エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~7世代目・その8~

白の錬金術師の反撃が始まる ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ
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帽子男 @alkali_acid

「ならばなぜ悲しげなのじゃ!ダリュはまことは父様に死んでほしくなどないのじゃ!」 「ダウバ…魔王が死ねば、エルフと西方人の双方にとって災いが消える…呪われた我が身の作った災いが…」 「ダリュ!」 「…私は…」

2019-12-29 19:07:56
帽子男 @alkali_acid

エルフの女奴隷は、主人の名代を離した。 「私こそ…いつも誓いを守れぬ…あさはかな奴隷だ…」 「よいのじゃ!誓いなど父様のためなら何度でも破れば!」 黒の繰り手は双眸を複眼に変え、背から節足を生やすと、銀の糸を吐いた。まるで重さがないように煌めく繊維はまっすぐに高みへ伸びてゆく。

2019-12-29 19:10:12
帽子男 @alkali_acid

蜘蛛の魔人は迅雷の速さで巨釜の口へと攀(よ)じ上がっていった。 「父様!こなたもゆく!こなたが父様を守る!呪いだろうと災いだろうとこなたが引き裂いて見せる!」 だがあとわずかというところで巨大な虹の瞳が蓋をするようにあらわれた。

2019-12-29 19:12:31
帽子男 @alkali_acid

“おっほっほ。美味なるものを食べておるようだのキージャ” 竜の帝だ。 「敖閃!手を貸せ!ともに父様を追うのじゃ!」 “おっほっほ。麿はやんごとなき雅な竜故、つまらぬまねはせぬ…が…ダウバめへそを曲げると美味なるものをこさえぬからの” 「そうじゃ!父様が死んでは珍味佳肴もできぬ!」

2019-12-29 19:15:08
帽子男 @alkali_acid

“麿に看守のまねごとをさせるとは、ダウバのやつ、まっことエルカノールにも似て厚顔なやつでおじゃる” 「何を言うておるのじゃ!」 竜帝の眼は消え、本物の蓋が閉じると、一瞬あたりは翳りすぐ、やがてすぐ明るさが戻ってくる。出口は透明な壁があるように通れなくなっていた。

2019-12-29 19:17:12
帽子男 @alkali_acid

「敖閃!なぜじゃ!父様が!父様が!」 “おっほっほ。おっほっほっほ…まっこと…腹立たしいでおじゃる…後で世界を滅ぼすでおじゃる” 「敖閃!」

2019-12-29 19:18:13
帽子男 @alkali_acid

巨釜の外へ出た魔王は、影の国を取り巻く外輪山に、祖先たる指輪作りの築いた物見の塔のひとつに上がっていた。 蟠る闇のごとき朧な姿が、跪いている。 「魔王よ…騎馬の国は影の国を攻める…もはや軍は興ったやもしれぬ」 塚人カゲノツキ。西方に入り込み、亡者の声を聴く命なき間者。

2019-12-29 19:21:22
帽子男 @alkali_acid

「んだ。戦の匂いさすっだ。鴉も狼も蝙蝠も…さすらいの民も、鬼の血さ引く民も…平和ちゅうとるだ…だども死者さ見通す」 「この戦を利用し、呪いに挑むか」 「んだ。デルーヘナさ立派な騎士だな?望んで戦するだな?」 「ああ。戦こそがかの娘の歓び」 「心根の優れた女だな?」 「若くとも傑物」

2019-12-29 19:24:41
帽子男 @alkali_acid

「カゲノツキさの眼に叶うなら間違いね」 「お前の先祖たる最初の黒の乗り手、牙の部族の大酋長に似る…当代の最強のもの…あるいはそれに近きものだ」 「最強のもの…んだ。風の司ロンドーさ加えてもう一つの鍵だ。おっどぉさ呪いさ断とうとしたあのおひとさ退けてしまっただ…何でかて」 「力」

2019-12-29 19:28:21
帽子男 @alkali_acid

「んだ…力だ。正しさ、見通す目だけで運命さ変えられね。手がいるだ。何ものをも打ち砕く拳さいるだ。ロンドーさ正しさがあっても力さ及ばなかった。だども…恐怖の大王ヴクラーサン、最強のものはおっどぉに勝っただ」

2019-12-29 19:29:39
帽子男 @alkali_acid

「だがヴクラーサンも呪いは断てなかった」 「ヴクラーサンは、ロンドーのような正しさ、見通す目さなかっただ。ヴクラーサンの眼さ怒りと悲しみに曇ってただ。定命のもんさそういうもんだ。この世の不幸から超然として正しささ掴めね」 「だが最強のものは常に定命」 「んだ…」

2019-12-29 19:31:32
帽子男 @alkali_acid

ダウバは頷く。 「そこは…オラがうまくやるだ」 「六代目の黒の乗り手よ。お前はもはや不死なるものに近く、運命は揺らぎ、我が虚ろな眼には無数の道が枝分かれして見える。ここにおいて確たる予言を伝えれば即座に運命は変わり、決して捉えられぬ逃げ水の如く移ろうだろう…故…」 「もう十分だで」

