空と踊る男の #呟怖 〈竹田と俺〉シリーズ

ハッシュタグ #呟怖 で地味に書き継いでいる創作〈竹田と俺〉シリーズをまとめました。 基本的に男子高校生二人が会話しているだけの内容ですが、自分では気に入っているので今後も書き続ける予定です。 なお、一部〈竹田と俺〉が登場しない作品も含まれておりますが、理由は全部読んで頂ければお判りになるかと。 ひとまず完結とさせていただきます。
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空と踊る男 @dancewithsky

「……というわけでさ、俺、とんだピエロだよ」 校門からの坂道を下りながら、俺はある失敗談を竹田に語った。 「え、君、ピエロだったの?」 驚いた顔で竹田が聞いた。 「アホか。比喩に決まってるだろ」 「本当にそうかな。自分がピエロじゃないと証明できる?」 俺は急に不安になってきた。 #呟怖

2019-10-04 18:10:06
空と踊る男 @dancewithsky

「かつて〈我々〉は水中で暮らしていたの」 濁った水を飲み干すと、姉は僕に言った。 「〈我々〉って?」 僕は聞いた。 「でもある日、水中でとても恐ろしいことが起きて……」 僕の問いを無視して姉は続ける。 「だから今の〈我々〉は、常に渇いているの」 池の底面では魚たちが跳ねている。 #呟怖 twitter.com/moon04cat/stat…

2019-10-04 18:50:38
空と踊る男 @dancewithsky

「……また独り言だね」 竹田の声で、俺はハッと我に返った。 「また、って……俺、そんなに独り言多い?」 竹田は頷いて、 「気をつけた方がいい。無意識の独り言って、一種の呪いだから」 「そ、そうなのか……」 「全部録音してあるよ。聞く?」 「え?」 竹田はICレコーダーを取り出した。 #呟怖

2019-10-05 19:36:28
空と踊る男 @dancewithsky

「まるでサキの『スレドニ・ヴァシュター』だね」 昼休み。他愛ない雑談の最中、竹田が唐突に妙な単語を挙げたので俺は首を傾げた。 「何それ」 「知らないの? サキの名作」 「知らねえよ」 「ごめん。ほら君が昔こっそりイタチを飼っていたから、てっきり」 ……なぜそのことを知っている? #呟怖

2019-10-06 18:52:34
空と踊る男 @dancewithsky

「僕の曾祖母は長生きでね。先の大戦の頃の話だ」 唐突に竹田が語り出し、俺は黙って耳を傾けた。 「戦争末期、曾祖母は神経を病み精神病院へ通っていたが、その門を通る時、なぜか必ず頭に〈水底の白い手〉という言葉が浮かんだらしい」 「ほう」 「君も先日、全く同じ独り言を呟いていたよ」 #呟怖

2019-10-07 18:26:45
空と踊る男 @dancewithsky

敗戦の気配が一層濃く立ち込めてゆく初夏、私はまた眩惑坂を登り、脳病院を訪れた。 此方の門を潜るたび、何故かいつも〈水底の白い手〉という言葉が脳裡を過るんです。 貴女の無意識が何かを伝えようとしているのかもしれません。 一体何を? 恐らくそれは知らない方が良い。 主治医は嗤う。 #呟怖

2019-10-07 21:01:45
空と踊る男 @dancewithsky

秋。敗戦後の凄まじい混乱とまるで無縁に思える眩惑坂を登り、私はまた脳病院を訪れた。 先生も結局、御国と共に滅ぶ運命ではなかったのですね。 はは。所詮私も狂い切れなかった訳です。 主治医は頭を掻いた。 それよりどうなりました、例の〈水底の白い手〉は。 私は祖母の話を語り始めた。 #呟怖

2019-10-07 22:43:06
空と踊る男 @dancewithsky

「それで、曾祖母はその理由を知る為に自分の記憶を探ったのだけど」 竹田がそのまま話を続けようとするので、俺は焦って遮った。 「待て。俺がお前のひい祖母さんと同じ言葉を呟いてたって……」 「物事には順序があるからね」 竹田は微笑むと 「どうも曾祖母の祖母にまで遡る話らしいんだ」 #呟怖

