「フォードvsフェラーリ」はなぜアカデミー賞脚本賞、主演男優賞ノミネートを逃したのか?

「フォードvsフェラーリ」のアカデミー賞ノミネート結果を脚本術の観点から分析。ネタバレ注意
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

第92回アカデミー賞ノミネート作品が発表された。 作品賞にノミネートされて脚色・脚本賞にノミネートされなかった作品は「ジョジョ・ラビット」と「#フォードvsフェラーリ」のみ。 私は先日「FvFの脚本は特に良いとは思わなかった」と書いた。 twitter.com/Yuusisaitou/st… pic.twitter.com/89AX6Ueuly

2020-01-15 17:57:47
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

例えば最近見に行った「フォードvsフェラーリ」なんかは、良い映画だったけど脚本が良いとは特に思わなかった(勿論悪いってわけじゃないけど) 逆に「長いもっと切れる」と言う人の多いアイリッシュマンなんかは全然そんなことないと思うデキだった。むしろわりと必要なシーンだけで出来てるよね、と。 pic.twitter.com/RtdE81jRCc

2020-01-15 05:59:32
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※ジョジョ・ラビットは脚色賞にノミネートされてました。FvFだけが脚本系の賞漏れです。

齋藤 雄志 @Yuusisaitou

これは「つまらなかった」という意味ではない。映画はとても面白かったが、脚本術的観点から見てあまり評価に値しないのでは、とボンヤリと思っていた。 その理由を自分なりに特定したので記述する。 ※「FvF」及び参照作品のネタバレあり注意

2020-01-15 17:57:48
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

私が思うに、本作の脚本は人物造型が浅い。というか、そこを主軸に据えていない。 脚本術的観点では評価点の一つに「人物の劇的なアーク」が重視される。アークとは「変化の軌道」のこと。脚本執筆のさいに『冒頭とラストで正反対の状態になっている』というのが推奨されるほどである。

2020-01-15 17:57:48
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

つまり変化が大きいほど良いわけである。『田舎出の平凡な若者が銀河の危機を救った英雄になる』とかそういうことである。 ところがFvFの主人公2人は劇中特に「変化しない」のである。 pic.twitter.com/TR0vDteeyS

2020-01-15 17:57:49
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

FvFのノミネートを巡りもう一つ意外な点があった。クリスチャン・ベールが主演男優賞にノミネートされなかったことである。私は、これも脚本に原因の一端があるのではないかと思っている。 本作のベールの演技は誰が見ても素晴らしいと思う。見てるこちらも思わず胸が熱くなる熱演である。 pic.twitter.com/oghICUh9Bn

2020-01-15 17:57:50
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

ところが、脚本時点で人物の掘り下げが浅いために、多様な面は見せられない訳である。「自己中で熱い男」という第一印象から印象が更新されない。これは演技を評価する上で結構痛い。 「ジョーカー」のホアキン・フェニックスは、劇中ほぼ出ずっぱりで様々な顔を見せる。あれは「有利」なのである pic.twitter.com/qXRgAh39nP

2020-01-15 17:57:52
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

まあ中には「恋に落ちたシェイクスピア」のジュディ・デンチのように出演時間僅か8分で助演女優賞を獲るといった例もあるが、あれは例外。 ベール自身がアカデミー会員にあまり好かれていないというウワサもあるが、真相はわからないのでここでは考慮しない。あくまで私の推察である。 pic.twitter.com/PWWkO1uwc1

2020-01-15 17:57:53
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

ではFvFに足りなかった「人物造型の深さ」とは何なのか。それは 1.アークの軌道の幅 2.葛藤 3.人物像のベールを剥ぐこと の三つだと思う。 pic.twitter.com/SRT7BoWJNe

2020-01-15 17:57:55
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

脚本術的観点では「葛藤があればあるほどいい」とされる。対立と葛藤こそが脚本で最も重視される点だ。 葛藤には主に二種類ある。「対外的葛藤」「内面的葛藤」だ。 pic.twitter.com/yBms3Koc5L

2020-01-15 17:57:56
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

対外的葛藤とは、その人物が抱える物理的な葛藤のこと。例えば登校前の学生が主人公だとして「遅刻しそう」というのが対外的事情である。主人公は今の行動ペースで登校時間までに到着出来るか否かで悩み葛藤する。 pic.twitter.com/bxtAZtHBPo

2020-01-15 17:57:57
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

近道をすれば間に合うが、実は友達と待ち合わせている。友達を無視して直行すれば間に合うが、それでは友達を裏切って嫌われてしまう。これが「内面的葛藤」だ。 pic.twitter.com/wfhihKW7RT