2019-12-29 19:35:51
帽子男 @alkali_acid

カゲノツキ、亡者の王は薄い鉄の面を挙げて問う。 「あいまいな言葉として伝えねばならぬが…見落としはないか。ダウバ」 「見落としだか」 「よく考えよ。呪いは…指輪は…お前の知恵を欺くため、お前の心から何かを隠すかもしれぬ…誰かとよく話し合ったか」 「先祖の知恵さ助けてくれるだ」

2019-12-29 19:38:29
帽子男 @alkali_acid

「お前の先祖はお前と同じく指輪の奴隷なのだ。ナシールをもってしても、指輪が隠すことに考え至るのは難しいのだ。なればこそマーリもオズロウも躓いた」 「…見落としだか」 「先祖が子孫のためにしたことがかえって逆に働くこともある」 「オラ…解んねえだ」

2019-12-29 19:40:33
帽子男 @alkali_acid

黒の料り手はかぶりを振る。 「だども、呪いさそう働くなら、オラが幾ら粗を探して消したところで、限りはねえだ。料理と同じだ。手順と時機が決まったらためらってはなんね。火加減も素材の味も頃合いを逸すれば台無しになるだ…騎馬の国の姫騎士さ戦に逸る今こそ…挑む時だ」 「相解った…武運を」

2019-12-29 19:42:36
帽子男 @alkali_acid

「魔国の沙汰さ任せるだ。オラさ、マーリさ助けた影地歩きみてえな軍師さいね。カゲノツキさ頼るしかねえだ」 「承った」 塚人の応諾をしおに、魔王は翼ある獣を呼び、背にまたがって西へと飛翔する。

2019-12-29 19:45:43
帽子男 @alkali_acid

カゲノツキは山を下ると、みずからの遠き子孫である黒い西方人の街を訪れた。 「闇の女王の声よ。先触れの務めを果たすときが来た」 「亡者の王よ。していかなる触れを広めるべきか」 「魔国の隅々に行き渡らせよ。終わりの時がきた。鬼と鬼の血を引くすべては影の国へ退散せよと」

2019-12-29 19:47:40
帽子男 @alkali_acid

「女王の御意思か」 「黒の乗り手の意思」 「闇の軍勢は強く光は弱い。魔国は後千年は栄えましょう。人と鬼、光と闇が手をとりあって暮らす世が生み出せましょう」 「だが、魔国を終わらせるのが黒の乗り手の意思なのだ」

2019-12-29 19:50:35
帽子男 @alkali_acid

夜馬にまたがり闇の衣をまとった白子の乙女等は、雌鬼の護衛っを伴って、東西に長く伸びる魔国へ散っていった。すでに幾度も撤収に備えよとの触れは出ていたが、ついにその日が来たのだ。

2019-12-29 19:52:17
帽子男 @alkali_acid

いまだ農場に残る牙と爪ある農夫や農婦は、愛し慈しんだ土地を捨て、作物を保護する人参を引き抜き、植物が泣き叫ぶ声に合わせておめきつつ、東へと帰っていった。 復讐に燃え害獣の駆除を願ってやまぬ西方人の鎧武者も手を出しかねる鬼気ではあった。釜茹での記憶もまだ褪せていなかったことだし。

2019-12-29 19:54:57
帽子男 @alkali_acid

だが鬼の血の薄い民のあいだには迫害の恐れをおして居残るものもあった。 純血の人間のあいだに紛れ潜みながら、影の国の耳目となり、東方を滅ぼし殺しつくそうと企む西方の諸力を見張るため、危険な役目を進んで引き受けたのだ。

2019-12-29 19:57:22
帽子男 @alkali_acid

ともかく話は魔国を建てた魔王に戻す。 ダウバは翼ある獣に乗り、騎馬の国と魔国の境に降り立った。 すでに戦鬼の守備隊は一匹残らずいなくなっており、山の下の王国様式を発展させた堅固な砦はがら空きになっていた。

2019-12-29 20:09:29
帽子男 @alkali_acid

土埃を蹴立てて進む煌びやかな甲冑の騎士団を地平に認めると、またがってきた怪鳥を振り返る。 「おめさ、ここさいては姫騎士の剣に首さ落とされるだ…黒の乗り手を乗せたばかりに命さとられるは哀れだで。影の国さ帰るだな」 獣はしゃがれた声で鳴き醜い頭をこすりつけたが、主はそっと押しやった。

2019-12-29 20:17:23
帽子男 @alkali_acid

皮膜の羽を持つ原始の生きものは飛び立つと、もう一度きしるような叫びを発し、東へとはばたいていった。 魔王は見送ると、向き直って、敵軍を眺めやり、咆哮を放った。

2019-12-29 20:19:39
帽子男 @alkali_acid

騎馬の国の戦慣れした優駿はそろって棹立ちになり、鞍上の武人も甲冑のうちで身を竦ませた。ただ一騎、炎の鬣を持つ雌馬だけは畏れず駆けゆこうとするが、主が手綱を引いて止める。

2019-12-29 20:21:13
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