エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~7世代目・その8~

白の錬金術師の反撃が始まる ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ
4
前へ 1 2 ・・ 9 次へ
帽子男 @alkali_acid

巨釜。 かつての影の国の太守、黒の鍛え手マーリが、世継ぎ黒の渡り手オズロウの子守とするため作り上げた鋼鉄と玻璃と磁器でできた一品。 精霊の魔法により外側より内側が広くなるよう空間を折り畳んでできている。 一時は妖精の妃騎士や竜の帝が入り、住まいにふさわしかるべく呪文をかけ整えた。

2019-12-29 17:39:46
帽子男 @alkali_acid

今ふたたび巨釜は、二柱の魔人とその女奴隷の水入らずの宴の場として役目を受けた。 勿論決して窮屈ではない。 影の国の婢(はしため)たるダリューテが日頃暮らす緑の谷が丸ごと収まり、小川もあれば泉もある。草木は豊かに色とりどりの花を咲かせ、甘い果をならす。

2019-12-29 17:42:56
帽子男 @alkali_acid

澄んだ水に煌めく鱗の金鱒は泳ぎ、灌木の間に玉蜂も唸り、銀糸雀や闇啼鳥は歌い、妖猫は翼ある獲物を物欲しげに見ながらも、おとなしく乳と変わらぬ滋養を持った豆粥をすする。魔狼は人肉味の干し茸をかじって過ごす。 四阿には蝙蝠の絵柄の磁器と玻璃の器、蜘蛛の模様の寝具や絨毯がある。

2019-12-29 17:47:31
帽子男 @alkali_acid

目の見えぬものでも楽しめるよう香木に精緻な彫刻を施した調度も置いてある。楽士が手慰みに奏でられるよう、黄金の竪琴や白金の排笛(パンパイプ)、硬玉の鈴を吊るした絹張の太鼓もある。

2019-12-29 17:53:59
帽子男 @alkali_acid

さまざまな曲を爪弾かずとも鳴らす自鳴琴(オルゴール)も。 乙女を思わすしなやかな輪郭のからくりのしもべと、同じくどこかなよやかな肢体に花をびっしりとつかせた人参(マンドレイク)のしもべとが呼ばれれば音もなくあらわれ、庭師や小間使いのつとめをはたす。たいていは眠りについているが。

2019-12-29 17:57:25
帽子男 @alkali_acid

近頃は目にも綾な裳裾や洋袴、胴着、靴や帽子や化粧具もあまた届くようになった。多くはすぐ、影の国の地下宮殿にある大衣装室に運んでゆかれしまわれるが、選び抜かれた幾そろいかは、緑の谷に残る。

2019-12-29 18:01:31
帽子男 @alkali_acid

「…志操のまともな騎士であれば三日で気の狂う奢侈よな」 仙女にして奴婢たるダリューテは、純白の天鵞絨(びろうど)に金糸を縫い取った胴着と、金の真珠と白の珊瑚玉を散らした象牙色の絹地の腰巻、山吹色の地に白で這い登る花蔓を描いた泥竜(ないろん)の股引をまとっていた。

2019-12-29 18:06:57
帽子男 @alkali_acid

妖精のならいではないが、うっすらと膚を白磁の如く艶めかせる化粧を施し、切れ長の瞳の端と唇の上に、ほんんおかすかに金色に煌めく粉を置いている。白檀を思わせる香水があるかなきか程度にだだよっている。

2019-12-29 18:08:46
帽子男 @alkali_acid

そばに侍る二柱の魔人はというと、 ダウバは厨師にふさわしい簡素な黒づくめの洋袴と胴着、だが腰には深緑の帯を締め、翡翠と黒玉の飾りを挿している。 キージャも縫匠にふさわしい裳裾、ただし闇色の一着をまとい、長髪を詰めて結い、紅玉髄と黒瑪瑙の簪(かんざし)をつけている。

2019-12-29 18:12:53
帽子男 @alkali_acid

供される料理は、大ぶりの無花果に鴨肉の燻製や山羊の乳酪を詰めた暖かい前菜、鮭のすり身に洋葱と茴香を利かせて凝らせた冷たい前菜、爽やかな洋梨酒を加えた薄切りの馬鈴薯といんげんの羹(あつもの)、安息の国風の豆の揚げ物、裏ごしした玉蜀黍のたれをかけた伊勢海老の蒸し焼き。

2019-12-29 18:27:06
帽子男 @alkali_acid

狩をたしなみとする貴顕が好む猪の炙り焼きもある。すりおろした林檎を添えて味わう。 麺麭(パン)は胡桃や巴旦杏を細かに砕いて混ぜて焼いたもので、歯ざわりは固めだ。 酒は葡萄から作ったもので紅白がある。白は果が枝になるうち醸された貴腐酒、紅は果が凍てつき水気を落としてから醸した氷酒。

