池内恵教授 葬式を語る

まとめました。
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Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
大変だったなこの一週間。大学企画運営事務業務が加速・過密し、数々の原稿を待ってもらうのも限界というところに、物書きの父が亡くなったものだから。父の引き受けていた原稿を落として雑誌の紙面に穴を開けてはいならない、というのが死去を確認した瞬間からの第一のミッションとなった。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
また「葬式は身内だけでやれ。やらなくてもいい。お別れの会などといったものは一切ご無用、弔問などお断りする」というのが父の生前の再三再四語っていた意志なのでそれを実現しないといけない。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
「やらなくていい」って言ったってこの世の中の常識として何かやらないといけないから、そういう故人の人柄をわかってくれる数名の血縁者にお願いしてきていただいて最小限の一通りのことをした。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
どう考えても必ず連絡はするべきであろう身近な血縁者の一人からは葬儀について「大丈夫です、この日は地方で仕事があるから押しかけたりしません」という最高に気の利いたお返事をもらった。非常識に聞こえるかもしれないが、父の界隈ではこれが「模範解答」。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
葬儀の日まで、死去の事実を外に知らせない、というのがかなり大変だった。「仕事は減らしている」という話だったが、それでも懇切にご依頼いただく編集者に応えて月に10本程度を書いていたようだ。終末期の書き手が一つ一つ仕事の手仕舞いを進めながら、なおも残ったいくつかの連載、寄稿。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
8月30日の早朝の死から、近場の葬儀場が空いている9月3日の葬儀を済ませ、原稿の最中だったいくつかの報道機関や出版社にお知らせをFAXで一斉に送信するまでの間、死去の事実を外に知らせられない。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
しかしその間にも、父の原稿のゲラがFAXで次々と送られてくる。父は自作の原稿用紙(時には裏紙にでも)に万年筆で書いてFAXで入稿する。編集者がそれをデータ起こしして戻して来るのだが、必ず数カ所判読不能部分や起こし間違いが出るのでそれを埋めて修正して送り返すと、次に紙面に組んでゲラが来る。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
手書き原稿のデータ起こしの不明箇所は、本人なら一目瞭然だが、他人が類推するのはなかなか難しい。書斎から元の手書き原稿を探し出して対照させ書き込んで送り返すのに難渋した。ゲラで数行はみ出ているのを縮めるという作業も、自分のなら思い切ってバサバサいくが、他人の原稿は下手に削れない。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
何よりもこれを、編集者にも死去の事実を知らせずに行わないといけない。知らせれば相手も報道機関なので報じなければならない。そうすると弔問などがきて、父が望んでいた身内だけの静かな別れの時間が失われる。ですので8月30日から9月3日までは父に成り代わってFAXを送っていました。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
物心ついた頃から、朝起きると出版社から送られて来るFAXのロール紙が部屋一面に散乱しており、朝3時に起きて原稿を書いた父が原稿を送信しながら、受信したFAXを拾い集めて切り分けて校正して戻していく作業を何とは無しに見ていたので、数日の間、代役を務めることはできました。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
私自身の原稿は電子データでしか入れたことがないのですが、幼い頃に見ていた光景を思い出してさほど滞りなくできました。まあゲラ直しは私も紙でやることはあるので慣れてはいます。それよりも、近くこういう日が避けがたく来ると覚悟はして頭の中でシュミレーションはしてありました。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
物書きの子供が物書きをやっていると、父の命がもう長くない、と気づいた時にまず胸に浮かぶのは、「弔辞をどうしようか」。冷たいようですが、公的・私的な文章を通じてのみ外の世界と関わる職業なので、これが家族の会話です。実際にはそういう会話はしていないのですが、そういうことです。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
また、いつ外の世界に知らせるか、が難問です。死とは徹頭徹尾私的な事柄です。特に、父の死までの過程をここ数週間、数ヶ月、数年と振り返ると、死が極めて私的な営みであり、そのことを何よりも本人が自覚して貫徹したことを思い知らされます。家族のみ(私ではなく母)が知っていればいいこと…
