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齋藤 雄志 @Yuusisaitou
第92回アカデミー賞ノミネート作品が発表された。 作品賞にノミネートされて脚色・脚本賞にノミネートされなかった作品は「ジョジョ・ラビット」と「#フォードvsフェラーリ」のみ。 私は先日「FvFの脚本は特に良いとは思わなかった」と書いた。 twitter.com/Yuusisaitou/st… pic.twitter.com/89AX6Ueuly
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これは「つまらなかった」という意味ではない。映画はとても面白かったが、脚本術的観点から見てあまり評価に値しないのでは、とボンヤリと思っていた。 その理由を自分なりに特定したので記述する。 ※「FvF」及び参照作品のネタバレあり注意
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私が思うに、本作の脚本は人物造型が浅い。というか、そこを主軸に据えていない。 脚本術的観点では評価点の一つに「人物の劇的なアーク」が重視される。アークとは「変化の軌道」のこと。脚本執筆のさいに『冒頭とラストで正反対の状態になっている』というのが推奨されるほどである。
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つまり変化が大きいほど良いわけである。『田舎出の平凡な若者が銀河の危機を救った英雄になる』とかそういうことである。 ところがFvFの主人公2人は劇中特に「変化しない」のである。 pic.twitter.com/TR0vDteeyS
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FvFのノミネートを巡りもう一つ意外な点があった。クリスチャン・ベールが主演男優賞にノミネートされなかったことである。私は、これも脚本に原因の一端があるのではないかと思っている。 本作のベールの演技は誰が見ても素晴らしいと思う。見てるこちらも思わず胸が熱くなる熱演である。 pic.twitter.com/oghICUh9Bn
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ところが、脚本時点で人物の掘り下げが浅いために、多様な面は見せられない訳である。「自己中で熱い男」という第一印象から印象が更新されない。これは演技を評価する上で結構痛い。 「ジョーカー」のホアキン・フェニックスは、劇中ほぼ出ずっぱりで様々な顔を見せる。あれは「有利」なのである pic.twitter.com/qXRgAh39nP
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まあ中には「恋に落ちたシェイクスピア」のジュディ・デンチのように出演時間僅か8分で助演女優賞を獲るといった例もあるが、あれは例外。 ベール自身がアカデミー会員にあまり好かれていないというウワサもあるが、真相はわからないのでここでは考慮しない。あくまで私の推察である。 pic.twitter.com/PWWkO1uwc1
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ではFvFに足りなかった「人物造型の深さ」とは何なのか。それは 1.アークの軌道の幅 2.葛藤 3.人物像のベールを剥ぐこと の三つだと思う。 pic.twitter.com/SRT7BoWJNe
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脚本術的観点では「葛藤があればあるほどいい」とされる。対立と葛藤こそが脚本で最も重視される点だ。 葛藤には主に二種類ある。「対外的葛藤」「内面的葛藤」だ。 pic.twitter.com/yBms3Koc5L
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対外的葛藤とは、その人物が抱える物理的な葛藤のこと。例えば登校前の学生が主人公だとして「遅刻しそう」というのが対外的事情である。主人公は今の行動ペースで登校時間までに到着出来るか否かで悩み葛藤する。 pic.twitter.com/bxtAZtHBPo
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近道をすれば間に合うが、実は友達と待ち合わせている。友達を無視して直行すれば間に合うが、それでは友達を裏切って嫌われてしまう。これが「内面的葛藤」だ。 pic.twitter.com/wfhihKW7RT
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本作は葛藤が無いわけではないが、人物の葛藤にはあまり重きが置かれていない。本作のメインは「白熱のレース場面」だからである。 葛藤は主に周囲の状況によって生み出されるものだが、ベール扮するマイルズを取り巻く人間関係は至ってシンプルだ。奥さんとの仲の割り切った描写を見てもそれは明らか pic.twitter.com/llcmmShHqz