2019-10-08 12:40:29
空と踊る男 @dancewithsky

じつに興味深いですね。貴女の御祖母様のお話は。 脳病院にて。主治医は顎を擦る。 私は言う。 『かつて我々は水中に棲んでいたが、ある日水底に現れた白い手によって陸に追いやられた』なんて、妄想としか…… 妄想だとしても、何故貴女が此処に来る度その話を思い出すのか。核心は其処です。 #呟怖

2019-10-08 15:06:40
空と踊る男 @dancewithsky

「……どう考えても妄想だろ」 竹田が語った曾祖母のそのまた祖母の話に、俺はそう言う他なかった。 「事実かどうかは重要じゃない。君に伝えておきたいのは、幾つかの奇妙な符合さ」 「符合?」 「君はこの高校が昔どんな建物だったか知ってる?」 「いや」 「精神病院だったんだよ、ここは」 #呟怖

2019-10-08 18:18:15
空と踊る男 @dancewithsky

冬。落ち葉が風に舞う眩惑坂を登り、私はまた脳病院を訪れた。 その後、何か判りましたか。御祖母様のお話について。 主治医は優しく聞く。 いえ。でも、何だか奇妙ですわ。 奇妙? 先生は最初、それは知らない方が良いと仰っていたのに。 主治医は微笑んだ。 奇妙といえば、貴女と私もです。 #呟怖

2019-10-08 18:33:50
空と踊る男 @dancewithsky

「校門の前の長い坂はかつて〈眩惑坂〉と呼ばれていてね。昔、曾祖母も僕らと同じように眩惑坂を登って精神病院へ通ったのさ」 「……単なる偶然だろ」 俺は掠れた声で言った。 「校舎の裏山の沼になぜ君はあれほど惹かれるのだろうか? そしてあの〈水の中の恐ろしい出来事〉」 「やめろ……」 #呟怖

2019-10-08 19:11:50
空と踊る男 @dancewithsky

先生と私が〈奇妙〉? 主治医の不可解な発言に、私は思わず小首を傾げた。 ええ。例えば、貴女は今までにこの病院で他の患者を目にしたことがありますか? 私は記憶を辿ったが、良く思い出せない。 受付も通らず、貴女はいつも私の診察室まで直接来ている。診察代を払ったことも一度もない。 #呟怖

2019-10-08 19:40:21
空と踊る男 @dancewithsky

「君がそう言うならこの話はやめよう。友達だからね、僕らは」 そして竹田は俺を見つめた。 「けど、考えてみれば奇妙だよね、僕と君の関係も」 「……何が?」 厭な胸苦しさを覚えつつ俺は聞いた。 「僕ら二人の会話に他の誰かが加わったり、僕が君以外の誰かと話すのを、君は見たことある?」 #呟怖

2019-10-09 13:19:58
空と踊る男 @dancewithsky

そう……でしたかしら。 私は曖昧な口調になる。霞が掛かったように頭が上手く働かない。 ええ。さらに言うなら、ここは戦時中も軍部の査察や要請を一切受けていません。戦争精神病者を受け入れたこともない。 主治医は私を見つめる。 確かにこの建物は病院ですが、一体私は何者なのでしょう。 #呟怖

2019-10-09 13:40:29
空と踊る男 @dancewithsky

「何を……言ってる?」 またいつもの心理的トリックだ。 そう思いつつ、俺は竹田の言葉に動揺を隠せなかった。 「君以外の人間にとって僕は存在しているのかなって、ふと気になってね」 竹田は微笑むと 「そうだ、奇妙な符合が他にも」 「精神病院の曾祖母の主治医の名前ね、君と同じなんだ」 #呟怖

