『両国ともにその土地に思い入れがないしょんぼり国境紛争地帯の冒険小説』 ぷりめ文書

まとめました。
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@ぷりめ @prime46502218

騎兵を村に引き込む。途中の家や窓は塞いであるので、騎兵は二階や屋根から銃撃を浴びつつ集会場前の広場に集まる。要塞のような集会場と、広場に面した家々、ともに一階は塞いである。二階の窓から騎兵を狙い撃ちする。 「集会場の指揮官は狙撃手。侵入口側の指揮官は大男、反対側は看護兵」

2020-06-23 20:17:10
@ぷりめ @prime46502218

「私と斥候は特別任務がある。遊牧民の宿営地を焼き討ちする」 村人がざわめく。無茶だ、死にに行くようなものだと声が上がる。 「夜にこっそり行って、適当に焼いて戻ってくるだけだ!」斥候が声を張り上げる。 「まさか、娘…」と村長が言いかけるのを、長老が制す。彼は村が守れればいいのだ。

2020-06-23 20:21:42
@ぷりめ @prime46502218

娘を助ける義理はないが、助けるのを妨害する義理はもっとない。 薄暮の中、斥候と二人駆けする。 「ガッコじゃ何やってたんすか」珍しく斥候が過去話をする。 「社会学」 「何すかそれ?」 「人々の暮らしを調べる」 「食ってけるんすか、そんなんで?」 「親父にも同じこと言われた」 斥候は笑う。

2020-06-23 20:25:53
@ぷりめ @prime46502218

「そっちは?」 「砂、太陽、砂、馬、天幕、太陽、水辺、ラクダ」 「シンプルだ」 「シャカイなんて、縁がないっす」 「そんなことない。ここに俺が、そこに斥候がいる。狙撃手や大男や看護兵も。これが社会だ」 「ふうん…」斥候は咀嚼しようとした。沈黙。「これから共に死ぬかもしれない人に、だ」

2020-06-23 20:29:38
@ぷりめ @prime46502218

「何だ突然」 「一応聞いとこうと。なんで行くんです?」 「俺は国境警備隊員だ」 「なりたくてなったわけじゃない。一生の仕事でもない」 「それでも宣誓してバッジをつけたからには責任がある。これもまた社会だ」 「…あたしはシャカイに縁がなくて良かった」斥候は黙る。納得したか、諦めたか。

2020-06-23 20:33:23
@ぷりめ @prime46502218

斥候は宿営地の見張りを音もなく殺し、犬たちに毒餌を投げ、見当をつけていた武器弾薬や食料の天幕を探り当てた。こいつが警察側で本当に良かった。逆だったら盗賊の大頭目になっていただろう。 「娘は、たぶん男の天幕っすね」 「傷つけるのか、人質なのに?」 「そんなお上品な連中に見えます?」

2020-06-23 20:54:53
@ぷりめ @prime46502218

私は一番でかい天幕を探った。こういうのは偉い順に決まる、と斥候が言うからだ。 果たして、娘はいた。遊牧民の頭領らしい、図抜けた偉丈夫がいびきをかいている傍らに、それらしい少女がいた。私は息を詰め、教えられた通り、片手で少女の口をふさぎ、驚いて身をよじる少女に「警察です」と告げる。

2020-06-23 20:59:25
@ぷりめ @prime46502218

少女は私の制服でか、沿岸部訛でかわからないが、納得したらしい。どっちが人さらいかわからない格好で天幕を出る。月明りで驚く。少女の肌は麦粥のような褐色だ。顔立ちも少し違う。外国人か少数民族か。 斥候と落ち会い、少女を引いてきた三頭目のラクダに乗せた。天幕に火をつけた斥候が走りよる。

2020-06-23 21:05:00
@ぷりめ @prime46502218

「ちゃんとやりました?」ラクダに鞭を当てつつ斥候が訊く。 「ああ、この子だ」 「じゃなくて、頭領の方です! 刺し殺しました?」 「…あ!」 「っち、つっかえねー!」 声を低めてぎゃあぎゃあ口論しながらラクダを飛ばす私たちの背後で、火が回った弾薬庫が爆発し、男女の悲鳴が聞こえた。

2020-06-23 21:08:39
@ぷりめ @prime46502218

後ろのラクダで、少女が声にならない悲鳴を上げる。振り返る。地平線に砂ぼこり。 「マジかよ!」斥候が吐き捨てた。「追ってくる気か、火事もけが人もほったらかしで!」 予想外の事態だ。「合図を送る、少し足を落としてくれ」 何も言わず、速度も落とさず、斥候は拳銃を抜いて天に三発放った。

2020-06-23 21:14:07
@ぷりめ @prime46502218

「予定通り、村の反対側に行くと」 「気づかれますね、仕掛けに」 「でもこのまま、正面から突っ込むと」 「袋小路ですね、てめえでこしらえた」 考えることはあまりに多いのに、ラクダの足はあまりに早く、あんなに遠かった村がどんどん迫ってくる。解決策が一つだけあることに、二人は気づいていた。

2020-06-23 21:19:42
@ぷりめ @prime46502218

「しゃあねーな」斥候が言う。「そっちニ騎、街の後ろに回って。あたし正面から行くんで。したら迷うっしょ、向こうさんも」 馴染みの賭場にでも行くかのような調子で、斥候は死地へ行くと宣言した。 「だめだ!」とっさに口をついた。 「じゃ、どうすんの?」 「……」 「ないんじゃん」斥候は笑う。

