【シナリオ】吸血鬼①

吸血鬼となったお嬢様とそれに従う吸血鬼の従者がすれ違ったときの話
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@akuochiken

「あら、あなた。いい匂いがするようになったわね。香水を変えたのかしら? それとも……」 「ニンゲンを食べたのかしら?」 って吸血鬼のお嬢様に耳元で囁かれる、吸血鬼の下僕となった従者

2019-09-16 18:27:58
@akuochiken

「あら、あなた。いい匂いがするようになったわね。香水を変えたのかしら? それとも……」 お嬢様は、彼女らしい穏やかな笑顔でそっと近づいてきた。 「ニンゲンを食べたのかしら?」 すれ違い様に、私に問いかけるように彼女は耳元で囁いた。 「い……いえ……」 私はしどろもどろに答える。

2019-09-16 19:29:58
@akuochiken

彼女を追い掛けようと振り向いた先に、瞳孔が縦に開いた、まるで獣のように獲物を見つめる彼女の顔があった。 「隠さなくていいのよ? 私、この匂い好きだし」 振り向いた私との距離を詰めるように私の首に両腕を掛け、彼女は甘えるような表情で私を見上げた。 「だって、その方が美味しいでしょ?」

2019-09-16 19:35:04
@akuochiken

彼女はそのまま私の首元に顔を埋める。 「あうぅ……」 ぺろりと彼女は私の首元、左肩の当たりを舌で舐め、その感触に私は耐えきれず声を漏らしてしまった。 「可愛いわ。私の従者として、とても」 彼女の舌によって濡れた首元に、更に彼女の吐息が掛かり、その甘美さに気が狂いそうになる。

2019-09-16 19:40:38
@akuochiken

「あなたが隠そうと、あなたの血を飲めばすぐに分かるの。さぁ、あなたは私の従者に相応しい存在になれたかしら?」 ぷすりとその冷たい牙が私の首元へと刺さる。 声は出ない。 お嬢様に対する、未だ拭えない警戒心と、主人に血を吸われるという栄誉が入り混じって快感となって身体中を駆け巡る。

2019-09-16 19:47:52
@akuochiken

思えばあの時からそうだった。 お嬢様が吸血鬼へと堕ちたあの日から、私は彼女に私の血を捧げ続けてきた。 彼女は吸血鬼であることに誇りを持っていたが、私は、そちら側に堕ちることをためらっていた。 だから、誰かの血を吸うことはない。 ただ、彼女に血を捧げるだけの存在だった。

2019-09-16 19:51:31
@akuochiken

そういう私にとって、彼女の吸血は性交にも似た快感があった。 まるでその牙を通して身体に媚薬が注がれるがごとく。古来より吸血鬼による吸血は何物にも代えがたい快感があり、その快楽に人間は抗えないから望んで身体を捧げるのだと。

2019-09-16 19:58:13
@akuochiken

そして何より、私の血が彼女の口を通して身体の中に入っていくこと、私の血が彼女の血肉となって彼女を生かすという事実に、従者としての私はこの上ない喜びに震えるのだった。 ごくん、ごくんという鳴り、響きが、彼女の唇と連動して私の首元を優しく締め付ける。

2019-09-16 20:12:05
@akuochiken

今日の彼女は、私自身にかぶり付いて肉ごと食べてしまうかのように、私の首元から離れない。 私の血が美味しいのか、ゆっくりと咀嚼しながら飲んでいる様子が濡れた彼女の唇を通して伝わってくる。 ああ、正直に言えば、昨日、確かにニンゲンを“食べた”。 私を訪ねてきた客人、里の幼馴染みを。

2019-09-16 20:37:20
@akuochiken

私は、遂にこちら側に堕ちた。 なにをこれまでためらっていたのか、というほどの爽快感だった。 お嬢様が私の血を吸うように、私もニンゲンの血を吸う。 私が快楽に身悶えるように、幼馴染みもまた、私に抱かれることを快感と覚え、私の牙を、私の吸血を受け入れた。 長い、長い時が流れた。

2019-09-16 20:50:58
@akuochiken

私にはお嬢様のように、人間を同族へと堕とす力はない。 あくまで吸血鬼なりの交流であり、私にとっては単純に、少し上質な食事でしかなかった。 思えば私は、私の身体に私以外の血が混じることを恐れていたのかもしれない。 だから、先程、お嬢様が質問された時に、言葉に詰まった。

2019-09-16 20:54:42
@akuochiken

堕ちることを恐れていたのか、それとも血が混じることを恐れていたのか、どっちの気持ちが強かったのか、今ははっきりとは思い出せない。 それほど、今、ここで繰り広げられているお嬢様の包容は、そういった不安や疑念を吹き飛ばしてくれるほど優しかった。 だから私は彼女の身体をぐっと抱き返す。

2019-09-16 20:59:47
@akuochiken

あなたの従者であってよかったと。 私もあなたと同じ、吸血鬼に堕ちてよかったのだと。 吸血鬼としての私を受け入れてくれたのだと。 彼女の胸と私の胸が重なり合う。 だが、もはやお互いに吸血鬼となっている今、心臓の鼓動は存在しない。 ただ、彼女が私の血を吸う振動が感じられるのみである。

2019-09-16 21:06:13
@akuochiken

「ごめんなさい、うまく傷口を塞げられなかった」 私の首元から牙を抜き、少し私の身体を離すようにして、ゆっくりと私の顔を眺めた彼女が呟いた。 彼女が牙を突き立てた部位から、つつーっと血が流れ落ち、襟元を染めているのだろう、冷たい感覚がした。 私は右手でそっと首元を触る。

2019-09-16 21:24:47
@akuochiken

「それに、あなたの服を汚してしまった」 彼女は、私の目から視線をそらし、申し訳なさそうに私の首元を見ていた。 私は手に付いた私の血を一瞥した。 「いいえ、大丈夫です。傷口はすぐに塞がりますし、これから洗濯をしようと思っていたので、私の服は、問題なく……」

2019-09-16 21:26:04
@akuochiken

気付けば、私はその手に付いた私の血を舐め取っていた。 お嬢様の目の前ではしたない、と思ってしまったが、それを見ていたお嬢様の口元が緩んだことを私は見逃さなかった。 「……お嬢様。私はお嬢様の従者として相応しかったでしょうか」 私は改めて手を拭い、襟元を正して彼女と正対した。

2019-09-16 21:29:05
@akuochiken

「ええ、とても。私の想像通りだったわ」 彼女の瞳は平時のものに戻っており、いつも通りの笑顔で彼女は言葉を私に投げ掛けた。 「引き続き頼むわ」 彼女は右手をこちらにかざしながら、身体を反転させてこの場から立ち去ろうとしていた。

2019-09-16 21:35:49
@akuochiken

「それと昨日の客人ね、あまり興味がなくて……館の主として、もてなせなくて申し訳ないのだけど、あなたの方で対応してくれないかしら?」 彼女は、私を試すかのように不敵な笑みを肩越しに投げ掛けた。 「かしこまりました」 私はそんなお嬢様の真意には気付きつつ、あくまで粛々と従うのだった。

2019-09-16 21:42:18