2019-10-09 18:09:43
空と踊る男 @dancewithsky

もしかすると、私は貴女の前でしか存在しないのかもしれない。 視界が揺らぎ、眩暈に襲われた。頭蓋に響くあの言葉。 水底の白い手。 如何されました。顔色が宜しくない。 ……厭ですわ、そんな風に私をおからかいになって。このお腹の中には、ちゃんと貴方の子がいるのですよ。 竹田先生。 #呟怖

2019-10-09 21:22:45
空と踊る男 @dancewithsky

「曾祖母は精神病院へ通い出した当時、結婚していたが、主治医の子を身籠って離婚し、女手ひとつで祖母を育てたんだ。その精神科医の名字が、君と同じ竹田さ」 激しい混乱と不安で、俺は思わず頭を抱えた。 「……竹田はお前だろ」 「そうだっけ。まあいいや。とにかく全ては君の因果の帰結さ」 #呟怖

2019-10-10 17:14:36
空と踊る男 @dancewithsky

病院の裏の沼へ参りましょう。恐らく全ては彼処から始まった筈。 水面は穏やかに煌めいている。 この妖しい沼が、貴女の潜在記憶を呼び覚ましたのです。 竹田先生が初めて私と寝たのも、この沼を見た日でしたわ。 ……この人が何者かなんてどうでもいい。 狂おしい想いにこの身を委ねるだけ。 #呟怖

2019-10-10 23:03:00
空と踊る男 @dancewithsky

「水の中の恐ろしい出来事。そう、〈水底の白い手〉は昔、僕の……君の一族を水中から追い立てたんじゃない。手招きしたんだ」 竹田の声が遠くから聴こえる。俺は呆然としながら耳を傾ける。 「怖くて逃げ出したけど、本当は招かれた向こう側へ行きたい。相反する感情をずっと抱えてきたのさ」 #呟怖

2019-10-11 12:39:44
空と踊る男 @dancewithsky

再び秋。 生まれたばかりの娘を抱き、私は久々に眩惑坂を登った。 病院の跡地は工事中だった。 学校が建つらしい。 この病院は空襲で焼けていたのだ。 なら、敗戦間際から直後にかけて、私がここで診察を経て逢瀬を重ねた竹田という男は。 私は目を閉じた。 今はこの子のことだけを考えよう。 #呟怖

2019-10-11 20:48:27
空と踊る男 @dancewithsky

「さあ、恐怖と郷愁の間で宙吊りになるのはいい加減やめて、思いきって〈彼ら〉の誘惑に陶然と身を委ねてしまうんだ。長い歳月を経て、ついに一族の末裔たる君がそれをやり遂げる時が来たんだよ、今」 唆すように、竹田が優しく囁く。 嫌だ、俺はもう二度と〈水の中の恐ろしい出来事〉など…… #呟怖

2019-10-11 22:34:29
空と踊る男 @dancewithsky

「水の中の恐ろしい出来事を、君はまだ知らない」 校舎の裏山にある沼の畔で、友人が呟いた。 俺は奇妙な感覚に包まれた。以前にも全く同じ場面を体験したような…… 「どうした? 竹田君。目が虚ろだけど」 竹田…… 自分の名なのか、あるいは別の誰かの名「だった」のか、判然としなかった。 #呟怖

2019-10-17 21:18:53
空と踊る男 @dancewithsky

「おはよう竹田くん」 同級生の友人が俺に挨拶した。 「お、おう」 未だに〈竹田〉という名前で呼ばれるのに慣れない。 曖昧な俺の記憶の中では、この友人がそう呼ばれていた筈だが…… その時、背後から声がした。 「よっ、同姓コンビ。相変わらず仲良しだねえ」 ……お前も竹田じゃねえか! #呟怖

2019-10-28 18:26:31
空と踊る男 @dancewithsky

「お、お前も……竹田じゃないか」 友人いや竹田はキョトンとした顔で 「そうだよ。今さら何言ってるの。ていうか誰だと思ってたの」 畜生、これも俺の記憶が曖昧なせいだ。あの沼の畔での出来事以来…… 騙されていたんだ。ずっと。 だが、誰が誰を騙していたのか、もはやよく判らなかった。 #呟怖

2019-10-28 18:39:12
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