池田明季哉『オーバーライト』制作日誌

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池田明季哉🐺『アオハルデビル』1-3巻 発売中🐺 @akiya_skeleton

―1日目― 僕は2018年から2019年にかけて、イギリスの港町、ブリストルに住んでいました。古い歴史と新しい文化が融合したこの美しい街で、僕はいろいろな経験をして、グラフィティという文化に出会いました。そのことを元に書いたのが、この物語です。 dengekibunko.jp/special/overwr…

2020-03-31 20:03:06
池田明季哉🐺『アオハルデビル』1-3巻 発売中🐺 @akiya_skeleton

まずは舞台となるブリストルの話をしましょう。 ブリストルは、ロンドンから西に二時間弱の港町です。イギリスの地方都市は「田舎!」という感じのところが多いのですが、名門ブリストル大学を擁することもあってか、実にオープンで進歩的で、アートと音楽のあふれる素敵な街です。 pic.twitter.com/kzZhnibk1F

2020-03-31 20:03:06
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街並みはこんな感じ。古色ゆかしい建物と現代的な雰囲気がうまく共存しているのがわかると思います。川沿いの風景が美しい。イギリスで一番住みよい街に選ばれたのも納得の居心地のよさ。人もみんなサバサバしつつ繊細な気遣いがあって、とても気持ちがいいんです。 pic.twitter.com/32h7Bd3I2f

2020-03-31 20:03:07
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ブリストルの名所のひとつが、クリフトン吊り橋。エイヴォン川にかかる、世界最古の本格的な吊り橋です。普通に歩行者や自動車が往来しており、現役の橋として使われています。作中でも、重要な役割で登場! あとは熱気球も有名。乗って飛べます。こっちは作品には出せませんでしたが...。 pic.twitter.com/FG3HDsESjN

2020-03-31 20:03:08
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日本とはまったく違う、美しい風景と生活にすっかり気分をよくした僕は、頻繁に散歩に出かけるようになりました。 だからいたるところの壁にいろいろな絵(?)がたくさん書かれていることには、割とすぐに気がつきました。 そう、グラフィティとの出会いです。 pic.twitter.com/zFQjJ4Hs3c

2020-03-31 20:03:09
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ー2日目ー グラフィティとは、街の壁などに書かれる、落書きから始まったアートのかたちです。 本当に落書きっぽいものもいっぱいありますが、壁画(ミューラル)と呼ぶほうがふさわしいような大作が、ブリストルには本当にたくさんあるんです。まるで街そのものがキャンバスみたい! pic.twitter.com/2yD4gscp9S

2020-04-01 20:00:55
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壁に絵を書くことで、街の風景がこんなに華々しく変わってしまうなんて。僕はすっかりグラフィティに夢中になってしまいました。そこからグラフィティを探してブリストル中を歩き回り、見つけては写真を撮っていきました。この写真は、そうして見つけたものの、ごく一部です。 pic.twitter.com/BqKBhHvKfI

2020-04-01 20:00:56
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最初はおっかなびっくりでしたが、だんだん慣れてきたのと、行ける範囲のグラフィティはだいたい見てしまったのもあって、あまり治安がよくないと言われているエリアにも、思い切って足を運んでみることにしました。 そこで目の当たりにしたのは、正真正銘、ストリートのグラフィティでした。 pic.twitter.com/MVDNd84Ga5

2020-04-01 20:00:57
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―3日目― ストリートのグラフィティの迫力に、僕は圧倒されました。ブリストルの中でもグラフィティがもっとも盛んなエリアは、至るところがこうなんです。伝わるでしょうか、この迫力。まさに鬼気迫るものがある。これ、ちょっと裏路地に入ったところとはいえ、普通に街の中ですからね。 pic.twitter.com/KJscHvJRLO

2020-04-02 20:00:48
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こうした本物のストリートのグラフィティを見ているうち、だんだん僕は疑問に思ってきました。ものすごい熱意がここにぶつけられていることは、どう見ても間違いない。けれど俗っぽいことを言いますが、誰かに売れるわけでも、賞があるわけでもない。この情熱はいったいどこから来るのだろう? pic.twitter.com/I01loEm1t0

2020-04-02 20:00:49
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調べているうちに、こんな情報を見つけました。 グラフィティには、不文律がある。すでにあるものに上書きするときには、より手のかかった、優れたグラフィティを書かなければならない―― 上書き。「オーバーライト」です。 確かによく見れば、どんどん絵が重ねられている! pic.twitter.com/06qEX1lPn1

2020-04-02 20:00:50
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ちょっとずつわかってきました。つまりこれは、競争なのです。よりよい絵を書けば、より長く残る。 なら、ずっと残っている絵って、なにかあるのだろうか。 そう考えたとき、自然に浮かび上がってくる名前がありました。市も住民も、こぞって保存したがるグラフィティ。 そう、バンクシーです。 pic.twitter.com/J4GeMVTImY

