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松井あっぴる月間と猫ちゃんと雑談も少し

おれたちのかんがえたさいきょうのひっとうかろう こと、 細川家筆頭家老、松井康之‪@Yasuyukimatui‬と猫ちゃんをアピールしました。途中で雑談も入ります。 出典不明の逸話もありますので、広い心で見逃してください。
動物 雑談 細川 松井 歴史 松井康之
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細川の御隠居 @yuusai1534
これは……猫、いや陸に打ち上げられたアザラシ……🤔 pic.twitter.com/Rd6g8Owc84
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細川の御隠居 @yuusai1534
陸に打ち上げられたアザラシってのは光秀に言われた。「早く海に返しておあげなさい」とのこと。
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5月になっても松井あっぴる月間は続くのじゃ🤗
細川の御隠居 @yuusai1534
今までバラバラに話していたけど、今日はちゃんと時系列順に話そう。
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1570年、10月。36歳の儂はこの頃、敵方の手によって落ちた御牧城に攻め込んでいた。同月22日、御牧砦外構を突破した細川軍。この時の一番槍は、ある青年武将であった。彼の名は松井康之。当時はまだ21歳の若い青年武将であった。(松井家譜)
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松井の転機も、儂と同じで永禄の変と言える。幕臣の父を早くに亡くし、兄の勝之殿も永禄の変で亡くしている。その後、南禅寺の名僧、玄圃霊三殿の庇護を受けた。松井は義昭様が本圀寺で襲撃された時も奮闘めざましく、褒美に朱塗りの槍を授けられている。
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御牧城の戦いでは五箇所も傷を負いながら、一番槍をつえ、敵を討ち取った。 儂は三淵の義兄と曽我兵庫守助乗殿宛に、「うちの家の者が一番槍でした!首も三つ討ち取りました!随分働きました!しかるべきお取り無しお願いします!」と得意気な注進状を書いている☺️
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松井の結婚は、二十歳頃と言われている(諸説あり)相手は麝香の兄、沼田光長の娘。光長殿も永禄の変で亡くなった忠臣の一人だ。お互い家族を亡くした者同士、妻と姪の結びつきは強かったと思われ、姪は儂の養女となっている。その養女を預けるのだから、松井という男の価値は推して知るべし。
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儂は青龍寺城下に賄料五十町と屋敷を与え、客分として松井を迎えたという。元亀三年冬、忠興は丹波国船井の敵陣の抑えに有吉立言と松井をつけた。この有吉の息子である立行と松井が、後に忠興に仕える家臣のツートップとなる(隠居的に)これに米田君を入れるとトリオ・ザ・細川となる(隠居的に)
細川の御隠居 @yuusai1534
時系列って言ったのに、さっそく途中で一年遡っちゃった。あーあ(大の字)
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ここで一回ネコチャン🐈を挟みます pic.twitter.com/bchp2wUZIW
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細川の御隠居 @yuusai1534
1581年、3月。儂は大殿、信長様の命で丹後をまとめることとなった。その為、それまで居た青龍寺城は大殿の使者に引き渡すことになり、この役目を果たしたのが松井とされている。このように何かというと大事な儀式には細川は松井を名代として出している。何でも卒なくこなすオールラウンダー松井。
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儂は家老を二つ置いた。次男興元、そして松井である。それぞれ一万三万石、お互いの下に有力家臣を置いた(米田君や有吉もこの二人の下についてる)一説には戦となればどちらが先手になるかクジで決めることにして、日常の勤務は一日交代と定めたそうだ。
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その説で行くと、興元と松井が戦の度にクジ引いて「やったー!俺の勝ち!」「くっそー、負けた!」とか一喜一憂していたことになるのでクッソ可愛いと思うのは隠居だけだろうか。 雅さと可愛さと血生臭さが同居してる、これが細川だ。
細川の御隠居 @yuusai1534
1581年6月、儂は鳥取城攻めをしている未来の太閤様、羽柴様の支援に向かった。先鋒として船で急行した松井と有吉立行は8月下旬、鳥取へ到着。羽柴様の付城に兵糧を入れると共に、鳥取城に補給しようとする毛利水軍65隻を撃退する。これにより補給は断たれ、鳥取城の飢え殺しのダメ押しとなった。
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この時、毛利家の船戦に上手な鹿足元忠殿を討ち取っている。さらに取伯耆・泊城を攻める活躍を見せ、羽柴様から大変感謝された。大殿、信長様からも隠居宛の書状で「この2度に渡っての家臣の働き、大変神妙である」と褒めている。
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(「折紙并に松井の注進状披見を加え候仍って、伯州面に至って深々と相働き、泊城へ押し入り、数多く討ち捕り、悉く放火せしめ、敵船六十五艘を切り捨つるの由、尤以て比類なきの働き、神妙に候」9月16日 藤孝宛の黒印状)
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なお出典不明ではあるが、隠居の持っている本に最高に松井△な逸話が記されているので簡単に説明する。松井△!!大河で放送して!くらいの気持ちで聞いてほしい。 松井は攻めあぐねている羽柴軍の様子を知ると、鎧を脱いで商人の変装をして物売りとして敵の船の一つに入り込んだ。
細川の御隠居 @yuusai1534
家来の桑原寸助に松明を投げ込ませて、焼打ちを仕掛けると、松井軍は敵方に小舟で攻撃を掛けた。その中で松井の旗印が相手の鹿足側の兵に奪われると、すぐさま松井はその船に飛び移り、旗を取り返したという。
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やがて松井軍が優勢となると、スイマー鹿足殿は海中を泳いで逃げようとしたが、丹後水軍にもスイマー村尾がいたので、泳いで追いかけついには首を取った。このことを聞いた羽柴様はいたく感心し、「今後は船での戦では鎧を脱いで戦うことにしよう。これを以後、松井流と呼ぶ」といい、
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報告にきたスイマー村尾に御自らお召しになっていた金襴(きんらん。平金糸に横糸に加えて模様を織り出した錦の一種)の陣羽織を与えたという(出典分からないけど松井△エピソードここまで)
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ここで一旦ニャンモナイト🐈を挟みます pic.twitter.com/t8ZNzdjqnT
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本日の松井あっぴるはここまで。また明日再開します。ニャンモナイトでお別れしましょう、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ pic.twitter.com/69dOFdcOfs
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今日も丹後が平和なのは エキセントリック(戦国!)ボウイがいるからさ 怖いぜ怖すぎるぜ エキセントリックボウイ  刀も充実 うれしいな仕置きの手段さ、三十六歌仙! 呼べば答える家臣団 頼れる仲間だ選り取りみどりの人材
細川の御隠居 @yuusai1534
松井康之!「また忠興様か」 有吉立行! 「は~い!」 沢村大学! 「お金貸してください必ず返しますから」 さあ、みんな行くぞ! 結婚相手は大殿の紹介 後にガラシャと改名 たま姫 「アーメン」 敵か味方か義理の父上 「味方になってほしかったんだけどね」
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