佐藤正美Tweet_20190716_31

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佐藤正美 @satou_masami

我々は、ひとりで学ぶことなどできやしない──かならず、相手(他人とか書物とか制度など)とのあいだで作用・反作用(関係)のなかで学ぶでしょう。そういう意味では、「自惚れだって手をつかねて生ずるものではない」(小林秀雄、「文科の学生諸君へ」)。

2019-07-21 14:25:48
佐藤正美 @satou_masami

我々は、社会のなかで、数え切れないほどのマナーを学んで生活している。その数え切れないマナーに関して、それぞれの人々には習得の濃淡があって [ マナーに従わないということもふくめて ]、その濃淡のぐあいが その人の個性・人柄を現しているのではないかしら。

2019-07-21 14:26:04
佐藤正美 @satou_masami

社会は無限とも云える豊富な事象があるけれど、個人が体験できることには数限りがある。だから、個人の知らないマナーも数多くある。したがって、自分が属している社会のなかで、自分には豊富な知識・経験があると言っても、高がしれている。

2019-07-21 14:26:21
佐藤正美 @satou_masami

還暦をすぎて自らの人生を顧みたときに、自分が属している狭い社会のなかで経験を積んで熟練してきて、それなりの業績をのこした満足感を覚えるか、それとも、この程度の出来栄えにしかならなかったと絶望感を覚えるか、、、。

2019-07-21 14:26:38
佐藤正美 @satou_masami

満足か絶望か──その判断を下すのは、その社会のなかで自らが習得してきた知識・経験(そしてそれらを通して得た知恵、才識)が礎(いしずえ)となるでしょう。その意味では、「絶望するのにも才能を要し、その才能も学んで得なくてはならぬ」(小林秀雄、「文科の学生諸君へ」)。

2019-07-21 14:26:58
佐藤正美 @satou_masami

私が大学生の頃、尊敬する篠田義明教授が講義のなかで次のようにおっしゃったことを思い出しました──「社会に出てからが ほんとうの勉強だ」 と。

2019-07-21 14:27:18
佐藤正美 @satou_masami

当時の私は、大学で学ぶことが「学問する」ことであって、社会に出たら学問から離れて俗な渡世術を覚えることが生活を占める、と思っていました。勿論、それは大いなる思い違いだった。先生のおっしゃるとおりでした。

2019-07-21 14:27:34
佐藤正美 @satou_masami

自分の個性を伸ばすためには、社会のなかで学問すること、否、「学問せざるを得ない」ことを私は実感しました。「だから何んでも学んで得べし」(小林秀雄、「文科の学生諸君へ」)。

2019-07-21 14:27:52
佐藤正美 @satou_masami

若い人たち(20才代、30才代の人たち)が、自信を持って しゃべっているのを見て、40才代以上の年配者は、たぶん、次のように言うのではないか──「あの 『根拠のない』 自信は どこからくるのか」 と。

2019-07-28 17:15:16
佐藤正美 @satou_masami

私は37才で独立開業しました。当時、株式会社としての独立開業は(旧 商法のもとで、最低資本金制度などの制約があって)生易しいことではなかった。独立開業は、社会のなかで敷かれたレール(有名校を卒業して、有名企業に入って、定年まで勤めること)から逸れた冒険だと見なされていた時代です。

2019-07-28 17:15:35
佐藤正美 @satou_masami

そして、そのレールから いったん外れてしまうと、なかなか、元には戻れない [ 『敗者復活はない』と思われていた時代です ]。そういう社会通念のなかで、私は、長男が生まれる 1ヶ月ほど前に退社して独立しました。

2019-07-28 17:15:51
佐藤正美 @satou_masami

そういう社会通念のなかで、「俺はやってみせる、俺ならできる」というような自信など私にはなかった。そうかと言って、前途に不安を感じていたわけでもない。

2019-07-28 17:16:06
佐藤正美 @satou_masami

私には、自ら、独立開業しようという意志はなかった。当時、私の秘書と或る client が独立開業を私に勧めたのです。秘書と clientは、互いに相談して私に独立開業を勧めたのではなくて、それぞれ べつべつの理由(事情)で私を説得したのです。

2019-07-28 17:16:20
佐藤正美 @satou_masami

私はと言えば、「俺は能力がある (他人に比べて仕事ができる)」と自惚れていましたが、独立してやっていくほどの力量がないと思っていたので、最初は独立開業の勧めを聞き流していました。

2019-07-28 17:16:36
佐藤正美 @satou_masami

そのclient(の取締役と課長)は次のように私を説得していました──「もう 1年間、契約をしたい。ただし、契約の条件は今の会社を辞めること。その 1年間の収入で会社の基礎を造りなさい」と。

2019-07-28 17:16:51
佐藤正美 @satou_masami

それでも、私は(独立開業に向かって)動かなかった。というのは、私は、当時、私が勤めていた会社の社長に破格待遇で庇護してもらっていたので。独立開業した最終決断の理由は、ここでは述べませんが、私はついに独立開業しました。

2019-07-28 17:17:12
佐藤正美 @satou_masami

カミサン──彼女は出産間近でした──には、独立開業に至るまでの事情は話していなかった。そして、出産の 1ヶ月ほど前に いきなり、「俺は会社を辞める」と伝えました。「そうですか」と彼女は言って、それ以上のことは言わなかった。

2019-07-28 17:17:26
佐藤正美 @satou_masami

独立開業してやっていく自信はなかったけれど、不安もなかった理由は、独立開業を勧めたclientが向こう一年間の仕事を保証してくれていたからです。独立開業してから顧客を探すのは無鉄砲です。

2019-07-28 17:17:39
佐藤正美 @satou_masami

当時 独立開業が普通のことではなかったけれど、社会が次第に変わってきて、今では独立開業が特殊な形態(無謀な冒険)ではない時代になってきました。いい時代になったと思う。

2019-07-28 17:17:52
佐藤正美 @satou_masami

私の性質からして、一つの会社で勤め通すということは難しいのは わかっていましたが、そして、できれば一人で仕事をしたいと思ってはいましたが、独立開業してやっていけるほどの自信は私には全然なかった。実際、当時、独立開業しても 2、3年で潰れるだろうと思っていました。

2019-07-28 17:18:07
佐藤正美 @satou_masami

私の当時の仕事であるデータベース設計は、ハードウェアを買えばハードウェアの付録として無償で付いてくるのが商慣習だったので。その仕事を有償で(しかも、当時、1日50万円で)どこの馬の骨ともわからない個人のコンサルタントがやれるわけがないと思っていました。

2019-07-28 17:18:20
佐藤正美 @satou_masami

当時、ハードウェア製造では世界 No.1 だった IBM社がエンジニアのサポートを有償化したのは、私が独立した数年後ですから、私の独立開業が いかに無謀だったかがわかるでしょうw

2019-07-28 17:18:33
佐藤正美 @satou_masami

今年で独立開業して30年目です。会社は、設立するのは簡単ですが、継続するのが難しい──特に、技術革新の烈しいコンピュータ業界では。30年のあいだには山あり谷ありでした。会社が危くなったときに、友人たち・知人たちの多くに助けてもらいました(まだ、そのときの恩返しはできていない)。

2019-07-28 17:18:46