エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~7世代目・その8~

白の錬金術師の反撃が始まる ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ
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帽子男 @alkali_acid

「我が名はダウバ。影の国の太守。魔国を建てしもの。北朝の滅びである」 西方語に起源を持つ騎馬の国の言葉を正確に用いながら口上を述べる。 言葉は殷々と野に響き渡った。

2019-12-29 20:23:11
帽子男 @alkali_acid

「北朝の裔よ。失地の回復を求め攻め来ったは承知。いたずらに戦を長引かせず、大将同士の一騎打ちにて今ここで決着をつけようぞ」

2019-12-29 20:24:27
帽子男 @alkali_acid

答えを待たず、黒の料り手は徒手空拳のまま重武装の騎士団へと歩みよってゆく。 手指にはまった指輪が脈打つ。恐れか怒りか昂ぶりか。呪いに意思があるならば、光と闇との再びの対決に何を思うか。

2019-12-29 20:26:15
帽子男 @alkali_acid

騎馬の国の軍勢のあいだでは、軍将である姫騎士のかたわらへ、補佐を務める老騎士が駒を並ばせる。 「姫様。あれこそ魔王に相違いなく」 「大兵肥満の怪物と聞いていたが」 「あの声は耳にこびりついて忘れられませぬ」 「何かおかしいところは」 「巨釜を担いでおりませぬ」

2019-12-29 20:28:14
帽子男 @alkali_acid

「巨釜か」 「魔王の巨釜こそやつの力の源、我等の騎士をあそこに放り込み生きながら茹で殺し、手勢の鬼にふるまったかと思えば、菓子や料理をとりだしてみずから食らうのです」 「食らう?戦のさなかに食事を」 「はい…すると奴の力は目に見えて増します」 「…おかしな怪物だ」

2019-12-29 20:29:47
帽子男 @alkali_acid

「巨釜は礫のように投げつけ、あるいは振り回して、こちらの兵を潰したかと思えば、矢や槍を弾く盾ともなる攻防一体の武器でもあります。やつがこたびはあれを携えておらぬのは好機やも」 「策があれば聞いておく」 「まずは速駆けを送り、小手調べを」

2019-12-29 20:32:22
帽子男 @alkali_acid

「うん。それで」 「奴の力のほどが解れば引かせ、あとは左右に隊を分け挟み撃ちにいたしましょう。やつが弱ったところで姫様はとどめを」 「なるほど参考になった。だが犠牲が大きくなるようだな。俺は一騎打ちに応じる」 「なりません!」 「副将が主将に逆らうな。お前達は下がれ」

2019-12-29 20:34:43
帽子男 @alkali_acid

姫騎士デルーヘナは配下を置いてみずから先鋒となる。 鎧兜に固めた武人はそろって歯ぎしりするが、軍将の誉を汚せはしない。

2019-12-29 20:36:15
帽子男 @alkali_acid

だが仔馬が一頭ついていく。背には、半丈と呼ばれる小柄な民の娘。 「アドク。さがっていろよ」 「私は従者だから。数に入らないよ」 「魔王は小さい人だからと容赦しないぞ」 「危なくなったら逃げたり隠れたりするから。そういうの得意なんだ…ねえ、それより解ってる?」 「ああ」

2019-12-29 20:38:34
帽子男 @alkali_acid

「私達をずっと追ってきてる奴等のこと。つかず離れずでさ。こっちを攻める気配はないけど」 「魔王の伏兵かもな。いちおう爺には警戒するよう伝えてある」 「ならいいけど」

2019-12-29 20:40:13
帽子男 @alkali_acid

英雄と魔王は対面した。 容貌を黒鱗に覆われたみるも恐ろしげな男は、耳まで裂ける笑いを浮かべ、牙を覗かせつつ告げた。 「一騎打ちに応じるのだな」 「応じる」 「先に教えておく。我は命あるものから産み落とされたものには決して討たれぬ」 「俺は死んだ母の胎から取り出された。この馬と同じ」

2019-12-29 20:43:20
帽子男 @alkali_acid

ダウバは不満げにうなり、脅すように腕をのばし、掌を開いた。 「だが我は魔法の指輪を帯びている!この指輪がある限り黒の乗り手は不滅!指輪が影の国に戻れば必ず新たな肉の器を得て蘇るのだ」 「じゃあ指輪も斬ってやるよ」 「いかなる剣にも指輪は斬れぬ、いかなる鎚にも潰せぬ」

2019-12-29 20:45:37
帽子男 @alkali_acid

デルーヘナが竜の兜の奥で双眸を煌めかせる。 「ご自慢だね」 「そうとも。恐れるがよい。怯えるがよい。今日の戦いで敗れようとも、お前の技を知った我は再びより強くなって蘇るのだ。人間には指輪を封じられぬ…妖精しか知り及ばぬであろう…だが騎馬の国に妖精との縁はあるまい」 「どうかな」