2020-06-23 21:23:33
@ぷりめ @prime46502218

村の入り口が見える。屋根で指揮を執っている大男も。うなずきあう。彼は分かっている。 「じゃ、隊長、色々ありが―」と言いかける斥候の手綱を掴む。「行かせるか!」二騎は村へ突入する。家々が後ろへ飛び去って行く。 「おい、テメエ!」斥候が上官にガンをつける。「あたしの手綱とる気か!?」

2020-06-23 21:30:47
@ぷりめ @prime46502218

「当たり前だ、ロバ野郎!」私は夢中になって叫ぶ。「俺は手前の上官だ!」 少女のラクダは最後に見えたとき、慣性のまま村の向こうへ走って行った。看護兵が回収してくれるだろうと、今は信じるしかない。 村の入り口から広場までは、まるで人生のように短かった。集会所が見えてくる。

2020-06-23 21:33:16
@ぷりめ @prime46502218

「行き止まりだ。二人で死ぬこたぁないじゃないの」斥候が呟き、騎兵銃を鞍から外して、拳銃の位置を確かめる。 「狙撃手!」私は集会所の上階に叫ぶ。「『引き上げて』くれ!」 つまりこうだ。ラクダは背が高い。二メートル近くある。『その上に立てば』、三メートル半に手が届く。 二階の窓に。

2020-06-23 21:38:55
@ぷりめ @prime46502218

私と斥候は、屈強な村人の手で軽々と引き上げられた。小娘になった気分だった。実際に斥候は小娘だったが、本人には言わなかった。殴られるからだ。 殺気立った集会所の二階、窓辺にもたれかかる。斥候の左手にふと手を伸ばした。指がふれた。絡めてきた。そうやって互いに、まだ生きていると確認した

2020-06-23 21:43:37
@ぷりめ @prime46502218

遊牧民は全滅した。というより、全員が動かなくなるまで撃った。相手が逃げようとした後も。 残された女衆はどうなるのだろうか、と私は思った。研究対象になったかもしれない異なる社会を、私は一つ地上から消し去った。 村長も村人たちも感謝していた。長老は感謝しつつ長居しないでもらいたがった。

2020-06-23 21:47:33
@ぷりめ @prime46502218

長老は賢い男だ。ひげの長さだけ、知恵も長い。どれだけの襲撃を、どれだけの災厄を、この老人は見てきたのだろう。 「じゃ、点呼。斥候、狙撃手、大男、看護兵」返事は、うっす、おう、はいはい、はーい、であった。 「それと…娘ちゃん」私は『同道者』をみた。少女はこくんとうなずいた。

2020-06-23 21:53:21
@ぷりめ @prime46502218

少女は衝撃で声を失っていた。看護兵いわく声帯の機能自体は問題ない、精神的な物だろう、と。両親らしき同道者を殺されたせいか、さらわれた後のせいか。 問題はこの少女、読み書きができないのである。名前も生年月日も住所も来歴も、どころか国籍すら不明。試しに地図を見せたが首をかしげていた。

2020-06-23 22:01:13
@ぷりめ @prime46502218

同道者の遺体は見つからなかった。遊牧民がどこかに捨てたのかもしれないが、男を皆殺しにしたので確実な証言者はもういない。荷物は遊牧民に奪われ、たぶん焼けてしまった。 少女の着ていた民族衣装と、腕時計や方位磁石に驚く所からすると、口がきけても隣村の名前くらいしか知らないかもしれない。

2020-06-23 22:06:44
@ぷりめ @prime46502218

村には引き取ってくれる縁者もおらず、この状態で少女を放り出すわけにもいかず、仕方ないので警備隊が近くの街まで送っていくこととなった。 「ちっ、仕事せずに水だけは飲みやがる」斥候が言う。少女は黙ってラクダの世話をする。その手付きはよどみない。 「嬢ちゃんを雇うか、斥候をクビにして」

2020-06-23 22:11:13
@ぷりめ @prime46502218

私が冗談を言うと、斥候にかなり本気で蹴られた。 「行政府のある大きい街、街と……一番近いのはシャーラバードだ。それにはまずこの村に行って、そこからこっちのオアシスに…あ、このルートの方が近いか」 天幕の下、地図を調べる私を遠巻きに眺めつつ、隊員たちは少女のあだ名を考えていた。(了

2020-06-23 22:17:19
@ぷりめ @prime46502218

こんな感じです。いかがでしょう。『水戸黄門』×『乙嫁語り』×『ジャンゴ 繋がれざる者』 黄門さま一行が、ときには先の副将軍よりちりめん問屋の裕福なご隠居の方が通りがいいほど政府の権威が曖昧な、ペルシャか中央アジア風な文化の地方を漫遊しつつ、ときには説得でときには銃で正義を通す。

2020-06-23 22:22:20
銀灰色のどら猫 @DraNecoSilver

@prime46502218 荒野な感じがすき~ 風景だけじゃなく、人間たちも荒れて枯れててそれでいてタフな感じ

2020-06-23 22:32:59
@ぷりめ @prime46502218

@DraNecoSilver 荒野です。若者やあの馬鹿や少女たちが目指すところです。風景も人も乾いていく。いいですね。 もし隊長がグラントン大尉かアシェラッドみたいなくそ野郎だったらひどい話になる所でした。

2020-06-23 22:46:09