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むしろ葛藤はマット・デイモン扮するシェルビーのほうが多い。葛藤の基本は「板挟み」だが、シェルビーは友情と上役の要求との狭間で葛藤する。 マイルズとも対立するがそこは「殴り合ってスカっと解決」である。本作の物語的にはコレでいいと思うが、脚本的にはあまり評価されない。 pic.twitter.com/plFFaSLqKY
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映画全体としてはレースシーンでアガるし、人間ドラマを盛り上げる対立や葛藤もそれなりに仕込んではあるが、マイルズにそれが向いてなく各キャラクターにウェイト分散されているのである。 これが「ジョーカー」のように2人分のドラマを1人が担っていれば違ったと思う。 pic.twitter.com/AzxNZDp9Nf
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更に3の「人物像のベールを剥ぐ」だが、これはロバート・マッキーが重視していた点。物語の主人公の人物像には階層があり、話が進むにつれ段々とそのベールが剥がされていく、伏せられたバックボーンが明らかになったり、行動や決断によって印象や情報が更新されていくというもの。
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これも「ジョーカー」を例に挙げれば分かりやすい。 冒頭は「奇病で上手く感情表現出来ないコメディアン」 中盤に「母の過去が明かされ段々追い詰められる」 終盤で「凶行に走りジョーカーとして覚醒する」 ラリー・ブルックスは「工学的ストーリー創作入門」でこれを「三つの次元」と称していたpic.twitter.com/bN5NTwJEz2
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これは脚本賞にノミネートされた他の作品にも同様の要素である。 アイリッシュマンのフランク、マリッジストーリーのチャーリー、2人のローマ教皇の教皇とホルヘ。 ドラマの主軸がしっかりと「三つの階層から成る主人公の変化」に置かれている。 pic.twitter.com/6sHw6SN8h9
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アイリッシュマンとマリッジストーリーは脚(色)本賞、作品賞共にノミネートだし、2人のローマ教皇は脚色賞にノミネート。デニーロ以外の三人は男優賞にもノミネートされている。 私はデニーロがハブかれたことに憤りを感じえないがここでは省略する。 pic.twitter.com/cjKfnnNXYD
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FvFの主人公2人に変化がないかと言うとそうではない。ただ、「弱い」のである。 例えばマイルズが変化しなかったかと言うと最終的には〇〇のでこれは大きな変化と言えるが、ここにベールの演技は関与しない。単なる「退場」である。
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これが『不治の病に侵されてガリガリになりながら闘病する』とかいった終盤ならオスカー好みで芝居の見せ場もあり確実に主演男優賞にノミネートされただろうが、FvFはここも少し「外している」のであるpic.twitter.com/AXwnIFx6AZ
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「人物像のベールを剥ぐ」に至っては、主演2人のキャラクターにはほとんどこれはない。 実際に本作を見た方ならわかるだろうが、むしろエンツオ・フェラーリやフォード二世のほうがそういう要素がある。 大半の人にはフォードが泣くシーンやエンツォが最後に頷くシーンが印象に残ってるのではないか。 pic.twitter.com/MkcPdDIMW7
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あれは「カタブツだと思っていた上役のベールが剥がされ新たな人間性が露呈した」から印象に残る場面なのである。 この要素も、主人公2人ではなくこうした脇役に与えられている。主人公2人は内面的葛藤が軸ではなく、「レースに勝つ」という対外的葛藤がメインの人物だからだ。
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つまり本作の脚本構造は「ル・マン24時間レース」という大きな対外的事件に挑む主人公2人の男の周囲に、心理的葛藤を抱える脇役達が据えられている群像劇なのである。 だから、映画全体として決して話がつまらないわけじゃないし大いに感動もする。しかし脚本的に評価されるかは別なのである
齋藤 雄志 @Yuusisaitou
私が今作を見てイマイチ脚本にピンとこなかった理由は以上である。実際にそういう理由でノミネートを逃したかはわからない。単なる個人的な分析と憶測である。ご了承下さい。
「#ジョーカー」

コメント

緑川⋈だむ @Dam_midorikawa 8日前
つまり映画が面白いかどうかとは無関係という事か
こんぴー @KonP360 8日前
うるせえ!面白けりゃそれでいいんだ!
