昔から知られている魚のメラノーマの研究が「種の分離」の分子機構につながった論文の解説
大昔、岡田節人先生の「がん細胞 その奇妙なふるまい」という本を読んだが、その中に魚のメラノーマの話が出てくる。雑に読んだので詳細は覚えていなかったが、今週のScience誌に「種の分離」の話題と関連してこの問題についての論文が出た(続く)。
2020-05-15 13:03:05種の分離に伴う現象は雑種不適合(hybrid incompatibility)だが、この現象を引き起こす遺伝子相互作用についての研究は非常に進みが悪く、これまででせいぜい十数個だったらしい。そして見つかっているものはそもそも自然界にはいないモデル生物で見つかったものばかりだったようだ。(続く)
2020-05-15 13:11:52結果として、そうした不適合が最初に起こってから種が分離するのか、分離後しばらくしてそれぞれ進化していく過程で不適合関係が形成されているのかが不明だった。この種間不適合に関する遺伝子の一つがソードフィッシュのメラノーマの原因遺伝子Xmrkである。(続く)
2020-05-15 13:17:25脊椎動物で種間不適合に関することが知られているのはもう一つだけで、それが減数分裂時の染色体組み換えのホットスポットを規定するprdm9とのこと。岡田先生の本に出てくるメラノーマもソードフィッシュのメラノーマ。ソードフィッシュは尾びれが剣のように長くなっているようだ(続く)
2020-05-15 13:19:17ソードフィッシュは同属のプラティフィッシュ(こちらは尾びれが普通)と交雑するとF2はメラノーマを発症する。このメラノーマはひれの黒い模様などから発症する。以下の論文ではこのプラティの遺伝子解析の話。science.sciencemag.org/content/368/64…
2020-05-15 13:24:45ソードフィッシュのXmrkは別の、天然には交雑せず、進化的には300万年前に分離した類縁腫の Xiphophorus helleriitとの交雑で見つかった。今回は天然に交雑しうるソードフィッシュXiphophorus birchmanniとXiphophorus malincheの間での雑種個体に高頻度に見つかる悪性黒色腫について検討した。
2020-05-15 13:31:08この雑種個体に発生する黒子はサイズがばらつくが、このサイズと発現が相関するmRNAを探索すると、ヒトメラノーマにも関連する遺伝子が見つかってきた。これらの親株は天然には悪性黒色腫は作成しない。(続く)
2020-05-15 13:35:24X. birchmanniについて、10 X genomicsやHi-C、RNA-Seqなどを駆使して、このメラノーマと相関する遺伝子を探索したところ一つがXmrkホモログであった。もう一つはmyrip。さらに、これら遺伝子と相互作用する染色体領域を探索するために(つづく)
2020-05-15 13:40:22特にメラノーマ発症率が高い雑種群209個体について低深度で全ゲノム解読(もちろんSNPアレイなんかないから)して探索した。その結果、相手方のX. malinche のほうで別な遺伝子が見つかった。cd97と a fatty acid transporter gene の2つがそこにはあった(続く)
2020-05-15 13:46:41cd97は哺乳類のがんにおいて転移や浸潤に機能しており、雑種の黒子部分で発現が上昇している。そしてX. birchmanniとX. malincheのcd97の間での5か所のアミノ酸置換の1つがEGFR様カルシウム結合ドメインに存在する。(続く)
2020-05-15 13:52:02X. birchmanniとX. malincheのcd97発現は、birchmanniのヒレでは低く、雑種とmalincheでは高い。cd97の機能を考えるとメラノーマの原因としてはありうる。しかし、もともと雑種不適合でXmrkを見出した maculatus-helleriiでの過去の経験とは合わない(続く)。
2020-05-15 13:59:27maculatus-helleriiでXmrkと相互作用する遺伝子座はcd97と同じ染色体だが7MB離れており、様々に検討してもcd97とは連鎖不平衡も形成していない。つまり、Xmrkによる雑種不適合の形成は maculatus-helleriiとbirchmanni-malincheとの間で独立別個にできたことを示している(続く)
2020-05-15 14:01:59さらに、Xmrk遺伝子(これEGFRのホモログらしい)はX. malincheでは欠損しているらしい。さて、この論文の最終的な疑問点は、腫瘍にかかわる遺伝子がどのように雑種不適合を生ずるかである。ここは純粋に自然を観察するような実験になっている(続く)
2020-05-15 14:10:36彼らは数年間の観察から、メラノーマが発生しやすい雑種集団では若い個体のほうが大きな黒子を持っており、大人になると少なくなることに気づいていた。研究室で単一個体を経時的に観察すると大きな黒子はさらに大きく進展することこそあれ、逆に小さくなるようなケースは見当たらなかった(続く)
2020-05-15 14:14:06論文の図を見ると4地点でこうした測定を実施しているようだ。さらに遺伝学的な解析もして、淘汰圧も確認しているようだ。驚いたのは天然に存在するメラノーマ持ちの雑種が、逃避行動に後れをきたすことを確認し、癌という医学的な観点よりも生物学的に淘汰圧が上がる可能性まで確認している(続く)
2020-05-15 14:20:33最初の疑問である、雑種不適合が最初に起こるのか、後から出てくるのかであるが、この経験からは後で起こってくる方が多いのではと著者らは示唆している。そして、そうしたことが起こりやすいのは多くの遺伝子と相互作用する遺伝子やevolutionary arm racesにかかわるものに多そうだと書いてます。
2020-05-15 14:25:59ちょっと補足するが、一般集団中に家族性腫瘍を引き起こす変異が長い年月で淘汰されているのか、残存しているのかはよくわからない(論文があるかも知らない)。時代によって異なるのではと思う。近世になり、寿命が延びて祖父母が育児に参加できることが生存に有利になれば少し淘汰圧がかかるかも。
2020-05-15 17:19:19フィールドワークと分子遺伝学、遺伝統計学の最先端が入り、最後にちょっと物理のテイストまである感じの、壮大な構想の論文です。問題にしている現象は40年前から知られている、あの岡田節人先生が紹介していた魚のメラノーマです。
2020-05-15 21:54:56該当論文に明記されていたか記憶にないが、swordtailはオスにしかない。メスは尾びれにとげは発生しない。そしてメラノーマはオスにできる(これは論文に記載あり)。つまり、swordtailにとっては一種のornamentとして機能している可能性がある。がんリスクとの兼ね合いと考えると興味深い。
2020-05-15 22:12:38