『地獄の黙示録』×『モロー博士の島』×『ジャングルブック』 ぷりめ文書

連ツイ小説です。ヒトと獣の話です。
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@ぷりめ @prime46502218

「我々は人間になどなりたくない」王は静かに言った。「我々は火が欲しい」 「火ですか? しかし……」モームは目の前に並べられた御馳走、豚の丸焼きや蒸したバナナを示す。「すでにお持ちでは」 「違う、人間の火のことだ」王が言う。どうも話が通じない。火。火を手放すな。大佐の声がよみがえる。

2020-06-09 17:19:59
@ぷりめ @prime46502218

「失礼ですが、王、火とはこれのことですか?」私は腰の拳銃入れを示す。それから、害意のないのがわかるように、慎重に拳銃を取り出して見せる。サルたちがじっと見守る中、パゴダの屋根に一発放つ。 サルたちがどよめき、叫ぶ。「火だ! 火だ!」 王が叫ぶ。「ヒトの火だ! ヒトのちからの源だ!」

2020-06-09 17:23:47
@ぷりめ @prime46502218

私は、これは渡せないが、旅団を攻めるのを手伝うといった。王は有力なサルを招いて会議を開き、百家争鳴の議論の末、みんなが疲れ果てた頃に、じゃあそれでいいだろう、と言う方向に会議を誘導してまとめた。いやなところまで人間そっくりだ。 ともかく、同盟はなった。私たちは旅団本部を目指した。

2020-06-09 17:27:37
@ぷりめ @prime46502218

旅団は川岸の斜面に砦をかまえていた。石垣と木柵。なにか白い物が柵の周りに吊るしてあった。舟が近づくと正体が分かった。 「骨、ですか」モームが訊く。 「あれはワニの頭骨だ。あっちは虎、地域からしてベンガル虎だろう」教授はさすがに詳しい。「なぜ骨を?」 「見せしめでしょう」私は呟く。

2020-06-09 17:34:18
@ぷりめ @prime46502218

サルの反乱のせいか、元々統治に無理があったのか、博士に従わない獣人たちがいるらしい。 桟橋で出迎える者がいた。遠目には毛皮を着た人に見えた。近くで見ると人の皮を被った虎だと分かった。しなやかで、獰猛と冷酷を笑顔の下にたくし込んでいた。 私たちは名乗った。虎は笑った。「シア・カーン」

2020-06-09 17:43:30
@ぷりめ @prime46502218

「虎の王?」私は聞き返した。「博士にもらった名前ですか」 「意味などどうでも良いこと」虎は笑った。「客人たちをもてなす用意は整っています。同胞たちは軒に触れるほど芋や果実を積み上げている」 「博士にお会いしたい」モームが言うと、虎の王は脅すように目を細めた。「博士はお疲れです」

2020-06-09 17:48:31
@ぷりめ @prime46502218

モームが兵士たちを船の番と護衛に振り分け、教授がシア・カーンにまとわりついて骨格や筋肉を観察して鬱陶しがられているとき、わたしの袖を引く者があった。獣人のひとりだろうか。小柄だ。ぶかぶかの水兵コートを頭からかぶっていた。 「夜、炭焼き小屋。博士がいる」英語で言って、獣人は去った。

2020-06-09 17:55:35
@ぷりめ @prime46502218

夜、不気味なくらいの歓待を受けた後、宿舎の小屋からひとり忍び出て、炭焼き小屋へ行く。さいわい月はない。これが罠である可能性は十分ある。恐る恐る入る。 「静かに」と闇の奥から声をかけられて身がすくむ。「英国情報部の使いか?」 老人だった。昔たくましい大男だった名残がまだ微かにあった。

2020-06-09 18:01:20
@ぷりめ @prime46502218

背は曲がり、禿げ上がって頭の形が一目でわかった。厳格だったはずの顔から柔軟性と覇気が失われて、意固地な老人の顔になっていた。 「あなたが……モロー博士?」私は訊く。「獣人たちの造物主?」 「いかにも」とモローは言った。「創造物に二度も背かれた、囚われの造物主だ」

2020-06-09 18:04:21
@ぷりめ @prime46502218

モローによると、旅団の元の指揮官を殺したのはシア・カーンと彼に同心する一部の獣人だ。彼らは旅団の実権と装備を奪い、獣人たちの間で権威があり仲間を増やすのに必須のモロー博士を指導者に頂きつつ拉致して、ジャングルの奥地に王国を築いた。 「被造物の反乱ですか」私は呟いた。

2020-06-09 18:12:31
@ぷりめ @prime46502218

「知恵の実を食べたアダムとイブを追っ払った主は、さすが賢明だ。知恵のある配下は油断ならん」モローが忌々しげに吐き捨てる。この老博士は何度、自分の作った獣人に背かれているのだろう。 「博士、計画を」水兵コートの獣人が促した。 「今話すところだ」とモローが意固地に言った。

2020-06-09 18:15:51
@ぷりめ @prime46502218

計画はこうだ。大部分の獣人は、シア・カーン一党を恐れている。しかし、博士への忠誠心もしくは恐怖が勝っている獣人もまだ多少いる。その獣人たちに命じて明日の昼食どき、弾薬庫に火をつける。 「そういうのは夜陰に紛れるのでは」私が訊く。 「夜目の利く獣人に闇討ちしてどうする」博士が言う。

