カレイドスコープ・オブ・ケオス＃3

ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

周囲をバッドランドの複雑地形に守られたその地下……複合核シェルター施設には、ヌーテック社が持つ作戦本部の一つが存在するのだ。UCAの共同戦線が発足して以来、ここにはトオヤマ攻略戦のための作戦本部が設置されていた。深く、秘されし重要拠点だ。　21

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この地下深くには、ヌーテック社員が信仰してやまない偉大なる旧世紀ニュークの数々が保存されているだけでなく、旧世紀の大規模データセンター、そして大いなるT1回線ケーブル束が埋まっている。このT1回線はNY、さらに北部のカナダを繋いでおり、UCAの重大なる共有財産……通信の大動脈である。　22

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そして今……基地の中枢、司令室では、ヌーテックやアルカナム等から派遣されたUCA代表者ら十数名が、秘密会議を執り行っていた。彼らは円卓につき、UNIXデッキを立てて、IRC談合の真っ最中であった。中央にはアブストラクトな図形がホロ投影され、暗い室内で各々の顔はかろうじて判別できる程度。　23

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通常時であれば遠隔ネット接続した各地のリモート参加重役が含まれるが、「天下布武」に伴う大規模ネットワーク障害がそれを許さない。それでも、敵首都ホンノウジからファイアストーム隊が帰還したとなれば、緊急の会合がこうして行われるのは道理であった。だが……会議の風向きは、怪しかった。　24

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ヨロシサンからはオクダ営業部長。ネオサイタマ出身の典型的ヨロシマンである。ゼン・ミライからはザオ・リン・ケイトモ。彼女は天下布武ポータルに強い興味を示すテック畑の人間だ。アルカナムからはハイエージェント・ビル・モーヤマ。サイバーサングラスをかけ、黒髪黒髭、しかめ面の男。　25

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この施設の重点管理者であり、ホンノウジ強行偵察作戦の主軸となったヌーテック社からは、青く光るサイバー丸眼鏡スコープを装着したバトラー長官、顔色が悪く不機嫌そうだ。そして殉職したクレイグ隊長の上司にあたるエヴァンズ中尉。目つき鋭く、スキンヘッドに古傷が多数。　26

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そして各社の事務官、秘書たちが、今も高速タイピングを行っている。加えて……参考人として今回、特別に参加している者がいた。ヌーテックの強行偵察兵トム・ダイスと、アルカナム科学者、サクタ・イイダ。彼は殉職したヒロ・イイダ博士の血縁者でもあり、LANケーブルを混ぜた髪が場違いな若者だ。 27

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「ふァ…」サクタは欠伸しかけてハイエージェント・ビル・モーヤマに睨まれ、笑顔でかしこまった。オクダ営業部長が咳払いした。「エー、まあ、いただいた貴重な情報分析の結果をいかしてですね、各社善処するという事で、いかがでしょうか。弊社としては、戦線を南に後退させない事が要望点でして」28

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南にはヨロシンカンセンのレールラインがあるのだ。「畏れながら、貴社は当事者意識が足りん」バトラー長官が睨むと、オクダは震え上がった。「アイエッ！」「これ以上の膠着は無駄な犠牲を強いる。ニュークするべき。一発でケリをつけるにはニュークだ。奴らはナメ過ぎた。潰して終わりだ」　29

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「しかし……」トムが口を開こうとしたが、エヴァンズ中尉が留めた。彼は首を振って、（今は待て）と伝えた。理知的な目だった。ザオ・リンが異論を唱える。「拙速なニューク使用は必要以上の被害をもたらしますよ。何よりまだ、 "天下布武ポータル" の詳細がわかっていない」「ポータルだと？」　30

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「そう、アレはウキハシとは別の原理のものであって、今回の混乱から掬い取るべき叡智の片鱗ですわ。恐らくあのポータルの繋がる先には現在の我らの理解の及ばぬものがある。欧州系のメガコーポの協力を仰ぐ選択肢も捨てるべきではなく……」「有り得んな」ビル・モーヤマが遮った。　31

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「カタナやオムラの連中の本質を忘れたわけではあるまい。奴らに敷居をまたがせるつもりはない。そして天下布武ポータルに関し、貴社が率先して関わろうとするのも不可解だ。ネザーキョウのテクノロジーについては弊社アルカナムが深く研究を重ねてきた。今回のデータを導いたのも弊社科学者だ」　32

