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肖像画bot(試験運用中) @botportrait
源実朝(1192 - 1219)。鎌倉幕府第3代将軍。実権は北条氏にあり、官位に執着していた。右大臣昇進後、甥の公暁によって暗殺。歌をよくし、『金槐和歌集』は彼の家集である。画像は『天子摂関御影』の模写で、また大通寺の坐像(URL)が知られる。 amigokamakura.sakura.ne.jp/ishibumi/307-m… pic.twitter.com/jkSswJhip8
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you @nostalgic_cafe7
時によりすぐれば民の嘆きなり 八大龍王雨やめたまへ 源実朝『金槐和歌集』(1213年) pic.twitter.com/NAQMTLp0O6
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まとめ管理人 @1059kanri
源実朝は「悲劇の歌人将軍」等と呼ばれ、おそらく正岡子規以来、その歌才を高く評価されていたのが、近年同時代の和歌に対する研究が進んだ結果「言うほど上手くないよね」「むしろ平凡では」という評価に落ち着きつつあり、このような歴史上の人物を「ストーリーから引き剥がす」類の研究は信頼できる
まとめ管理人 @1059kanri
逆にまだまだ多いですからね、既存のストーリーに阿るタイプの研究や評論
るおちぃ@闇深性癖netに接続します @ruoqi91
@1059kanri 科学的な姿勢ですよねぇ、文学以外の様々な分野により取り入れられてほしいです。
まとめ管理人 @1059kanri
@ruoqi91 何であってもストーリーに当てはめてしまうのは危険ですね
るおちぃ@闇深性癖netに接続します @ruoqi91
@1059kanri そこから見える実像から他の人々との様々な交流が見えますものね。 織田信長のように講談や小説の主役になった人物なんか正にそうですし。
ののまる @nonomaru116
@1059kanri しかも家集『金槐和歌集』の歌って22歳以前の歌がほとんどなんですよな(かつ大部分は当時のトレンド通りの歌)。万葉調というのも、実際はそういう歌の量は多くないし、藤原定家から万葉集もらったの22歳の時(!)ですから、実は若さと荒削りさのなせるところですし。
まとめ管理人 @1059kanri
@nonomaru116 色んな意味で、教えてもらったことをやってみた、で止まってた感じですね。
朱雀 @sakashima2
@1059kanri 実朝の見方、創作におけるキャラクターの位置づけも変わってきますね。
まとめ管理人 @1059kanri
@sakashima2 まあなかなか反映しにくいとは思います。お手本や流行りの通りの歌を作っていた、という話になるとw
koji_nijiko @roolAWoq1OvFZHa
@1059kanri 政子母さんは、頼朝父さんとの結婚は、時政はやはり反対であったのでしょうか?反対を押し切って頼朝と駆け落ちしたことにすれば、ドラマティクなストーリーになりますよね。
朱雀 @sakashima2
@1059kanri 「将軍職に興味がなく趣味に没頭」って、すごく良いキャラクターですからね。
今福 匡 @Tadashi_Imafuku
@1059kanri @nonomaru116 まさに斎藤茂吉の「実朝は歌人としてもいまだ初途にあって、殺された」という実朝評ですね。(岩波文庫『金槐和歌集』)
まとめ管理人 @1059kanri
@Tadashi_Imafuku @nonomaru116 結局そういう事なのでしょうね。現在の評価は途切れた将来に対する期待も入っているのでしょう
まとめ管理人 @1059kanri
@sakashima2 足利義政もそうですが「実際にはそうではない」というのが何というかw
Tar Sack @tar_sack
@1059kanri 源実朝とモーツァルトって、戦中戦後のほぼ同時期に小林秀雄が有名な評論を書いて、それが日本における評価を決定づけてしまった側面があります。どちらも作品の中に潜む透明な孤独感に焦点を当てており、それは動乱の時代に生きざるをえなかった小林個人の孤独感が色濃く投影されています。
まとめ管理人 @1059kanri
@tar_sack なるほど。小林秀雄の一種の創作にかかったわけなのですね
るくれるく @djalminha20
@1059kanri 近年ではオカルトに通じたキャラとして新たな境地が開かれそうです…
まとめ管理人 @1059kanri
@djalminha20 お金有れば本当に何でも出来るんだなと
OOEDO @OOEDO4
@1059kanri 歌が上手いのか下手なのか、だと山縣有朋の和歌は司馬遼太郎が「歌人としての才能に優れていた」、関川夏央が(創作の中での論評だけど)「箸にも棒にもかからん」と評していて…、じゃあ、うまいのか下手なのか自分で判断すればいいのだろうけど、わかりません(笑)
Ppossuydal @LadyusSopp
@1059kanri そして、権威が「いや、すごいよね」と言ったら掌返しするんだろ。日本人らしくて笑えるよ。
BigHopeClasic @BigHopeClasic
@1059kanri 徳川家治の詰将棋はどうか研究に耐えてほしいと思ってます
ワンナイト @FM4FGDbCyPjm6t4
@roolAWoq1OvFZHa 突然、失礼します。 昔の学研の「六年の学習」の付録に付いていたムロタニツネ象氏の歴史漫画ではそのような展開となっていました(そして『既成事実』を作って父親の北条時政を黙らせる、と)。
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コメント

myo@真面目モード @myomyo01 2019年10月27日
演義小説と正史の違いが理解されないまま活躍が流布された結果「Sugoku Sugoi Gunnshi」として認識が定着しちゃった孔明みたいな話か。
雨男 @ameot0k0 2019年10月27日
歴史と評論は別だと思う。生存時にどれだけ歌の評価を受けていたか、死後どのように評価が変遷したかが歴史研究。近代以降、歌人として評価されてたのも歴史の一部。和歌が本当に上手いか下手かはジャンルが違う
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年10月27日
まとめの中にもありましたが「物語の虚構を暴いたつもりで次の物語に嵌ってたらなかなかしんどい」の観点は大事だと思いました。
エツェ子 @beastlyelder 2019年10月27日
蹴鞠の方の評価はどうなんだろう?相当やり込んでたらしいが
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2019年10月27日
それはそうと「和歌が上手いかどうかの検証」は歴史の再評価なのだろうか?