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
…ですから、ここで記すことは避けますが、それは立派に貫徹されました。山伏が生きて仏になるような、そういう死に方でした。とはいえ、その生活は文章を書いて世の中に出す、という作業と一体でしたから、その死が完全に私的なものには止まらなくなります。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
少なくとも連載が残っていた新聞社や雑誌社とその読者には知らせなければなりません。地位や権力を持たず、一部の(しかしそれなりに数の多い、世間の各層、津々浦々に散らばっている)密かな読者以外には世の中一般にはそれほど知られているとは言えない父の死に「ニュース」としての価値があるのか…
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
…あえて知らせる必要があるのか、悩むところでした。こういう時に相談すると最も適切な答えをくれそうなのが父でしたが、それが何しろ死んでしまっているので。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
結局父ならこうしたであろうやり方を考えて実行しました。それによれば、「今現在原稿のやりとりの過程にある相手先にのみ通知する」。その中には新聞社も一部含まれているので、父の死が報道すべきニュースだと感じれば報じるでしょうし、そうでなければ、公的なニュースと私的な通信の中間ぐらいの…
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
…担当編集者への家族からの連絡となります。同じく原稿を書いて生きている人間として、いつまでに通知しなければ次回原稿が落ちて紙面に穴が開くかを推定すると、それは9月4日でした。それまでは死的な死を悼む家族の時間とし、その後は公的な事実として公表し、取り沙汰したい人はすればいい。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
近年の手書き原稿、校正のやりとりの束を見てみると、報道機関で連載や定期寄稿があるのは信濃毎日新聞夕刊のコラムと、毎日新聞の書評面でした。いずれも父が長い間お世話になってきたところで、仕事を手仕舞う中でも、断ち切りがたく残してきたのでしょうか。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
9月4日の午後、原稿のやりとりの途中であった担当者のみにFAXでお知らせしたのですが、このような事柄は独占するようなことでもないのでマスコミで順次共有する慣例があるようで、おそらく信濃毎日新聞が書いた記事が共同通信で配信され、広がっていったようです。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
実務的な、世間の慣習や形式に則った型通りの文書ですが、物書きがこれ以上物を書けなくなったことを本人の代わりに編集者に知らせる文書が、私から父への弔辞であったと考えています。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
父は幼年期に父を、青年期に兄とそして母を失い、一生その弔辞を書いていたような人でしたが、若いうちに肉親を失ったがゆえに、肉親が年老いて死んでいくということだけは、未知なようでした。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
架空のあるいは歴史上の人物について文芸にまぶした追悼文らしきものを寄せることはあっても、身近な人間の老化と死に対処し実務的に言葉を発することには慣れず、そして自らの老いを未知の未経験のものとして恐れ、目を背け、あえて軽妙な言葉で語ることによって先延ばしにしていたように思います。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
しかし実際の父の死は結局、自らが文筆によって紡いできた架空の死をめぐる奇想と寸分違いのないものでした。起きて立って歩き、身の回りのことを自らの手で行い、自らの手で原稿を書くことができなくなったと内心に気づいたと思われるその翌朝に、静かに息を引き取っていました。見事なものでした。
Satoshi Ikeuchi 池内恵 @chutoislam
夏は原稿書かずに高地で療養したりしていればあと5年ぐらい生きられたと思うんですが、そういう生き方を望まなかったので、寿命ですね。まあ身内で物書きという立場からは「歳とって原稿書くってこんなに体力使うんだ…体鍛えとかなきゃ」という感想。骨と皮になっていて、即身成仏みたいでしたね。
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コメント

Thassa_god @Thassa_block 2019年9月8日
まとめを更新しました。
Thassa_god @Thassa_block 2019年9月8日
まとめを更新しました。
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