お嬢様の身がわりにバケモノに嫁いだメイドがひどい目に遭う話・前編

はーやでやで。後編もまとめました。 https://togetter.com/li/1400985
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帽子男 @alkali_acid

「どういう意味だ」 「あたしの口からはあんまり言えないっすけど…娘のお嬢様とは似てないお方っす」 「…ふむ…確かにな…」 「ところで若様。馬って乗れるっすか?」 「ああ。これでも荘園育ちでね。しかし…何でまた?」 「お嬢様のこと、どれくらい本気っすか?」

2019-08-27 21:26:36
帽子男 @alkali_acid

「あの人のために、命を賭けよう」 「試験はどうっすか?そろそろでしょ」 「試験ぐらいなんでもないさ。予備試験で諦めても地方の官職ぐらいはつける」 「…そっすか…じゃあ…お嬢様のためにひと肌ぬいでほしいっす」

2019-08-27 21:27:50
帽子男 @alkali_acid

リィリィはひそひそと相談すると、若様の下宿をあとにする。 そのまま学生街を出てかごを見つけて乗ると、大きな庭園を横切り、寺院だの祭殿だのが並ぶ寺社街へ。 あまりはやっていない道観にお参りする。 お嬢様の病気の件でかたっぱしから寺社街の神々の社をあたっていたときになじみになった。

2019-08-27 21:30:51
帽子男 @alkali_acid

主は良い年したおばあさん。 「リィリィかい。ひさしぶり」 「そっすね」 「何かったのかい?」 「見てほしいもんがあるっす」 「どれ。あんたの胸から出てる冷たい陰の気と関係がありそうだね」

2019-08-27 21:31:59
帽子男 @alkali_acid

払子で肩を叩きながら道姑は召使を招き入れ、茶をふるまう。 すっかりならいになったようすで煙管を出してくつろぐ少女に、老婆は眉をあげる。 「そいつをやりすぎない方がいいよ。あんたの頭をだめにする」 「あはは。あたしもともとダメっす」

2019-08-27 21:33:42
帽子男 @alkali_acid

銀の羽を渡して来歴を尋ねる。 「ふうん…詳しくは解らないが、こいつを生やしてたのは、たいへんな力をもった怪異…まあおばけだね。知り合いに何でも詳しい生き字引みたいな小僧がいるんだけど…今ちょっと出かけててねえ…」 「おばけ」 リィリィは煙を吐いて観主の言葉を反芻する。

2019-08-27 21:36:18
帽子男 @alkali_acid

「おばけ…おばけをどうにかする呪いってのはあるっすか」 「あたしも若いころはそれが生業だったけどね…この羽の持ち主となると、ちょいと手に余るね…いや待てよ…あれがあったね」 媼(おうな)は倉庫がわりに使っている書室から何かを取り出してくる。 小さな木箱。

2019-08-27 21:37:58
帽子男 @alkali_acid

開けると青みがかった金(かね)とも陶(すえ)ともつかないものでできた環が入っている。 「指輪っすか?」 「しゃれたもんだろ。もとは鎖だったんだけどね。いくらなんでも恰好が悪いし、作ったやつの得体が知れないってんで…あたしと鍛冶屋の坊主と、生き字引の小僧とで工夫して鋳直した」

2019-08-27 21:39:59
帽子男 @alkali_acid

リィリィは恐ろしげに呪(まじな)いの道具を覗き込んでから、煙管を吹かして煙のうしろに隠れる。 「これ…どんな呪いっすか」 「はめてるあいだ、おばけを…人に変えちまうのさ」 「おばけを人に?」 「おばけと夫婦(めおと)になりたがる男には都合がいい」 「ふーん」

2019-08-27 21:41:59
帽子男 @alkali_acid

少女は煙管を掃除してしまうと、卓上に頬杖をついた。 「道姑様のことは信じてるっすけど、おばけなんているんすか」 「いるさ。つい最近もとんでもない大物にあったばかりだ。毛並みが金でね。そりゃあ大きくて恐ろしい牙と爪を持ってて」 「…ほんとっすかー?」 「ほんとうさ」

2019-08-27 21:43:40
帽子男 @alkali_acid

道姑は払子で、境内からほど近い庭園の方を示す。 「あそこに放し飼いになってる鳥や獣や植わってる草木だって、おばけの親戚みたいのさ」 「…むー…でも、この指輪があれば人にしちまえるんすね」 「そうさ。そいつは何個が試しに作ったうちの一つで、生き字引の小僧にやったほどできはよくないが」

2019-08-27 21:45:41
帽子男 @alkali_acid

「これ、もらえないっすか?」 「ほっほ。そう来ると思った。おばけ退治でもやる気かい?お屋敷の召使の手を出す領分じゃないよ」 「お酒、持ってきたっすよ!」 抜かりなく老婆の好む笹葉赤という酒を買って瓢箪に詰めてきてある。 「どっかの誰かと違って気が利くねえ…」 「お願いするっす!」