2019-12-29 20:47:15
帽子男 @alkali_acid

「虚勢を張るな小娘。騎馬の国の定命のものが緑の森を見出せるか?金の森に鷲の高巣、白鳥の湖、五つの丘、海底の街や船作りの港…わけても妖精族随一の賢者たる風の司が住まう深き谷は遥かに遠い」

2019-12-29 20:51:24
帽子男 @alkali_acid

姫騎士のかたわらで従者が小さな頭を振り、必死に言葉を紡ぐ。 「耳を貸しちゃだめだ!こいつの言葉は何か変だ!頭の中に入り込んで、こびりついてくる!」 「竜の言葉に抗うな。小さきものよ…ただ聞くのだ…お前には…定命のものには何もできぬ…妖精郷は人間の地から隔てられ、辿り着けぬもの」

2019-12-29 20:53:16
帽子男 @alkali_acid

「そうかな?」 小人が拵えた真銀の鎖帷子をまとう少女は聞き返しながら、身の丈ほどもある黒剣を楽々と引き抜く。 「騎馬の国の論客、朽縄の舌は妖精郷のありかを知る…深き谷へ向かったぞ」 「決して帰らぬであろう。妖精はよそものを好まぬからだ」 「あいつは戻る。ぺちゃくちゃ土産話もするさ」

2019-12-29 20:55:58
帽子男 @alkali_acid

魔人は哄笑した。 「ならば、お前はここで死ぬがよい!二度とその男に会わぬようにな」 「ふん」 英雄が漆黒の刃を叩きつけると、漆黒の鱗が鎧となり受け止める。

2019-12-29 20:57:27
帽子男 @alkali_acid

かつて同じ竜の牙と爪を除けば何ものにも傷つかなかった守りはしかし破片を散らして爆ぜた。 「ぐおおお!!!」 「どうした怪物!」 反撃に出たダウバが紅蓮の炎を吐きつけた時には、炎の鬣の馬は躍り上がって躱していた。

2019-12-29 20:59:16
帽子男 @alkali_acid

「小癪な!」 「ふん」 さらに切りつけようとする姫騎士の前で、魔王の痩躯は膨れ上がり、再び咆哮を発した。 あわれ仔馬と従者は気を失い、赤馬と英雄も一瞬動きを鈍らせる。

2019-12-29 21:01:08
帽子男 @alkali_acid

最前まで魔国の君主が立っていた場所には、四つの首を持つ巨竜がいた。 「お前の肉はうまそうだな。引き裂き食らうてもよいな?」 「あんたの肉は…硬くてまずそうだ!」 少女は雌馬を駆って、とうてい太刀打ちのできそうもない怪物の周囲を巡りながら、黒剣を振るう。

2019-12-29 21:03:21
帽子男 @alkali_acid

風が炎が、雷が毒が、四つの首から息吹となって襲い掛かるが、紙一重で姫騎士はすりぬけ、黒鱗で守られた小山の如き胴に傷を刻みつけてゆく。 「ふん…」 竜の頭をかたどった兜の奥で、デルーヘナは笑っていた。楽しくてたまらないというように。

2019-12-29 21:05:08
帽子男 @alkali_acid

「魔王…ダウバ…」 とほうもない大きさのくせに俊敏で容赦ない攻撃を繰り出してくる四つ首の竜に、少女はわずかな隙を見出そうしながら、心のうちで憎むべき先祖の仇の名を反芻する。 「…こいつが…俺の敵!」

2019-12-29 21:06:42
帽子男 @alkali_acid

初めて会った。 全力をぶつけてもこゆるぎもしない相手。 あらゆる技の限りを尽くしても狩れない獲物。 死の舞踏を最後まで踊り切ることのできる伴侶。 ダウバ。黒の乗り手。魔王。竜の化身。

2019-12-29 21:08:04
帽子男 @alkali_acid

騎馬の国随一の英雄、騎士の花、男勝りの騎士は、年頃の娘にふさわしくつつまやしやかな胸の奥で心臓を高鳴らせていた。 そう。 これが。 デルーヘナの初恋だった。

2019-12-29 21:09:03
帽子男 @alkali_acid

黒剣の刃が鱗を削ぎ、肉を切り、骨まで届くと、ダウバは猛り狂った。指輪は、呪いはついに罠にはまったことに気づき、奴隷である黒の乗り手に命令していた。戦え。全力で戦え。死に抗い、命をつなげ。光の民に闇の宝を渡すな。運命に逆らうなと。

2019-12-29 21:11:40
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