日本の有人最南端の波照間島の方言は何処から来た言葉なのか?

波照間島の方言が奈良時代以後に伝わった言葉だけでなく、どうやら弥生時代に遼東半島付近の偏堡文化を起源とする文化が本土と共に渡来し始めた様だし、中国や台湾の影響もありそうだ。文化を共有できる範囲は結構広そうだ。
神話 日琉祖語 考古学 民話 波照間島 中国史 オーストロネシア 稲作文化
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巫俊(ふしゅん) @fushunia
jstage.jst.go.jp/article/jjhg19… 「しかし、アルタイ方面には西紀前5-4世紀にすでに新しい型の人類も現われていたのであり著しいモンゴロイド的特徴をもつ遺骸もあってルデンコはその人種構成の複雑」 前485年生まれのヘロドトスが記す禿頭アルギッパイオイ人のことでは?
⭐️潮風⭐️ @sanpiska822
唐大和上東征伝 阿児奈波<oki沖-na連体助詞-paまほらま、まほろばのma間やba場の異形態 沖の土地=沖縄 隋書 流求<la-lial海上 アミ語は語頭音節の重畳で方位を表示 山海経 列姑射<*lahud海に オーストロネシア祖語 琉球の語源はオーストロネシア語族か? pic.twitter.com/MIlY1PoVEU
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Isepo @Isepo2
日本語に残るオーストロネシア語、ツングース語、シナ語、朝鮮語からの影響は、日琉語集団が大陸・半島にあったときの言語接触によるものということでいいじゃない。だめなの?
すきえんてぃあ@小説書け俺 @cicada3301_kig
日琉祖語の*əの来源について|M. Kyikasaney #note note.mu/nigwatu/n/n6fa… めっちゃ面白い
山本孟 @HajimeY93
ヒッタイト語に続き、ホームページに「新ヒッタイト諸王国について」の記事を書いていただきました。hittiteanejphy.com/history/neohit… 新ヒッタイト(Neo-Hittite)の国々は、ヒッタイト王国の滅亡後、アナトリア南部からシリア北部にできた王国です。
すきえんてぃあ@小説書け俺 @cicada3301_kig
たいていの語族は辺縁部になると「やべーやつ」がいるものだが、印欧語族で最もやべーやつはモルジブのディベヒ語だろう。日本語に似て開音節、性数の区別なくSOV語順、完全なる膠着語と化している。固有の文字を用いるが数字を並べて書くという世界唯一の仕組み。 教科書↓ ameblo.jp/dhivehi/entry-… pic.twitter.com/2pt4TtnYIZ
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巫俊(ふしゅん) @fushunia
冬至の日に太陽の力が弱まったり、海の冥府の神に襲われて死んでしまった太陽に、「男女の性交」の場面を見せることで、復活させる神話が、日本と古代ギリシアの神話に共通して見られるとのことです。 twitter.com/fushunia/statu…
巫俊(ふしゅん) @fushunia
そして、重要なことなのですが、この論文は他の研究者と違い、「古代ギリシアから日本に来た」と結論付けてはおらず、同一の起源の説話に還元できることを述べるだけに留めています。それ故、50年後、100年後の研究者に引用される根拠になると思われる研究内容になっていました。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
日本神話とギリシア神話が類似していて、鉄器時代のスキタイや高句麗などととも共通点があるのは、東ヨーロッパの人たちが「錫」(すず)を求めてモンゴル国境のアルタイ山脈にまで行った(考古学と新疆出土のDNAで確定)、青銅器時代の東西交流の結果でした。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
こうした「農耕民」説に対して、デイビッド・W・アンソニーが唱えた「牧畜民説」があり、ウクライナ周辺から馬と荷車を使用した人たちが東西に移動したことが指摘されていました。しだいに青銅器時代に変化していく時期(紀元前3千数百年頃)です。このアンソニーの説がDNAでも裏付けられました。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
ここまで書いたら分かると思うのですが、デュメジルが比較神話学で明らかにした「インドヨーロッパ語族の3機能神話」は、インドイラン祖語段階(紀元前2000年)やゲルマン祖語、ギリシア語などの印欧語族のサブグループに存在してたので、青銅器段階に遡って存在していたことが確実です。 twitter.com/fushunia/statu…
巫俊(ふしゅん) @fushunia
実は、スキタイと同自体の紀元前5世紀には、モンゴロイドの遊牧民集団がアルタイ方面に進出してきてるので、印欧語族の神話がどれくらい伝播できるのか、不明なんですよね。 twitter.com/fushunia/statu…
巫俊(ふしゅん) @fushunia
中国の戦国時代の遺跡から、文化的に大雑把に「スキタイ」系の動物文様が出土してて、モンゴル高原も同じだったので、交流は可能だったのですが、「どれくらい、選択的に受け入れるか?」の問題ですよね。この点はハーバード大学の比較言語学者も、遊牧民は離合集散が激しく、神話が変わると指摘してる
巫俊(ふしゅん) @fushunia
ハーバード大学の比較言語学者は、紀元前2000年のインドイラン祖語の神話と、日本神話に特別な類似が認められると指摘してて、離合集散する遊牧民の世界の周縁(イラン、インド及び日本)に、古い形の神話が「孤島的」に残存してると指摘してます。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
紀元前2000年のインドイラン祖語は、最近の研究では、現在のカザフスタン周辺に展開した青銅器文化「アンドロノヴォ文化」の言語だとされてます。日本の弥生青銅器の研究者は、弥生銅矛、銅剣の起源をアンドロノヴォ文化の銅矛に求めて比較しているので、実際に関係がありました。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
アンドロノヴォ文化の言語が、主にインドイラン語派だと推定できるのは、北欧のフィンランド語に「アーリヤ」などのインドイラン語派の印欧語からの借用語が存在するからで、その言語学的な比較により、インドイラン祖語が北寄りの場所に存在していたことが分かるそうです。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
そうすると、モンゴロイドの遊牧民がアルタイに進出してくる鉄器時代の紀元前5世紀も、一応は神話の交流が可能ではあるけど、紀元前2000年のインドイラン祖語の他、同時代に既に東方のアルタイに展開してた古い印欧語のトカラ語集団がモンゴル・中国に青銅器(銅矛)を伝播させてるので、
巫俊(ふしゅん) @fushunia
中国やモンゴル高原がまだ発展前の段階だった紀元前2000年以降の時期に、青銅器や馬(希少で珍奇な家畜)とともに「インドイラン祖語と日本語共通の神話」が東方世界に移動していき、縄文晩期以前には大陸側の海にいた(九州大学の宮本一夫説)「渡来系弥生人の祖先」と接触したと考えられます。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
考古学者の宮本一夫氏は、紀元前2400年の遼東半島の畑作農耕文化(偏堡文化)が、「弥生土器の起源」だと明らかにしました。紀元前1500年までに朝鮮半島南部に南下(無文土器)して「稲作農耕」化し、紀元前1000年頃、日本列島に「日本語」(渡来系の言語)が渡来してきたとしています。 twitter.com/fushunia/statu…
巫俊(ふしゅん) @fushunia