2019-08-27 21:47:40
帽子男 @alkali_acid

あれこれ準備を済ませ、若様が達者なのを伝えて主を喜ばせると、リィリィは、お嬢様の寝室の隣の間で眠りに落ちる。例の銀の羽はなぜかまだ懐にしまったままで、おかげで夢に見たこともない雪と氷の森があらわれ、突風とまがう羽搏きの音、澄み切ったしかし恐ろしげな鳴き声を聞いた。

2019-08-27 21:50:20
帽子男 @alkali_acid

さて日々はめまぐるしく過ぎて、ついに花嫁の出立の時がきた。 供もわずか。多くは仮雇いの連中で、お屋敷の召使といえばリィリィばかりだ。 花嫁の父は悲しむそぶりはしたが、内心ほっとしているようだった。なかなか美しい顔立ちをしている。

2019-08-27 21:52:35
帽子男 @alkali_acid

花嫁の母は悲嘆にくれていた。幼い弟も優しい姉がいなくなるのをさびしがっている。 うら若き世話係は最後のしたくにおおわらわだったが、ふと人気のないところに入った際、大旦那が呼び止める。 「リィリィ」 「………あ、どもっす」 「お前まで行くことはないのだぞ」

2019-08-27 21:54:32
帽子男 @alkali_acid

「いえ、あたしはお嬢様のお世話係っすから」 「この屋敷でお前が世話すべき相手はほかにもいる」 「いえ、奥方様にちゃんと言いつかってるっす」 「屋敷の主は私だ」 「承知してるっす」

2019-08-27 21:56:19
帽子男 @alkali_acid

大旦那様はさらに近づこうとして、召使があとずさるのを認めるとうなずく。 「まだ…煙管は続けているようだな」 「…な、なんのことっすか」 「餞別をやろう」 懐から玉でできた煙管の頭をよこす。 「それを見て…私を思い出すがいい」 「どうもっす旦那様!」

2019-08-27 21:58:00
帽子男 @alkali_acid

リィリィは大旦那が去ると、高価な細工ものを試すすがめつしてから、さっとその辺の痰壺に投げ捨てた。 「さあさあ忙しいっす」 花嫁行列とも言えない一行は出発する。夜明けごろ。あまり目立たぬように。名族の娘の門出に地味だ。まるで異郷の地に血筋のものを送らねばならないのを恥じているよう。

2019-08-27 22:00:09
帽子男 @alkali_acid

都の城壁を出て一日経つと、すぐに最初の難所である屏風峠につく。 「このあたりは匪賊が出るそうっす!気を付けてくださいっす!」 まさか皇帝の膝元で物取りなど、と思いたいところだが、近頃は兵士くずれだのなんだのが入り込み、外敵を阻む天然の要害が転じてぬすっとの巣になっている。

2019-08-27 22:03:58
帽子男 @alkali_acid

たびたび幕営の隊伍による見回りがあるのだが、しかし匪賊は捕えても次から次へ湧いて留まるを知らない。先帝の御世にあったあまたの戦の弊というものだった。 「リィリィ…私…なんだか怖い…」 「あたしがついてるっす…あ、そうだ。お嬢様も煙管をやってみるっすか?落ち着くっすよ」 「煙管…」

2019-08-27 22:06:47
帽子男 @alkali_acid

召使が道具を差し出すと、幼い主人はおそるおそる受け取る。 かちかちと燧(ひうち)と鋼で火をつけ吸い方を示してみせるそばかすの少女を、ぬけるように白い膚の少女はたどたどしくまねる。 「そーそー…吸って…吐いて…どうっす?」 「けほ…けほ…なんだか…すごく…けむ…こんなの」

2019-08-27 22:09:20
帽子男 @alkali_acid

「なにが…たの…」 ぐらりと倒れこむお嬢様をリィリィは受け止める。 「お嬢様の具合が悪くなったっす!ちょっと車を止めてほしいっす!」 「ここは盗賊が出るんでがしょ!?そいつは無理だ」 「お嬢様がご病気になったら、そっちの責任すよ!?」

2019-08-27 22:10:54
帽子男 @alkali_acid

車を止めているあいだ中でごそごそ。 やがてそこへ蹄の音が近づいてくる。 馬に乗った覆面の男が一人、刀を抜いて振り回す。 「匪賊だあ!!やっぱりいやがった!」 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す人足。 匪賊は車に馬を寄せると、刀で簾を切り捨てる。 「ちょっと。それ直すのたいへんっす!」

2019-08-27 22:13:20
帽子男 @alkali_acid

「リィリィ!はやく!」 「これっす!」 花嫁が召使を匪賊の馬の後ろに乗せようとする。しばらくばたばたしたあと何とかなる。 「君も!」 「その馬に三人は無理っす!いくっす!」 「だが…」 「あとは任せるっす」

2019-08-27 22:14:35
帽子男 @alkali_acid

ぎざ歯をのぞかせてにまっと笑う少女に、覆面の若様はうなずいて、まだ気を失っている恋人を乗せたまま馬首を返す。 「リィリィ!感謝する!君もどうか無事で!」 「さっさといくっす!」

2019-08-27 22:16:17
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