苦海浄土 石牟礼道子

1
GMBO2008 @GMBO2008

そらもう仕様もなかが、わが口を養う茶碗も抱えられん、箸も握られんとよ。足も地(じだ)につけて歩きよる気のせん、宙に浮いとるごたる。心ぼそか。世の中から一人引き離されてゆきよるごたる。うちゃ寂しゅうして、どげん寂しかか、あんたにゃわかるみゃ。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:04:53
GMBO2008 @GMBO2008

ただただじいちゃんが恋しゅうしてこの人ひとりが頼みの綱ばい。働こうごたるなあ自分の手と足ばつこうて。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:04:54
GMBO2008 @GMBO2008

海の上はほんによかった。じいちゃんが艫櫓ば漕いで、うちが脇櫓ば漕いで。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:04:55
GMBO2008 @GMBO2008

沖に出てから、あんた、心配せんでよかばい。うちが舵とるけん、あんたが帆綱さえ握ってこちょこちょやれば、うちが良うかとこに連れて行くけん。うちは三つ子のころから舟の上で育ったっだけん。ここらはわが庭のごたるとばい。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:05:47
GMBO2008 @GMBO2008

それにあんた、エベスさまは女ごを乗せとる舟にゃ情けの深ちゅうでっしょ。ほんによか風の吹いてきたばいあんた、思うとこさん連れてゆかるるよ。ほうらもうじき。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:05:48
GMBO2008 @GMBO2008

彼女はそんなふうに目を細めていつもひとりでしゃべっているのだった。茂平やんは鼻から息の抜けるような安らかな、声ともいえぬほどの返事をするのであったが、二人はそれで十分釣り合った夫婦であった。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:05:48
GMBO2008 @GMBO2008

そんな日なたくさいあをさを、ぱりぱり剥いで、あをさの下についとる牡蠣を剥いで帰って、そのようなだしで、うすい醤油の、熱いおつゆば吸うてごらんよ。都の衆たちにゃとてもわからん栄華ばい。あをさの汁をふうふういうて、舌をやくごとすすらんことには春はこん。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:07:24
GMBO2008 @GMBO2008

自分の体に二本の足がちゃんとついて、その二本の足で体をちゃんと支えて踏ん張ってたって、自分の体に二本の腕のついとって、その自分の腕で漕いで、あをさをとりに行こうごたるばい。うちゃ泣こうごたる。もういっぺんーー行こうごたる。海に。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-30 00:07:25
GMBO2008 @GMBO2008

いかなる死といえども、ものいわぬ死者、あるいはその死体はすでに没個性的な資料である、とわたくしは想おうとしていた。死の瞬間から死者はオブジェに、自然に、土にかえるために、急速な営みをはじめているはずであった。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 13:57:23
GMBO2008 @GMBO2008

病理学的解剖は、さらに死者にとって、その死が意志的に行うひときわ苛烈な解体である。その解体に立ち合うことは、わたくしにとって水俣病の死者たちとの対話を試みるための儀式であり、死者たちの通路に一歩たちいることにほかならないのである。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 13:57:25
GMBO2008 @GMBO2008

「ほらね、今のが心臓です。」 武内教授はわたくしの顔をじいっとそのような海の底にいて見てそういわれた。青々とおおきく深い海がゆらめく。わたくしはまだ充分持ちこたえていたのである。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:13:56
GMBO2008 @GMBO2008

ゴムの手袋をしたひとりの先生が、片掌に彼女の心臓を抱え、メスを入れるところだった。わたくしは一部始終をじっとみていた。彼女の心臓はその心室を切りひらかれたとき、つつましく最後の吐血をとげ、わたくしにどっと、なにかなつかしい悲傷のおもいがつきあげてきた。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:13:59
GMBO2008 @GMBO2008

死とはなんと、かつて生きていた彼女の、全生活の量に対して、つつましい営為であることか。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:14:00
GMBO2008 @GMBO2008

ーー死ねばうちも解剖さすとよ。 漁婦坂上ゆきの声。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:14:00
GMBO2008 @GMBO2008

大学病院の医学部はおとろしか……。 人間ば料(こさ)えるふとかマナイタのあるとじゃもん。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:14:01
GMBO2008 @GMBO2008

ああおかしか。また想い出した。 うちゃな、大学病院のながあか廊下ば、紙でぎょうさん舟ば作ってもろうて、曳いてされきよったとばい。紙で伝馬船ばたくさん作ってもろうて。うちがぐらしかちゅうて、看護婦さんの作ってくれよらした。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:44:23
GMBO2008 @GMBO2008

それに糸つけてもろうて長うに引っぱって、舟には看護婦さんたちの、キャラメルじゃの、飴んちょじゃの、いっぱい積んでくれよらした。 うちゃその舟ば曳いて、大学病院の廊下ば、 えっしーんよい えっしーんよい ちゅうて網のかけ声ば唄うて曳いてされきよったとばい。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:44:25
GMBO2008 @GMBO2008

自分の魂ばのせて。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:44:25
GMBO2008 @GMBO2008

人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろうか。うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ば漕いでニ丁櫓で。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:44:26
GMBO2008 @GMBO2008

漁師の嫁御になって天草から渡ってきたんじゃもん。 うちゃぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生まれ替わってくる。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2019-12-31 14:44:26
GMBO2008 @GMBO2008

九竜権現さま えびすさま こんぴらさま 天照皇大神宮さま お稲荷さま お稲荷さまの小さな鳥居 むかし爺さまの網にかかってきて、 それがあんまり人の姿に似ておらいたけん、 自分と子孫のお護りにといただき申してきた沖の石 御先祖さまのお位牌 「苦海浄土」 石牟礼道子

2020-01-01 22:24:36
GMBO2008 @GMBO2008

どこのお宮のお守りかもう覚えこなさんが、 御嶽さんやらイツクシマの神さまやら、 四国のお寺に詣って来た人たちから貰いあつめたお札 あの写真なさち子の、はい、 さち子とは孫たちを産んだ母上の名でござす。 そのさち子の写真 二度とこの家に戻っては来んおなごでーー 「苦海浄土」 石牟礼道子

2020-01-01 22:24:38
GMBO2008 @GMBO2008

石ころ 石ころは、さち子がこの家にくる前に流した赤子たちで 死んで生まれてもやっぱりここの孫たちとはきょうだいで、 拝んでやらねば浮かばれん仏たちでござす。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2020-01-01 22:24:38
GMBO2008 @GMBO2008

きたかきたか、杢。 ここまでけえ、爺やんが膝まで、ひとりでのぼってみろ。 おうおう、指もひじもこすり切れて、血のでとる。今日はえらいがま出したねえ、おまえも。こら清人、富山の入れ薬にまちっと赤チンの残っとったろが。持ってけえ。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2020-01-01 22:39:18
GMBO2008 @GMBO2008

おるげにゃよその家よりゃうんと神さまも仏さまもおらすばって、杢よい、お前こそがいちばんの仏さまじゃわい。爺やんな、お前ば拝もうごたる。お前にゃ煩悩の深うしてならん。 「苦海浄土」 石牟礼道子

2020-01-01 22:39:19