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「アハハ、ドーモ……」サクタは頭を掻き、LANエクステンションを弄ぶ。ビル・モーヤマは不機嫌そうに見渡した。「対ネザーキョウ作戦は、当初より弊社とヌーテック＝サンが主軸となって進めている。外野……失礼……後方支援していただいているお立場からの勇み足は、やめていただきたいものだ」33

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「と、とにかく一端持ち帰ってですね……」「黙っていただきたい、ヨロシサン！」バトラー長官がピシャリと言った。「アイエッ！」「南方戦線では今でもリアルタイムで……特に我が社の企業戦士達が血を流している。敵のニンジャ戦力は侮れん。慢心がなかったか？軍を一時撤退させ、ニュークだ！」　34

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「しかし、それでは！」トムはエヴァンズ中尉の制止を振り切り、前のめりになった。「持ち帰ったデータ分析結果が示す通り、五重塔の結界は間違いなく既知の物理法則で測れぬ守りをネザーキョウにもたらしており、ニュークでは狙い通りの効果が得られる可能性は……」「下郎！」バトラーの怒声！　35

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「貴様はそもそも何故この重要会議にノコノコ顔を出しておるか！？」「私はデータの……」「イヤーッ！」「グワーッ！」鉄拳制裁！「イヤーッ！」右頬を殴り、左頬！「イ……」「イヤーッ！」「グワーッ！」バトラー長官を遮り、エヴァンズ中尉がトムの左頬を張った。「黙れ、トム・ダイス！」　36

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「フン」拳の持っていきどころをなくしたバトラー長官は腕を組み、荒っぽく椅子に座り直した。「弊社社員が見苦しいところを見せましたな」……一時間後、会議は終了し、各社代表者達は慌ただしくロビーを行き来していた。トムはガラスのような目を見開き、力なく、自動販売機の横に腰掛けていた。　37

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「ドーゾ」紙コップが差し出された。コーラだ。「ネザーキョウにコーラはあったか？」「ア……」トムは慌てて立ち上がり、恐縮して受け取った。エヴァンズ中尉だった。「さっきはスマンな。場を収めるために、ああする他なかった」「……わかっています」２人は向かい合ってコーラを飲んだ。　38

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炭酸とカラメルが口中に広がり、身体の細胞が刷新されるような爽快感と、帰還の実感が全身を駆け巡った。トムは涙腺をこみ上げるものを感じ、エヴァンズ中尉から目をそらした。「……クレイグ達は、残念だった」中尉が言った。トムは首を振った。「残念なのは、私の力不足です。データがありながら」39

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「前例がない……賭けるにはリスクが大き過ぎる。大勢の意見を覆せなかった」「……中尉は……信じておられますか。私の持ち帰ったデータと、イイダ博士の解析結果を」「……」エヴァンズ中尉は沈思黙考する。五重塔、ネザーオヒガン。トオヤマ作戦で裏付けられた幾つかの結果。それらが導く答え。　40

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サクタ・イイダはそれまでの自説に執着することなく、兄の死を悲しむ事もそこそこに、彼の観測データを組み合わせて、更に強固な「ネザー化理論」を一昼夜で構築し直してみせた。既存のネットワーク帯域を用い、ネザーオヒガンを現世に重ね合わせる。それがネザー化である。彼はそう結論づけた。　41

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いわば異世界と言うべきネザーオヒガンを現世に呼び込む……そのためにはオヒガンの強いエネルギーが必要だ。そのリソースとなるのは、インターネットの豊富な帯域リソースである。カナダには電子戦争以来のネットワーク網がそのまま眠っている。そしてタイクーンはインターネットを禁止している。　42

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五重塔は周辺のネットワークインフラを用い、ネザー化を行う為の設備だ。「電子データであろうと、極めて高密度の情報であれば質量を備えうる」。アルカナムを始めとする最先端科学が証明しつつある事実だ。ネザーオヒガンの正体は不明であるが、五重塔は概ねこの理論に沿った結果を出力している。　43

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タイクーンによるインターネット禁止令……敢えて意図したものか、それともカラテを鍛えた末のずば抜けたニンジャ第六感が呪術的帰結としてインターネット禁止政策に導いたのか、真相は不明だ。しかし五重塔システムを駆動するための帯域確保の観点からは、極めて理にかなっている。　44

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「いいですか、基本原則。インターネットはオヒガンであり、現代においては、この世に超自然的なものを呼び寄せるものです。規定事実ね、これ」３つ目のコーラ紙コップがカンパイめいて掲げられた。トムとエヴァンズ中尉が見ると、そこにサクタ・イイダがいた。「わかってほしいんだな……」　45