2020-06-09 18:20:35
@ぷりめ @prime46502218

私は、同盟者であるサルの王ルイ16世のことを話す。 「ルーイか?あのオランウータン?王になってるのか?」博士が驚く。外部の情報はほとんど知らされていないらしい。 「同盟軍として頼りになるでしょうか」 「兵はサルか?」 「サルです」 「サルが束になっても虎には勝てん」もっともである。

2020-06-09 18:24:12
@ぷりめ @prime46502218

「サルにふもとの街を攻めさせたら?」水兵コートの獣人が言う。「カーンは信頼できる獣人を差し向けてサルを追い払わせる。周りが手薄になったところで、弾薬庫を焼き、ヒトが銃でカーンを討てばいい。虎が死んだと知れば、みな博士の言うことを訊きます」 おおお、とふたりは獣人の知恵に感嘆した。

2020-06-09 18:28:26
@ぷりめ @prime46502218

「素晴らしい。モーグリ、連絡を頼む。もう行かねば。カーンの手下に怪しまれる」博士はモーグリが差し出す杖を手に取った。 「蛙(モーグリ)。きみはカエルの獣人なのか」私が訊く。こんなでかいカエルがいるのか? 「わたしはサルの獣人です」モーグリが少しさびしげにつぶやいた。

2020-06-09 18:30:55
@ぷりめ @prime46502218

全てをモームと教授に伝達し、計画は承認された。博士の獣人が所用で外出すると偽り、集結しつつあったサルの軍隊に計画を伝えた。 当日の昼。わたしたちは砦の大食堂で食事していた。カーンは訊いた。「客人がた、今日の料理はお口にあいませんでしたか?」 皆、緊張で食が細かった。

2020-06-09 18:35:33
@ぷりめ @prime46502218

「しばらく船の上でしたから」モームが言う。「おか酔いしたのかも」 「教授は昨日ものすごく食べていましたが」カーンはよく見ている。 「食べすぎて胃の調子がおかしいらしい」教授がごまかす。 「あなたは」私に尋ねる。「昨日よりポケットが膨らんでいますね」予備の弾薬が入っている。

2020-06-09 18:39:18
@ぷりめ @prime46502218

自分の鼓動が聞き取れた。シア・カーンの鋭い耳にも聴こえているに違いなかった。 「すみません」といって、左のポケットに手をやる。モームと教授が緊張する。手のひらの上のものを見せる――弾薬の上においてあった動物の牙を。 「珍しいので、記念にと……失礼でしたよね、すみません」

2020-06-09 18:42:35
@ぷりめ @prime46502218

カーンが破顔して、何か言おうとしたところで、側近らしいニシキヘビの獣人やってきて囁く。中座し、何事か指示を出して、失礼を詫びつつ戻ってくる。 「なにかありましたか?」教授が訊く。 「いえ、客人の耳に入れるようなことでは……」 そのとき、弾薬庫から、雷が落ちたような音がした。

2020-06-09 18:45:51
@ぷりめ @prime46502218

「撃て!撃て!」モームが叫び、英国軍兵士たちがカーンに向けて一斉射撃する。しかし! 「おのれ、たばかったな!」シア・カーンは牙をむきだした。手にはとっさに盾にした側近の獣人の亡骸があった。カーンは獣人たちに命じた。 「殺せ、ヒトを殺せ! ヒトが我らを殺したように!」

2020-06-09 18:49:01
@ぷりめ @prime46502218

兵士たちは銃を向けたが、カーンは明らかに銃相手の戦いに慣れていた。兵士の一人に躍りかかり、ライフルの長い銃身をつかんで弾を逸らす。兵士の体を盾にして間合いを詰め、爪の一撃で目をつぶす。兵士を二人ほふったあと、カーンはわたしに躍りかかった。私は拳銃を二発撃ったが、当たったかどうか。

2020-06-09 18:53:09
@ぷりめ @prime46502218

「おのれ、憎い、憎い」シア・カーンは呪いを吐いた。「ヒトに創られ、ヒトに仕え、ヒトに殺されるこの身が憎い」カーンの爪が喉に食い込む。痛い、と言うより熱い。 「カーン!」聞き覚えのある声がした。水兵コートの獣人だった。門のそばで仁王立ちになり、ライフルをかまえていた。「来い!」

2020-06-09 18:57:43
@ぷりめ @prime46502218

カーンとモーグリは互いを見た。二人にしか分からない何かが交わされた。 カーンはわたしをうち捨て、モーグリに飛びかかった。四つ脚でしなやかに。美しく吠えて。水も口をつけて飲んだに違いない。 銃声がした。同時にカーンの巨体がモーグリに覆いかぶさった。二人は一つの塊となって転がった。

2020-06-09 19:00:44
@ぷりめ @prime46502218

「獣人を武装解除しろ! 博士の身柄を!」モームが次々指示を出した。私をみて言った。「エリック、カーンにとどめを!」 私は無我夢中で小銃をひっつかみ、門の外に転がった二人に駆け寄った。そして、見て、足を止めた。 少女。褐色の肌をした現地人の少女だった。水兵コートは傍に脱げおちていた。

2020-06-09 19:04:53
@ぷりめ @prime46502218

少女は虎を抱いていた。虎は死にかけていた。素人目にも生きる望みはなかった。たとえ獣を人に変える業をもってしても。 虎は呟いた。憎い。憎い。ヒトに生まれなんだこの身が憎い。少女の褐色の肌は、虎のものと思しき爪痕や嚙み痕でいっぱいだった。 わたしが見たどんな聖母像も、これには及ばない。

2020-06-09 19:08:31