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前回の話
以下本編
◆◆◆◆ この物語はエルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系のウハウハドスケベご都合ファンタジー。 今は六代目ダウバの話。食べるのと料理が好きな大柄な少年。 父の飼っているエルフの女奴隷を、いつか最高の一皿にして食べたいと思っている。そのため世界一の料理人、料(はか)り手になるのだ。
2019-11-25 21:11:34ダウバは生まれ育った影の国を飛び出し、竜の曳く船に乗って空を駆け、はるか東の果て、天子の国までやってきた。 この地の南の都には一流の料り手が何百と働く大餐庁(グランドレストラン)があり、世界の頂点を決める料理大会「味比べ」も開かれる。
2019-11-25 21:14:46まずは大餐庁に入るだけの腕を身につけるため、天子の国随一の料り手と評判をとる荼師のオボロに弟子入りする。 厳しい修行の日々が始まった。 だが頑張れダウバ。世界一の料り手になり、エルフの女奴隷を最高の料理に仕上げるその日まで。
2019-11-25 21:17:12「我が門派で料理を学ぶにあたって、まず第一に心得ねばならぬこと…それは何か解りますか?」 ほっそりとした肢体に絹衣をまとった年齢不詳の美女がそう尋ねる。黄みがかった膚に糸のように細長い双眸、豊かな黒髪という、いかにも東の果ての民らしい容姿だ。
2019-11-25 21:19:34神妙に聞いているのは暗い肌に尖った耳、横幅の広い男児だ。 「なんだべ?」 「料理をふるまった客に…食中(あた)りを起こさせぬこと!」 「食中りだか」 「どれほど巧みな料理を作ろとも、食べた客が腹を下し、病にかかり、あるいは毒が回っては何の意味もありません。故に…清潔!」
2019-11-25 21:21:28「んだか」 「厨房は常に清潔に保ち、野菜くず一つ落ちぬようにすること、これは大餐」庁でも新入りから古参の超級厨師まですべてが徹底して守ることです」 「オラも気つけるだ」
2019-11-25 21:23:42ダウバは年頃にしては広い肩をそびやかす。 「台所さ清らかに保つだな。あたりにいる小さな目に見えねえ命やら虫やら鼠も殺せちゅうことだべ。食中り起こす毒の素(もと)も命がこさえて、命が運んでくるだものな。殺すのは得意だど」 「結構。料理に毒をもたらすものは鏖(みなごろし)になさい」
2019-11-25 21:28:37「承知したど」 「清潔に保ち、病毒の素を寄せ付けぬようにした台所は、掃除のたびに奪わねばならぬ命も少なくて済む。殺生の数も減らせます」 「んだべ。あ!世の中の命をみんな奪っちまえばもっと殺生減らせるだ」 「それでは料理の材料が得られません」 「んだ…」 「ですから厨房を清潔に」
2019-11-25 21:32:13なよやな師匠はずんぐりした弟子にさらに教えを垂れる。 「次に材料。できる限り新鮮なもの、傷んでいないものを選び、また信のおける仕入先から得たものを使いなさい。産地にも気を配り、味の違いや滋養の差…さらに土や水の毒がないかを考えること」 「土や水の毒だか?」
2019-11-25 21:34:09「かつてこの地が北は天子の国、南は竜を崇める国に分かれて争っていた頃…そう昔の話ではありませんが。南の竜の帝を弑(しい)さんと、北の刺客となった料り手がいました。土や水に毒を染ませ、味のよい茸に吸わせて育てたのです」 「頭ええだなあ…」 「むろん、毒見役が止めましたが」
2019-11-25 21:36:23「だども、毒が入った方がうまかったらどうすべ?」 「多少の毒ならばよいでしょう。つきつめれば麻、辣、酸、苦、渋といった味は毒を察する舌のはたらきに帰します。ですが、意図せずして毒を肴(さかな)に取り込んでは料り手の資格なし。厨房の清潔と食材の安全は、すべての技芸に優先します」
2019-11-25 21:38:55「承知しただ」 「では…掃除を始めなさい!」 オボロの指図でダウバはてきぱきと働いた。床拭きから皿洗い、料理屑の処分まで、もっさりしたうわべに似合わぬ敏捷さでそつなくこなす。 「好(よし)!あなたは隠れた黴や垢、埃だまりまですべて見つけられるのですね」
2019-11-25 21:42:15「どれも沢山の命だもの。清めるたび、数え切れないほどたくさんの声で死にたくねえって叫ぶだ」 「情け無用」 「んだ。うまい料理のためだべ。食う側の楽しみのためだべ」
2019-11-25 21:44:53荼師が技を授けたものの中でも、影の国の世継ぎほど掃除と食材選びに長けたものはいなかった。 「オボロさ。この硬菜が一番生き生きしとるだ。土に戻ればまた根を張って水を吸って命さつなげると思っとるだ」
2019-11-25 21:48:40「あなたの、その命を感じ取る力にだけ頼ってはなりません。艶、匂い、手ざわり…音、店のものの言葉…あらゆる面から良し悪しを見極めるのです」 「解っただ」
2019-11-25 21:49:39ダウバはあっという間にオボロの与えた課題に答えた。 さらに食材それぞれの名前、味、ほかとの相性、産地ごとの癖、旬、含まれる滋養と体の障りとなる面、等々を砂が水を吸うように知り抜いていった。 菜園で働き、家禽を養い、糞便の世話も絞めるのも厭わなかった。
2019-11-25 21:53:55「オラ、もっと知らねばなんね。もっと…もっと…命を奪うことを」 「天子の国には、君子は厨房に入らずという言葉があります。人の上に立つものは、殺戮に慣れ過ぎては、いざという時に慈悲を働かせられぬという意味です。あなたはどうでしょうダウバ」 「オラ、人の上には立たねえだ」
2019-11-25 21:55:32だが、ダウバは日ごと機嫌よくすべての修行を片付けて、寝間に入ると、呻くように泣き叫んだ。涙と声もまた命を奪うのを知っていたが、止められなかった。
2019-11-25 21:57:02"おっほっほ、ダウバよ。麿に美味なるものを作ってたも。牛奶蛋糊派(カスタードパイ)が所望でおじゃる" 布団の横に鎮座する巨釜の中から声がそう告げる。少年はよあら頭を上げて、にっこりした。 「んだ。すぐ作るだ」
2019-11-25 22:00:30夜は明け日は暮れ、季節は移る。 過去に茶館で見習いについた誰よりも早くダウバは厨房で包丁と鍋を振るうようになり、作り出す菓子も料理の味もたちどころにオボロに迫った。 だが師匠は満足しない。 「遅い…あなたは正しく確かに動くが…遅い!遅いのは無駄があるからです!早く!もっと早く!」
2019-11-25 22:14:04