2019-12-29 18:32:44
帽子男 @alkali_acid

影の国の奴隷が指一本動かさないでいるうちに、太守とその世継ぎは次々に皿にとっては給仕する。 「お前達…よもや私を太らせてから食うつもりか」 「んだ。薄焼菓子ちゃんさ、もっともっと肉さついた方がうまそうだど」 「…っ…やめぬか」

2019-12-29 18:34:40
帽子男 @alkali_acid

ダウバは何も摂らなかったが、キージャは健啖ぶりを示した。 「ダリュ!これも絶品じゃ!」 「…そう次々入らぬ…」 「一口だけでも味わうのじゃ」

2019-12-29 18:36:35
帽子男 @alkali_acid

食後は薄焼菓子に紅茶がつく。 空になった皿は、ダウバが竜の火を吹きかけて浄めると、宙に蛇の如くうねる水の流れが取り込んで磨いてから、風が渦を巻いて乾かし、地から生えた人参の侍女が片付けてゆく。

2019-12-29 18:38:55
帽子男 @alkali_acid

「薄焼菓子ちゃんさ腹さいっぱいだか?まだ踊れるだか」 「…私は今宵は踊らぬ。竪琴を貰おう。キージャの服が踊りに向くか眺めたいがどうだ」 「解っただ」

2019-12-29 18:41:18
帽子男 @alkali_acid

仙女が黄金の竪琴を爪弾く横で、乙女にしか見えぬ丈夫と、性別の定かならぬ竜の化身とは手をとりあって踊った。 どちらも先祖たる牙の部族の血のせいか、大変な長身だが釣り合いはとれている。 「父様…まことにダリュを譲ってくれるのかや?こなたは…もう少し待ってもよいぞ?」

2019-12-29 18:44:12
帽子男 @alkali_acid

「んだ…だどもオラに誓ってほしいことさあっだども」 「何じゃ。何でも言うてみよ」 「…うちの一族は誓いさ破ってばっかだども…ラヴェインさ決して命を奪わねえと誓った相手さ殺め…マーリさ救うと誓った相手さ救わなかっただ…」

2019-12-29 18:46:07
帽子男 @alkali_acid

「皆故あってのことじゃ」 「おっどぉさ幸せに生きるとの誓いさ背き、オラは秘密さ明かさねえとの誓いさ背き、二人にも見せただ…だども…おめには果たしてもらいてえ」 「果たすぞ」 「西方人さ殺してはなんね」 「え、なぜじゃ?」

2019-12-29 18:49:33
帽子男 @alkali_acid

「西方人さ…おめの友達の朽縄の舌も西方人だ。殺したり傷つけたりせんようにするだ」 「父様は言うておった。命はほかの命を奪って生きると。西方人は鬼や東方、南方の民を殺すぞ。なぜこなたが西方人を殺してはならぬ」

2019-12-29 18:51:42
帽子男 @alkali_acid

「朽縄の舌が悲しむだど」 「構わぬ。こなたは殺したいときに殺す」 「誓ってけれ」 「誓わぬ!」 「…んでは薄焼菓子ちゃんさ譲れね…貸せね…」 「嫌じゃ!」

2019-12-29 18:53:06
帽子男 @alkali_acid

「解っただ…んだば西方人さ殺したり傷つけたりしたくなったら、必ず三度考え直してけれ。三度、命の猶予さ与えてほしいだ」 「…むう…」 「頼むだ…キージャ」 「父様が言うならそうするのじゃ」 「ありがてえだ」

2019-12-29 18:55:58
帽子男 @alkali_acid

音楽が終わり、黒の料り手は黒の繰り手を抱き寄せたまま、虜囚たる森の妃騎士に向き直る。 「薄焼菓子ちゃん…んでね…ダリューテ。今日からこのキージャが我が名代、汝の仮の主となる。ただ一つを除きいかなる命にも従え」 「ただ一つとは」 「我が命あるうち汝等この巨釜の内より出でるは相ならぬ」

2019-12-29 18:58:44
帽子男 @alkali_acid

魔王は世継ぎを奴隷へ投げ飛ばすと、雲をまとって天に舞い、日輪と紛う光の源、釜の外へ通じる出口へ昇っていった。 「父様!!!」 蜘蛛の糸を繰りだして追おうとする縫匠を仙女は抱きしめて抑える。

2019-12-29 19:00:55
帽子男 @alkali_acid

「ダリュ!離せ!」 「奴隷は主人の命には逆らえぬ…」 「なれど!」 「ともに暮らすのだ。キージャ。お前の父が呪いに挑む間」 「嫌じゃ!!!」

2019-12-29 19:02:15
帽子男 @alkali_acid

キージャはダリューテを振り返る。 「父様は死ぬつもりじゃ!そうであろう?」 黒の繰り手を捕える妃騎士の腕がゆるむ。 「…ああ…おそらくは」 「ダリュは父様が死んでもよいのか!」 「私にとって…影の国の太守…闇の軍将は…主であるとともに敵…我が身を捕える看守…獄吏だ…」

2019-12-29 19:04:25
前へ 1 2 ・・ 9 次へ