「弱(チンピラ)虫」について語りたい
- sou_sitaku
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立原あゆみ氏の「弱(チンピラ)虫」という作品を読んだのです。代表作の「本気!」と世界観を直接的に共有しております。「本気!」は主人公を中心とした成り上がりストーリーでしたが、こちらも主人公は置かれているものの、どっちかというと群像劇ですね。
それでいろいろ語りたいと思ってツイートの文章を書いていたのですが、どうも長くなりすぎそうでしたので、直接Togetterに書き込むことにしました。
主人公・ヲサム
まずは主人公の北爪修について。
ストイック(というか生き仏レベルの聖人)だった白銀本気に比べてこちらの主人公の北爪修(ヲサムと表記されるところになんともいえない作者のセンスを感じる)は、普通に女から搾取するし、浮気もしまくる。暴力・殺人も辞さない人。
ただし、あまり目立った出世はしないものの本気を超えるレベルのチートキャラ。
まず喧嘩最強。本気もそれなりにゴロマキに強い描写はありましたが、あくまでそれなりでした。ヲサムは大抵パンチでKOする描写が多いです。強そうな描写のある敵も何人か出てきているのですが、大抵圧勝してしまいますね。
喧嘩よりも女関係と下半身の方がチート。顔が整ってて良い身体をしてるというのもあるのですが、なんかフェロモン出てるのか出会った女は大抵女の方から誘ってきてヤレる。ヤッた女はヲサムの虜になる。
ホステスなんかはまあそんなものかなと思うのですが、処女も自分から誘うし、自分を逮捕しようと付け狙っていた女警部補も落とすし、果ては刑務所で収監中に女看守とも独房でヤッちゃったのはまさにチートレベルのジゴロ野郎です。
群像劇の主人公達
ヲサムがあんまりチートなため、コイツを動かすとあまり話にならないので、この作品の大半は先ほど群像劇と述べたように、ヲサムの知らないところで進むエピソードで埋められています。
その一つが宏関係。初期はチンピラだったヲサムに憧れて懐いているだけのチンピラ未満だった宏がワルに開き直って成り上がっていき、そしてある1人の女との出会いでそれが狂っていく過程が描かれています。
殺しを厭わず金を稼いで成り上がり(作中で10人を超える殺しに主導的に関わります。)、調子に乗っている様子が見て取れたので今にも破滅・退場しそうな感じだったのですが、結局物語終盤まで主人公と言って差し支えないキャラクターでした。
そして朝村関連。己の保身と出世のためにヲサムの親分である船水の足を引っ張ることばかり考えていた典型的な三下キャラの朝村の方は、策が裏目に出て追っ手が掛かるハメになったのですが、1人の少女に懐かれて、改心します。
宏に比べれば深さは足りないものの、その最期は単純ながら良い味を出していました。
群像劇の女達・有美、由夏、冬美
女性を中心にしたエピソードも豊富です。申し訳ないですが、初期のヲサムの女房(パシタ)である、浮気しまくっていたヲサムに身を削って献身的に奉仕し、病気で果てた有美のエピソードは薄め。
最終的にヲサムの気持ちは有美に帰るのですが、どうも女性としてより母性に惹かれた感があり、わがままを許し献身的に尽くしたことを母性と言われると首を傾げたくなります。
ですが、有美の残した波紋は話に大きな影響を与えています。特に破滅傾向のある女性エピソードに対して、有美の妹分にあたる由夏は1人の不良女子高生・冬美を救い、結婚にまで導いています。
この救いのあるエピソードは由夏自身がホステスを辞めてカタギの会社に就職、冬美自身を引き込んでカタギの男性との間を取り持ってやる過程が本当に断片的に語られているだけなのですが、相変わらずヤクザロードを進むヲサムの車と、由夏・冬美が乗る運送会社の車が擦れ違って「ヲサムが驚いてる」って喜び合うシーンは好きですね。
物語の中心にいた女・涼子(シドニー)
涼子(シドニー)。コイツが「弱(チンピラ)虫」の世界の中の中心にいた女かも知れません。(初期に物語の中心にいた女は後述の景子でした)
始めて登場したのは宏エピソード。このときは普通の女子高生。やさしいと言われて宏が一目惚れしたところから始まります。涼子も宏のことは憎からず想っていますが、すれ違いがあって結ばれませんでした。