2020-01-15 17:57:59
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

本作は葛藤が無いわけではないが、人物の葛藤にはあまり重きが置かれていない。本作のメインは「白熱のレース場面」だからである。 葛藤は主に周囲の状況によって生み出されるものだが、ベール扮するマイルズを取り巻く人間関係は至ってシンプルだ。奥さんとの仲の割り切った描写を見てもそれは明らか pic.twitter.com/llcmmShHqz

2020-01-15 17:58:00
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

むしろ葛藤はマット・デイモン扮するシェルビーのほうが多い。葛藤の基本は「板挟み」だが、シェルビーは友情と上役の要求との狭間で葛藤する。 マイルズとも対立するがそこは「殴り合ってスカっと解決」である。本作の物語的にはコレでいいと思うが、脚本的にはあまり評価されない。 pic.twitter.com/plFFaSLqKY

2020-01-15 17:58:02
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

映画全体としてはレースシーンでアガるし、人間ドラマを盛り上げる対立や葛藤もそれなりに仕込んではあるが、マイルズにそれが向いてなく各キャラクターにウェイト分散されているのである。 これが「ジョーカー」のように2人分のドラマを1人が担っていれば違ったと思う。 pic.twitter.com/AzxNZDp9Nf

2020-01-15 17:58:03
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

更に3の「人物像のベールを剥ぐ」だが、これはロバート・マッキーが重視していた点。物語の主人公の人物像には階層があり、話が進むにつれ段々とそのベールが剥がされていく、伏せられたバックボーンが明らかになったり、行動や決断によって印象や情報が更新されていくというもの。

2020-01-15 17:58:04
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

これも「ジョーカー」を例に挙げれば分かりやすい。 冒頭は「奇病で上手く感情表現出来ないコメディアン」 中盤に「母の過去が明かされ段々追い詰められる」 終盤で「凶行に走りジョーカーとして覚醒する」 ラリー・ブルックスは「工学的ストーリー創作入門」でこれを「三つの次元」と称していたpic.twitter.com/bN5NTwJEz2

2020-01-15 17:58:05
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

これは脚本賞にノミネートされた他の作品にも同様の要素である。 アイリッシュマンのフランク、マリッジストーリーのチャーリー、2人のローマ教皇の教皇とホルヘ。 ドラマの主軸がしっかりと「三つの階層から成る主人公の変化」に置かれている。 pic.twitter.com/6sHw6SN8h9

2020-01-15 17:58:06
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

アイリッシュマンとマリッジストーリーは脚(色)本賞、作品賞共にノミネートだし、2人のローマ教皇は脚色賞にノミネート。デニーロ以外の三人は男優賞にもノミネートされている。 私はデニーロがハブかれたことに憤りを感じえないがここでは省略する。 pic.twitter.com/cjKfnnNXYD

2020-01-15 17:58:08
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

FvFの主人公2人に変化がないかと言うとそうではない。ただ、「弱い」のである。 例えばマイルズが変化しなかったかと言うと最終的には〇〇のでこれは大きな変化と言えるが、ここにベールの演技は関与しない。単なる「退場」である。

2020-01-15 17:58:08
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

これが『不治の病に侵されてガリガリになりながら闘病する』とかいった終盤ならオスカー好みで芝居の見せ場もあり確実に主演男優賞にノミネートされただろうが、FvFはここも少し「外している」のであるpic.twitter.com/AXwnIFx6AZ

2020-01-15 18:11:36
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

「人物像のベールを剥ぐ」に至っては、主演2人のキャラクターにはほとんどこれはない。 実際に本作を見た方ならわかるだろうが、むしろエンツオ・フェラーリやフォード二世のほうがそういう要素がある。 大半の人にはフォードが泣くシーンやエンツォが最後に頷くシーンが印象に残ってるのではないか。 pic.twitter.com/MkcPdDIMW7

2020-01-15 18:11:38
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

あれは「カタブツだと思っていた上役のベールが剥がされ新たな人間性が露呈した」から印象に残る場面なのである。 この要素も、主人公2人ではなくこうした脇役に与えられている。主人公2人は内面的葛藤が軸ではなく、「レースに勝つ」という対外的葛藤がメインの人物だからだ。

2020-01-15 18:11:38
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

つまり本作の脚本構造は「ル・マン24時間レース」という大きな対外的事件に挑む主人公2人の男の周囲に、心理的葛藤を抱える脇役達が据えられている群像劇なのである。 だから、映画全体として決して話がつまらないわけじゃないし大いに感動もする。しかし脚本的に評価されるかは別なのである

2020-01-15 18:11:39