2020-04-02 20:00:51
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―4日目― バンクシーは、世界的に有名なグラフィティ・アーティストです。ブリストルはその出身地。活動をスタートした場所なのです。 街にもバンクシーが実際に書いたグラフィティが幾つかあって、もちろん見ていました。けれどなにがすごいのか、僕は正直、ピンと来ていませんでした。

2020-04-03 21:09:54
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これはバンクシーの作品です。上手いけど、鬼気迫る迫力みたいなもの、そんなにない、ですよね。 けれど、バンクシーは「上書きさせない」ことについては一流です。建物の窓や黄色い警報機、その場にあるものを取り入れて描いている。これを無視して上書きすることは、多分、かなり難しいんです。 pic.twitter.com/6eXa1DDU1F

2020-04-03 21:09:55
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おそらく、バンクシーは一段目線が高い。単に技術で競うのではなく、別のルールを導入することで、自分の作品に新たな価値を与えている。 けれど、それでは理解できない作品もありました。 初期の代表作〈マイルド・マイルド・ウェスト〉です。

2020-04-03 21:09:55
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この作品は90年代から残る(厳密には破損・修復されているようですが)、代表作のひとつです。しかし、ただの絵といえばただの絵だし、驚くほど巧みというわけでもありません。 ところがいろいろ調べた結果、これはブリストルの市民が、警察の弾圧に抵抗したときの絵だということがわかりました。 pic.twitter.com/ln3Xiqmw4s

2020-04-03 21:09:56
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つまりこの絵は、白いクマ――ブリストル市民が自ら戦い、文化を守った出来事を残しているのです。まるで壁画のように。 僕はすっかり興奮していました。一見すると意味不明な絵柄、理解できないグラフィティも、読み解いていけば意外な真実に繋がっている。 これって…ミステリじゃないか! pic.twitter.com/FlUt7aK2wn

2020-04-03 21:09:57
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主人公はブリストル大学にやってきた、日本人の留学生。天才グラフィティ・ライターと組んで、さまざまな謎を解き明かす―― 後に『オーバーライト』と改題することになる『グラフィティ探偵』の構想は、このとき頭に浮かびました。けれどこのときはまだ、ふわっとしたアイディアにすぎませんでした。

2020-04-03 21:09:57
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―5日目― ブリストルの中心に、ベアー・ピットという広場があります。グラフィティの聖地となっているこの場所が、市議会によって浄化され、すべてのグラフィティが消される、という話が持ち上がっていました。 この写真は、ベアー・ピットに繋がる通路です。 これが、真っ白になってしまう...? pic.twitter.com/lQ08MzU3SI

2020-04-04 18:17:19
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中心街のこの広場は、ショッピングモールのすぐ近くで、市民の通り道になっています。治安がよくない、というのが市議会の主張でしたが、僕にはそれほど危険な場所には見えませんでした。 ブリストルのカルチャー・コミュニティは、集会を開き、署名を集め、団結して抵抗しようとしていました。 pic.twitter.com/AP4fXGZu1d

2020-04-04 18:17:19
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グラフィティを浄化することで犯罪が減るのか。これは難しい判断です。けれど、ひとりのアートを愛する人間として、この光景が失われるのは嫌だな、と素直に感じました。 このことをテーマに、物語を書こう。グラフィティの謎を横糸に。政治と文化の対立を縦糸にして。 僕はそう決意しました。 pic.twitter.com/9f9RcXAwwp

2020-04-04 18:17:20
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けれど、僕はグラフィティについて、街で見て、本で学んだにすぎません。僕は尊敬するライターに言われた言葉を思い出していました。 「まずは何より取材ですよ!」 この言葉を胸に、ものすごく、ものすごく勇気を出して、ひとりのグラフィティ・ライターに話しかけました。

2020-04-04 18:17:22
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―6日目― ライターの彼女は、本当にいろいろなことを教えてくれました。ブリストルのこと。グラフィティのこと。彼女自身のこと。友達のこと。そしてたくさんの人に会わせてくれました。 彼女に聞いた話がヒントになって、これから書こうとしている物語が、具体的な手触りを帯びてきました。 pic.twitter.com/Pku1TJ9ALL

2020-04-05 17:13:58
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書くなら本気で書こう。そう思いました。 けれど、職業ライターとして評論やインタビューは毎日書いているとはいえ、小説については短いお話を趣味で書いたことがある程度で、本格的な長編はほとんど書いたことがありません。 そんな僕が最初にしたこと。それはプライドを捨てることでした。

2020-04-05 17:13:58