたり、台詞の発話者表記を無くしたり、発話者の異なる台詞を交ぜ書きするのは御法度です。
さどはらめぐる @M__Sadohara 2019年7月16日
逆にいえは台本形式でかくかぎりはセリフを示すカギカッコは不要。棘のコメント欄も発話者の名前が明記され発話者の異なる箇所では必ず改行されるので、戯曲のセリフ同様、カギカッコなし、コメント文末の句点なしが自然な表記と思います
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