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生長する新たな魔樹の棘に刺された巨漢の姿が変わりはじめる。 逞しくも肉置き豊かな巨女へ。どんな西瓜より大きな双の乳房に、どっしりと太く何十人でも埋めそうな胴回り、はちきれんばかりに丸々とした尻を備えた精気あふれる雌竜を思わす艶姿に。 「いだだだだ…」
2019-12-13 21:55:29体型の変化に耐えきれず服が破れ、暗い色をした瑞々しい果実のような膨らみがあちこちあらわになる。 「どうなっとるだか?」 そもそも性別の違いというものをまず肉質や脂質の差と考えるダウバにとっては、対処しづらい類の呪いだった。
2019-12-13 21:57:27「胸が重ぇだ」 このまま魔国を支配する魔人の王あらため魔女の王となってしまうのか。 だが指輪が脈打ち、脳裏で声なき声が響く。 “あかんでダウバ。ええ男はええ男のままや” 「おっどぉだか!?オラ、おっどぉともっど話てえだ!なして出てきてくんねえだ!」 “ダウバが弱らんためや…せやけど”
2019-12-13 21:59:38父たる黒の渡り手の死してなお決然たる意志が伝わってくる。 “今度ばかりはほっとけん。負けたらあかん。ええかダウバ。ええ男を女にするんはおかしいわ。ええ男はええ男のまま愛でてこそや…むしろええ女もええ男にしたらええんやないか” 「…おっどぉ…何言っとるだ?」
2019-12-13 22:01:57“押し返すんや!呪いに負けたらあかん!抗って!抗って!ええ男は女にさせんん!男のままや!そういう気持ちを腹にぐっと抱えるんや” 「…なしてだ?」 “ワテの一生のお願いや!” 「んだか…一生の願いは重ぇだ…オラ…やってみるだ」
2019-12-13 22:03:21ダウバは抗った。呪いに。良い男とみれば苗床にしてしまう異界の魔導士の強大にして容赦なき術に。 荼道の呼吸、恋の呼吸、病の王、父から受け継いださまざまな遺産を駆使して、恐るべき牝化魔法を拒もうとした。
2019-12-13 22:06:13魔果から伸びた苗はしかし瞬時に適応を重ねながら、何としてでも獲物の肉の器を孕ませやすいかたちにとどめておこうとした。まるで生みの親である邪悪な鬼の意志がまだ幾許か残留しているかのようだた。 “グググ…よい男は…牝に!鬼の戦士を産む胎(はら)に!” “ええ男は…ええ男のままや!”
2019-12-13 22:09:30巨漢いや巨女を挟んで、すでにこの世にはない二人の魔導士の意志が激しくせめぎ合っているようだった。在りし日の死闘の決着をつけようとするかの如く。 “よい男は牝に!!!” “ええ男はええ男のまま!!!”
2019-12-13 22:10:47呪詛と怨念が拮抗し、戦場となった黒の料り手の肉体は瘧(おこり)にかかったかの如くわなないた。 「おっどぉ…よく…解んねえだども…オラ、おっどぉに加勢すっだ」 大柄な乙女の髪が逆立って稲光を発し、艶やかな唇が耳まで裂けて牙が覗くと、息に火が混じる。くねる尾が衣服の最後の残滓を裂く。
2019-12-13 22:13:57ああ。だがオークメイジは。異世界であまたの英雄を苗床に変えてきた悪の権化は、かつて雄竜さえも同じ術で仕留めてきた。 何たる臨機応変であろうか。魔果の苗は持てる呪いの力のすべてを「竜を鬼に孕ませやすい雌へする」という目的にあった形へ移ろわせてゆく。
2019-12-13 22:17:56「ぐおおおおおおお!!」 ダウバは強引に魔果を掌から引きはがし、虚空に擲つと、風と火と冷気と雷を操って猛攻を加えた。 “竜…竜を雌に…鬼に孕ませやすい…人の如き雌に…竜を…” さらにしぶとく粘りながらしかし、ついにオークメイジの置き土産は半ば消し炭となり活動を止めた。
2019-12-13 22:20:24だがとどめの一手を打ち込むには、黒鱗の魔人も消耗しきっていた。すでにたっぷりとした横幅は失われ、中性の美貌を持つ細身の女丈夫となっている。 「…オラ…腹…減っただ…」
2019-12-13 22:23:41焼け焦げた魔果は再びまっすぐ標的を目指して落下してくる。 いま一度根付けば、影の国の太守の肉の器が苗床となるのは避けられまい。 ついにオークメイジの策謀は成功してしまうのか。
2019-12-13 22:25:07だがいきなり翼の影が緑の谷の上を過って、ばくんと魔樹の実を大きな顎に収め、口の中に業火を充満させると、ごくりと嚥下した。 “あまりうまくない” 黒竜カラ。先祖ラヴェインが目覚めさせた三つの卵から産まれた長虫のうち生き残った二柱の片割れ。今は竜の帝の寵愛深き妃。
2019-12-13 22:28:08カラは魔果を片付けた褒美の酒と肴をたっぷりもらうと、満足して腹ごなしに飛んでいった。かつては影の国の外へは出なかった竜だが、属領たる魔国ができたため、領内を見張るのも兼ねあちこちを気ままに散策する。 といって霧けぶる峰々には天敵である鷲が住むのでそちらには行かない。
2019-12-13 22:34:13いったんはるか北方へ向かってから回り込んでまた南へ降り、霧けぶる峰々の西側にある寂し野へ達する。 ちなみに北方には灰色の峰々という高嶺が連なっている。一部は霧けぶる峰々ともつながるが、鷲はいないので竜が翼を休めるにはよい処だ。
2019-12-13 22:36:47影の国の竜の別荘というか、もう一つの塒(ねぐら)として洞穴を火で溶かし広げて整えてある。 カラはそこでひとやすみしてから、長い湖や渓(たに)の郷と呼ばれる人間の街、離れ山という小人の国を眺めやった。 「あの山は宝を蓄えるのによさそうだな」
2019-12-13 22:40:31“寝床に奪い集めた黄金と宝石を積み重ねたら、敖閃を呼んで戯れるのもよい。きっと気に入る” そう思ったが影の国の小さきものども、ラヴェインの子孫たる黒の乗り手が良い顔をしないだろうという考えに至り、不満げに鼻から煙を噴く。 “あやつらはすぐ機嫌を損ねる。飼うのに手間のかかる生きものだ”
2019-12-13 22:43:45だが黒の歌い手の裔が奏で吟じる調べが聴けなくなるのはつまらないし、連中が拵えたり遠方から運んできたりする宝物を玩具にできなくなっては望ましくない。優れた酒肴も失うには惜しい。 食べ過ぎたせいか腹が痛くなり、カラは長い湖のそばの冷たい沼地に降り立つと、遠慮なく用を足した。
2019-12-13 22:46:42糞便の小山を築くと、炎で身を清めてまた飛び立つ。いずれまた戻ってくるつもりで。 ちなみに竜の排泄した後は、痩せた土地であろうと命が萌える。驚くべき速さで、影の国から齎された植生が繁茂し、ちょっとした森が広がってゆくことになる。
2019-12-13 22:49:24中には一本の禍々しい苗木が見える。ところどころ焦げつき、力のほとんどを失っているが、どこか邪(よこしま)な魔法の残滓がある。 しかし、地元の男衆が切り落とす。 「なんて硬さだ…さほど太くもないのに斧が何本もだめになった」 「だがこれなら…鉄の太矢と変わらぬ強さがある」
2019-12-13 22:52:33