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4.着工

艦娘:名詞。世界で最も蒼い海をゆくもの。
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同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

こちらは艤装とは異なり、1隻ずつ順番に行われた。1隻の同調に要する時間はあまり長くはなく、1日に2、3隻は同調させることができた。作業スケジュール的には、全員の同調が終わる頃には艤装がある程度完成し、まとめて調整に入れる見込みだったようだ。

2019-08-28 20:40:18
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ひとり同調が終わる度に私たちは感想を聞きに行ったが、艦娘同士でも詳細は話せなかったので、その内容は基本的に「凄かった」とか「熱かった」と言った感覚的なものに終始した。

2019-08-28 20:40:33
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

だが何人かはどうあってもそれでは終われなかった。明らかに見た目が、と言うか髪が別人のようになってしまったのである。

2019-08-28 20:40:47
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

変化がおとなしいものだと〈初雪〉と〈荒潮〉で、〈初雪〉は肩口で切っていた髪が倍近く伸びて、人形のような可愛らしさが割り増した。〈荒潮〉はありふれた黒髪が綺麗な栗色に染まり、どことなく大人の色香が漂い始めていた。〈陽炎〉はちょっと過激な方向に触れて、合衆国人のような茶色に染まった。

2019-08-28 20:42:19
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

これらの変化は好意的に受け止められた。突然髪が延びたのは驚いたが、妹分の〈初雪〉が可愛くなることに文句があるものはいなかったし、〈荒潮〉の落ち着いた雰囲気は少女が憧れるものだった(軍人組は〈山城〉はともかく、私と〈足柄〉は焦りを感じた。私たち二人より、よほど色っぽかったからだ)。

2019-08-28 20:43:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

〈陽炎〉は姉貴分気質とやんちゃな性格が、合衆国人の活発で先進的なイメージと噛み合って補強しあっていた。駆逐艦娘の子たちの言葉をかりれば「かげねえが格好よくなって戻ってきた」のだ。

2019-08-28 20:44:16
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

この3人とくらべて、〈大潮〉と〈霞〉の変化はちょっと毛色が違っていた。 髪型が変わったのに加え、その色が海の様な蒼に染まっていたのだ。青なんていうのは、いままで髪の毛の色としては見たことも聞いたこともないような色だ。

2019-08-28 20:44:46
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

しかもその色は光の当たり具合で複雑な変化を返し、本当の海のように透明な蒼やくすんだ灰色、その間にある様々な微妙な色に変わった。

2019-08-28 20:45:49
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

その様はあまりに神秘的で、私たちは慣れない間、奇跡を目にした信仰者のような反応をしては当人たちに嫌がられた。もちろんすぐに改めたが、その間にうまれた"海色の髪"という呼び方はやめなかった。

2019-08-28 20:45:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

この小さくも明らかな奇跡を前に、私たちの艦娘への認識は改めさせられ始めていた。オカルトはオカルトでも、怪しげな呪いではなく、神秘の祝福なのかもしれない。そしてどちらであっても、実際的な力を持つことは認めざるを得なかった。

2019-08-28 20:46:15
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

だが私たちはこれが奇跡の技であっても、祝福ではないことを知ることになった。

2019-08-28 20:46:30
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

見た目の変化はいいものばかりではなく、唯一〈不知火〉は貧乏くじを引いた。彼女はよく笑う柔和な少女で、髪いじりが大好きだった。毎日編みかたが変わるおさげがトレードマークだ。私たちは何の不安も疑いもなく儀式へ赴く彼女を見送り、予想外の悲劇を見ることになった。

2019-08-28 20:46:43
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

儀式から戻った彼女を迎えた私たちは、あまりのことに言葉が出せなかった。なんと反応していいかわからなかったのだ。彼女の見事なおさげはばっさりと切り取られ、なによりその色は、派手なピンクに染められていたのである。

2019-08-28 20:47:03
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

異様な雰囲気で静まり返った講堂の静寂を破ったのは、キョトンとした顔の〈不知火〉だった。 「〈不知火〉に…なにか、落ち度でも……?」 彼女はまだ鏡を見ていなかったのだ。

2019-08-28 20:47:29
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

場は静かに紛糾した。彼女にどうやって事実を伝えるのか、伝えてもいいのか、鏡を見せるべきか、見せないべきか、順番はどうする、先に言葉で説明した方がいいか、見せてから説明する方がいいか。ひそひそと議論した挙げ句年長者に頼ることに決まり、最終的にお鉢は私のところにまわってきた。

2019-08-28 20:47:52
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

最年長は〈足柄〉だったが、彼女はうまく逃げた。

2019-08-28 20:47:57
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ふたたび静まった講堂で、私はゆっくりと〈不知火〉に歩み寄った。私は彼女に椅子を勧め、自身もその対面の椅子に座った。 「〈不知火〉、落ち着いて聞いてほしいの」 私はまず言葉で説明して、衝撃を和らげることにした。 「あなたの、髪の話よ」

2019-08-28 20:48:54
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

戸惑い気味だった〈不知火〉の顔が、不安に揺れた。場の雰囲気と私の表情から、何か良からぬことが起きたのを察したようだった。

2019-08-28 20:49:01
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私は〈陽炎〉と〈黒潮〉に目配せして、〈不知火〉の両脇に配置した。倒れたり取り乱したときに、対応させるためだ。 「順を追って話しましょう」 私は努めて事務的に、彼女の髪が今どうなっているのかを説明した。そうしなければ、自分がどうにかなってしまいそうだったからだ。

2019-08-28 20:49:21
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私たちは、〈不知火〉が入隊してから髪を伸ばし始めたのを知っていた。海軍に入って、髪を伸ばして、手入れして、そんな当たり前を指して出来るのが嬉しいと語っていた彼女を知っていた。

2019-08-28 20:49:49
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

そんな彼女に伝えることは、あまりにもつらいことだった。特に私と彼女の関係は「綺麗な髪ね」と誉めることから始めたのだ※11。話すうちに顔を青くしていく彼女を見ながら、私は自身の役回りと、首尾よく逃げおおせた〈足柄〉を呪った。

2019-08-28 20:49:58
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

鏡を渡す段になって、私は躊躇した。こうまでして彼女に現実を突きつける必要があるのか?私はもう一度考えた。〈不知火〉は、遅かれ早かれ、新しい髪の毛と付き合って生きていかねばならない。ならば早い方が良い筈だ。 私の迷いは彼女のためを思ったものじゃない、私の恐れが前に出てきたものだ。

2019-08-28 20:51:06
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

私は意を決して、〈不知火〉に鏡を渡した。 「そん…な……」 泣き崩れる〈不知火〉を見ながら、私は罪悪感に包まれていた。もっとましな伝え方があったんじゃないのか。もっと彼女を傷つけないような伝え方が。だが他に思いつかなかった。私たちはこの日、〈不知火〉を慰めることに全力を注いだ。

2019-08-28 20:51:39
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

翌朝、〈不知火〉は立ち直ったかに見えた。 「もう大丈夫なの?」 「はい、〈衣笠〉さん」

2019-08-28 20:51:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

だが彼女はもう、私の知る〈不知火〉ではなくなっていた。鋭い目付きに、ぴりぴりとした雰囲気。それに、ほとんど笑わなくなった。

2019-08-28 20:52:25