かつま大佐(永遠の10歳📛) @kamiomutsu 2019年10月27日
「実朝は政治嫌いだった」あたりが研究によって「意外とそうでもなかった」と評価が変わっていく過程であればとても面白いが、そこは変わらずに「悲劇の天才歌人じゃなくて悲劇の凡才歌人だったんだよ」というのは何とも言えない気分である。正確を期するのは大事だが、そのくらいのファンタジーなら許せとも思う。
W9編成 @W956934865 2019年10月27日
性転換される人物もおるからね
_ @readonly6582 2019年10月27日
「このような歴史上の人物を「ストーリーから引き剥がす」類の研究は信頼できる」という一言に呆れた。単に目立ちたいがために中身ゼロの逆張りをほざく恥知らずなんて幾らでもいるのに。
かふぇ氷 @cafeseaside22 2019年10月27日
豊玉先生の批判はよせ
語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2019年10月27日
暗殺がたまたまだったってマジでいってんのかな 鎌倉の血生臭さをなめてないか?
ドラゴンチキン @dragonchicken19 2019年10月27日
リチャード獅子心王のママンはアングロノルマン語を発明した天才だが、自分を讃える歌とか見るとそうは思えない。(原文だとどうだか知らんが)
enopon @enopon2668 2019年10月27日
「物語の虚構を暴いたつもりで次の物語に嵌ってたらなかなかしんどい」は同意。天使のような看護師的なイメージ剥がされて最近はバーサーカー的なイメージ付与されるようになったナイチンゲールとか結構酷いと思ってる
アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2019年10月27日
ameot0k0 kamiomutsu というより「歴史」の指すものが広すぎて人によって範囲が違う。前提抜きだと政治軍事関係を指すことが多いが、文芸にも歴史評価にもそれぞれ歴史があるわけで「それは歴史とは別」ってのは違う気がする
甘党猫が通りますよ @Future_Men 2019年10月27日
実朝の率直で優しい歌の詠みっぷりが好きだったので、こういう風に考証が進んでいるというのはちょっと残念ではあるけど、人物像に纏わされた虚飾が剥がれて歴史が明らかになるのは良いことだと思う。もちろんその考証が論理的で説得力がある説だとして、だけど。
ぶる〜の @shin10276707 2019年10月27日
生きていれば平均より先があったかもしれない…何にせよ早すぎた。
B_BLUE_HEARTS @BBH_X01 2019年10月27日
「歴史の人物から経営を学ぶ」みたいな席で「信長は奇襲作戦を取らないことを徹底した」と話したら「桶狭間とか桶狭間とか桶狭間とか、ついでに墨俣一夜城とか」と、反論してくる人(社長さん)がいた。 講談と史実の区別がついてないこの社長さんの会社はやべえと思った。
片山 京 @Kyo_katayama 2019年10月27日
平安時代末期から鎌倉時代初期の武家棟梁は、公家でもあったわけで、和歌を詠むのも政治的行動とセットな訳です。 当時のはやりにのっとった歌を詠むのも「鎌倉にいても都の情報は把握している」と表明する意味もあったりするかもしれません。 実朝は後鳥羽上皇と文のやりとりをしていて、いろいろと調停工作をしていた強かな面も指摘されています。 現代の我々は、政治と文化芸術を切り離して考えるように訓練されています。しかし、中世は貴族層が文化を担ってたわけで、そこには政治的意図や何かが入っていることを考慮しないと。
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 2019年10月27日
源頼朝の息子ってことは父親の世代は田舎者の野蛮人がまわりにゴロゴロ居て、その中で育ったのでは
聖夜 @say_ya 2019年10月27日
そもそも正岡子規が実朝の歌を評価したのは「万葉集の頃の素朴なおおらかさ」が古今和歌集以降の本家取りや返歌、掛詞などの先例主義、伝統主義に走った詩歌にないプリミティブさを持っていたがゆえであり、同時代の貴族や公家の和歌に比べて技巧的に拙いと言うのはむしろ常識というか前提の話。洪水や大雨に対して「雨は大事だけど降り過ぎで民が困ってるので八大龍王様雨降らすのやめてください」などというど直球の詩が実朝の持ち味
てのりくじらどん @tenori_qujiradn 2019年10月27日
最後に流れ弾を食らう、土方さんかわいそすぎるw
VitzRsTurbo @VitzRsTurbo 2019年10月27日
歴史に疎いので、実朝というとどうしても郷ひろみが思い浮かんでくる。
語るおじさん(おじさん) @ojisan_think_so 2019年10月28日
say_ya 当時の歌壇が古今和歌集を偏重してい状態を子規が否定するため持ち上げた説までありますね つうか頼朝以降の源家って、乱暴に言えば流刑中のすかんぴんなところを北条に拾われて旗印・傀儡にされてるだけの状態だった そこからの権力闘争を謀略と暴力と毒までてんこ盛りで潰された訳で 「勝てば官軍」の通り、勝ち残った官軍の残した記録はあまり鵜呑みにしないようにした方がいいと思ってる
ゆきやけ @yukiyake_ 2019年10月28日
孔明よりむしろ劉禅みたいな印象
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