その一方で悪に開き直っていた宏は、談合に反対する公務員である男をそれを疎ましく思う人物に頼まれて殺害することになるのですが、じつはこの殺害された公務員が涼子の父親で、ここから歯車が狂っていきます。
どういう経緯を辿ってか、涼子の次の登場はホステス・シドニー(源氏名)として。この時点では処女です。それを知った宏は影ながらシドニーを守ります。
守るといっても近づくストーカーを殺す等朝飯前レベル。父親も含め、あまりにも涼子に近づく男が死にまくるので警察も連続殺人犯として完全にマークするくらいです。
そこで登場するのが女の敵・ヲサム。トラブル処理を頼まれてやってきたヲサムは例の謎のフェロモンによって送り狼になり(誘ったのは彼女の方)、先ほど触れた朝村を含めて多数の男が狙っていたシドニー涼子のヴァージンをかっさらい、夢中にさせます。(さすがにヲサムには宏は手は出せませんでした)
そこからしばらくシドニーの身分はヲサムの女の1人として認知されるのですが、ヲサムは中途半端に情けをかけて学校に行かせたがったり(結局後に退学する)、シドニーのためといって切り捨てることになります。
次に宏がシドニー涼子と遭ったのがソープランド。これがラストエピソードになります。
宏とシドニーはすれ違いで敵わなかった出会った当初の約束を果たし、ようやくその純愛が結ばれることになるのですが、あまりにも自分の周りにいる男が死にまくるので、割と破滅的志向に陥っていたのか、心中を考えていたようです。
宏も同意して付き合うのですが、亡くなったのは涼子だけでした。しかしこのエピソードで吹っ切れた宏の物語もまもなく結末を迎えます。
実は涼子には弟がいます。姉戸の関係や父親殺しのことは知らず、父の仇を討つために宏に舎弟入りしたりするのですが、頭がよく、宏の導きもあって自分の意思で足抜けして涼子関係で唯一の救いのあるエピソードになっています。
物語初期ではメインヒロインだった景子関係
景子は時代が違えば傾城と言われる女なのでしょう。女番のヲサムのように出会った男をみんな夢中にしてしまいます。
そして、ヲサムのように相手に貢がせるということはあまりしないです。男についていくだけ。ただ、男が景子を手放したくないが為に破滅していくことの繰り返しなのです。
逃げた先で男に拾われ、最初は親切にしていた男は辛抱たまらず景子を襲う。景子も嫌がる様子はみせますがセックスは拒まず、その後も逃げずに男の世話になる。
そこでその男の息子も景子に魅力に辛抱たまらず景子を襲う。景子も嫌がる様子はみせますがセックスは拒まず。息子は景子を連れ出して駆け落ちする。
駆け落ち先で、元いた組のチンピラに見つけられ金と身体をたかられる。
チンピラは駆け落ち息子を脅すが、景子を守るために駆け落ち息子はチンピラを刺し殺してしまい、殺人犯となる。
こんな具合に関わった男は大抵破滅するか死ぬかします。先述の涼子並みに周りの人間を失っている(数で言えば涼子の方が多いですが、景子の場合はかなり近しい人を次々失っている)のですが、景子はほとんど動じないのです。
先述の駆け落ち息子を殺人犯にしてしまったときには流石に気にしている様子はありましたが、それでも生き方を変えようとは思わなかったようです。
ただ、ヲサムにだけは時々一方的に意味深長な連絡をよこし、執着を見せているあたり、もしかしたらヲサム以外の男はどうでも良いと思っていたのかもしれません。
こう書くとクズ女に見えるのですが、本人は至って受動的で悪意は全くないので、見方を変えれば自分の容姿・色気に振り回されている可哀想な女性とも言えるのです。
だから、最後は収まるところに収まって欲しかったのですが......。
消化しきれないエピソードの一つです。
まとめ
エンターテイメントとしては「本気!」の方が楽しめるのですが、物語の深さは「弱(チンピラ)虫」のほうが上という印象です。
ヲサム関係のエピソードの最後は、場面が飛び飛びになってあまりよく分からなかったのですが、宏・涼子あたりを中心に見えるとかなりの名作と言える作品でしょう。
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