鱶森 @sHark_plus0 8日前
アカデミー賞の基準もだいぶ硬直化してるんだな つまり
もるだでぃ(・灬・ )ノ @morudaddy 8日前
結果はアレにしろ、ゴールで3台仲良くってのは、あれ主人公の変化ではないのか?
さどはらめぐる @M__Sadohara 8日前
主人公自体が変化する作品ばかりがクローズアップされるが、主人公は変化せず主人公と関わった人が変化する、つまり主人公が触媒として機能する作品は多い。日本人は後者を好みがち。相棒、ドクターX、鬼滅の刃などなど
ハイホー @Ho__Hi 8日前
映画の面白さに脚本は関係ないと言っているのではなく、この映画の脚本は人物造型に重きを置いていないから評価されにくかったと言ってるだけですよ。映画の面白さに脚本が関係ないわけないじゃないですか。
ハイホー @Ho__Hi 8日前
エンツォ・フェラーリやフォード二世の人物の変化が分かりやすく描かれるのは当然で、この映画はまずフェラーリとフォードの社風と社長の人格が対比されて(二人が自社員に対してどの「高さ」にいるか、その絵に注目)、「だから良い車ができる」「だけど良い車をつくる」という物語が描かれるわけだから。マット・デイモンとクリスチャン・ベールは「会社」の制約の中で自分をどれだけ出していけるか、いけないかが話の軸なので、別に「成長」する必要はなく、人物に変化がなくても良いのです。
そら・そらら/小説家になろう @sorasorara02 8日前
画像の使い方が、いかがでしたか系サイトみたいだ
○○もへじ @marumarumoheji 8日前
フォード2世が変化というけど、最終的にあの要求に OK 出す辺り、一時的鼻薬効かせただけで、結局変わらなかったという話に見えたけど。
ぢべた @jibetaP 8日前
良く言えば車こそが主役と考えて割り切った作りにした監督は偉いね
ペリカンピスタチオ @staymarr 8日前
なんつうかハリウッド制作版プロジェクトXだからアカデミー会員受けはしないだろうなあとは思ってた。フォードの功績を讃える映画という側面が強すぎて些か拒否反応があるような
ペリカンピスタチオ @staymarr 8日前
staymarr プロジェクトX見ると「ウォークマン作ったソニーすごい」というような感想になって、実際に開発販売に携わった社員は名前すら覚えてなかったよな。FvFもあくまでそのプロジェクトを主体にした作品だった
RXF-91 @rxf_91 8日前
要するにアカデミー賞の選考やってる連中には受けの悪い作品だった、と
ゲン@㍌㌠ @gen_halshion 8日前
実話ベースにする以上「フォードの歴史的大ポカ」に向けての物語になるので、映画的脚色ギミックが入り込む余地が少ないのは道理。それでもエンツォ・フェラーリの人物像の脚色は頑張ってた方じゃないですかね。息子の死後以降の彼を知る層には噴飯ものでしょうが(´・ω・`)
ろんどん @lawtomol 8日前
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が10部門にノミネートされたけど、脚本・脚色賞にはノミネートされなかった理由が分かったような気がする
みこみこ。 @MikoMiko2048 8日前
タイトルだけ見てニードフォースピードみたいなのを想像してたけど全然違った
岩橋(ユー ダイ) @3aburou 7日前
人物の変化、成長ははっきりと描かれてると思うので屁理屈。
BLACK @BlackBlack0013 5日前
あー、たまに見かける「ガルパン劇場版は面白いが、物語としてはTV放映版に及ばない」って人の根拠が判った気がする。TVは「孤独な転校生がやがて町を救った救世主になる」けど、劇場版は最初と最後で立ち位置変わらんもんな。
岩橋(ユー ダイ) @3aburou 3日前
兵役で失われた「輝かしいレーサーとしての自己実現」を取り戻す事で、やっと自分を自分で認められたからこそ順位が2位であっても許せた訳で。 そもそも途中、パリに連れてかれなかった時に成長してる。 あと 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が10部門にノミネートされたけど、脚本・脚色賞にはノミネートされなかった理由が分かったような気がする って書いてる人いたけど あの映画でマックスの「立ち位置変わらない」なんて思えるのが不思議。
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