中国古代史を専攻していました。

togetter.com/id/fushunia
巫俊(ふしゅん) @fushunia
要するに、私たちが日本語と呼んでる言語は、山東、遼東、朝鮮の三半島を行き来してた先史時代の「海の民」の言語で、大陸側で青銅器の生産が開始されると、陸側の国家が成長していくことから、海の向こうの日本列島にだけ「たまたま」残った言語だと考えられてます。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
国立国語研究所のジョン・ホイットマン教授は、古墳時代の4~5世紀の言語である「日琉祖語」(日本琉球祖語)の研究者ですが、ホイットマン教授も、青銅器段階の朝鮮半島南部の言語が日本語の起源だと指摘してます。宮本一夫氏の説はホイットマンの説を、考古学的に裏付けたものでした。
巫俊(ふしゅん) @fushunia
これ、地中海の島の世界に進出していった紀元前1400年のギリシア・ミケーネ文明に似てるんですよね。エジプトと海でつながってたギリシアと違い、大陸側日本語集団は青銅器が乏しく、国家の形成を伴わなかったのですが、漁民たちの共同墓所に巨石を立てた「支石墓」が、大陸沿岸と九州に残ってます twitter.com/fushunia/statu…
巫俊(ふしゅん) @fushunia
福井玲(東大教授)の本『韓国語音韻史の探求』には、前漢時代の朝鮮半島北部にいた「濊」(わい)について検討し、高句麗時代の地名の記録の意味と音の両方から、平壌とソウルの間の古代の地名は、日本語系統言語(濊語)に由来するとしてます。 twitter.com/fushunia/statu…
masarun @LjFrontie
「海の民」から読み解く日本人の起源―先史時代の海を越えた交流の歴史ー - Togetter togetter.com/li/1247044 @togetter_jpさんから
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コメント

masarun @LjFrontie 3日前
まとめを更新しました。
masarun @LjFrontie 2日前
まとめを更新しました。
masarun @LjFrontie 20時間前
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