煉獄槙寿郎の妾の話

煉獄槙寿郎の妾になろうと煉獄家に押し掛けてきた女の一生。
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人権ゾンビ@1日1,000字で人権 @ikami68

杏寿郎に、初めに、宇髄が折れた。次いで、不死川が結論を投げる。甘露寺が涙を零し、井黒が興味を失って、時透が忘却した。そうして冨岡が黙秘し胡蝶が溜息を吐いたそれを、悲鳴嶼が容認し、お館様が許可を出した。親族を失って久しいと言われた彼女の葬儀に訪れたのは、そう多くもない人数だった。

2019-11-06 21:38:00
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彼女が煉獄家にやってくる前、身を寄せていた藤の家の者から、杏寿郎たちはある事実を聞いた。彼女を、鬼から救い出したのは、槙寿郎であったのだと。「――この世に、無駄なことなんて、無いのです」不意に、何かを思い出したように千寿郎がそう呟いた。振り向いた父と兄の顔を見て、まるで今彼女が

2019-11-06 21:51:47
人権ゾンビ@1日1,000字で人権 @ikami68

目の前で死んでしまったかのように、悲痛に顔を歪めて、その言葉を繰り返した。「彼女が、よく言ってたのです。この世に無駄なことなど無いのだと。無駄だと思えるのは、測る物差しが違うからなのだと。そう、言って。よく、余った食材でこっそりとおやつを作っていただきました」彼女はなんて、残酷

2019-11-06 22:03:01
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な女子なのだろうと杏寿郎は思った。こと煉獄家において「無駄」という言葉は父の口癖だった。努力も、誇りも、死ぬ気で身に着けた技術も、地位も。全てを下らぬ無駄であると切って捨てた父に、救われた彼女が。息子である杏寿郎の命を救って千寿郎に託した言葉が、それなのかと。残酷さに胸が痛んだ。

2019-11-06 22:12:19
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ああ、そうだ。父の成してきたことは、無駄ではない。無駄ではなかった。けれどそれを、こんな残酷な方法で証明せずとも良かったのではないだろうか。このようなことをせずとも、杏寿郎は救われていた。千寿郎は家で一人、寂しさを抱えずに済んでいた。父だって、きっと。家族の定義を広げてくれた

2019-11-06 22:20:21
人権ゾンビ@1日1,000字で人権 @ikami68

彼女によって、重圧から解放されていたのは間違いなかったのだ。――貴方様の家族を、必ずお返しいたします。父に贈られた、彼女の書いた最期の一筆箋。そこに流麗な文字で綴られた「家族」とは、誰のことまでを指していたのだろう。母のように、うつくしい寝顔で死の床につく彼女は、何をもって

2019-11-06 22:24:54
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最善だと決めていたのだろう。父の震える指先が、彼女の面布を取って、その満足げな笑みの輪郭を辿った。母を想い、決して絆されぬようにと袂すら触れ合わぬ距離を保っていた父が、彼女の微笑みを、惜しむように撫でていた。彼女は言った。これは、三度目なのだと。二度間違えた自分がようやく正しく

2019-11-06 22:34:07
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在ることのできる、三度目の正直なのだと。しかし杏寿郎はそうは思わなかった。こんな哀しみを残しておいて、成功だなどとは口が裂けても認めたくはなかった。酷い女子だ。突然我が家にやってきて、何もかもを作り変えて、そうして自己満足に去っていった。だから杏寿郎は眠る彼女にこう告げた。

2019-11-06 22:43:45
人権ゾンビ@1日1,000字で人権 @ikami68

「――貴女は、また間違えたのだ」 二度あることは、三度あるように。

2019-11-06 22:44:30