現代アイヌDNA資料の有効性について

まとめました。
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熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

【アイヌと縄文人との繋がり】について、肯定する側も否定する側もDNA解析に注目しています。勿論、否定する側は解析結果を曲解しているのですが。しかし、この現代アイヌのDNA資料については、80年代に二風谷で採取されたもので、地域性や絶対数から、その有効性に疑問を呈する向きがあります。

2019-08-04 14:35:22
熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

しかし、抑えておかねばならないのは、最新のDNA解析ばかりが注目を引きますが、【アイヌと縄文人との繋がり】については、それぞれ大量の人骨を統計的に比較研究した結果から指摘されてきたことで、DNA解析はそれを補完したものに過ぎないことは指摘しておく必要があります。 twitter.com/xiongmao53/sta…

2019-08-04 14:39:04
熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

勿論、これら大量のアイヌ人骨が非常に犯罪的な手段で採取されたものであることは指摘する必要があります。また、いわゆる「二重構造説」=和人は弥生人と縄文人との交雑によって形成、弥生系の遺伝子が圧倒的で縄文系はせいぜい20%以下という数値も、人骨の比較研究から導き出されていたことでした。

2019-08-04 14:43:33
熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

例えば「二重構造モデル」の提唱者・埴原和郎は87年発表の論文において、縄文人と現代人との骨の比較により、縄文系:弥生以降渡来系を10〜20%:90〜80%と推定。これは斎藤誠也などのグループが縄文人骨の全ゲノム解析の結果、和人に伝わる縄文遺伝子を12%と推定した結果に最も近いと言います。

2019-08-04 14:47:43
熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

朝日論座『縄文人のゲノムが現代人並みに解読された』 webronza.asahi.com/science/articl… によると、北海道礼文島船泊遺跡、1998年出土の約3500~3800年前(縄文時代後期)の23号人骨(女性)の全ゲノム解析の結果、【東京在住者に代表される本土日本人のゲノムの約10%が縄文人に由来すると推定できた。➡

2019-08-04 16:54:30
熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

また北海道のアイヌ民族の人々は7割くらい、琉球の人々は3割くらいを受け継いでいると考えられた。これらの割合について、神澤さんは「従来、形態的な特徴などの研究から言われていたこととほぼ一致した」と話す。】 ※重要=形態的な特徴などの研究から言われていたこととほぼ一致。

2019-08-04 16:56:15
リンク 論座(RONZA) 縄文人のゲノムが現代人並みに解読された - 米山正寛|論座 - 朝日新聞社の言論サイト 縄文人が核に持っていた全ての遺伝情報(ゲノム)が、国立科学博物館など国内7機関の共同研究で初めて現代人並みの高精度で解読され、その結果が日本人類学会の英文誌Anthropological Scien 12 users 734

【形質人類学上のアイヌと縄文人との近縁性】
中橋孝博『日本人の起源 古人骨からルーツを探る』(2005)より抜き書き。

“かつて長谷部言人は、縄文人を現代日本人の祖先と位置づける一方で、アイヌとは無関係と主張したこともあったが、 現在では、山口による頭蓋形態の分析だけではなく、その後、百々らによる頭蓋小変異や顔面扁平度、松村、埴原父子らによる歯の分析でも繰り返し両者の近縁性が示された。(中略) そしてさらに、山口敏とその後を継いだ百々幸雄らは、北海道の縄文人から続縄文時代人、擦文時代人を経てアイヌへと、各時代の人骨形質が時代とともに連続して変化していく様相を明らかにして、アイヌと縄文人との繋がりをほぼ決定づけた。結局、列島の北の大地では、縄文人とその末裔が幾度となく周辺からの人的、文化的な影響を受けながらも、その形質を大きく変えるほどの遺伝的影響からは免れ、祖先の生活文化と血を色濃く遺しながら営々と独自の文化を育んでアイヌ民族の形成に到ったのだろう。”
(246〜247頁)

熊猫さん🐼🐷🐶🐻🐮 @xiongmao53

なお、この中橋という人、淡々と書いているけど、アイヌ人骨がどのようにして入手されたかは言うまでもない。

2019-08-03 08:42:48

中橋が紹介した百々幸雄『アイヌと縄文人の骨学的研究』(東北大学出版会 2015)からも引用しておきます。

“日本人の大部分は、縄文時代以来連綿として続いてきた土着の人々であった”という、長谷部言人氏や鈴木尚氏の学説が後退し、代わって、北海道のアイヌこそが縄文人の血を濃厚に受け継いでいる人々であるという学説が主流になってきたのは、1960年代以降の日本の人類学の成果である。これらの成果のほとんどは、小金井氏が収集したアイヌ人骨を研究資料としたものである。前述したように、近世アイヌが成立するに際してはオホーツク人との混血こそあったが、それでもアイヌの源流は北海道縄文時代人にまで遡るという見解が、今や定説になったといってよい。
 筆者が札幌医科大学に赴任した45年ほど前には、アイヌは何百年か前に、どこか北の方から北海道に渡ってきた人たちであるなどと、まことしやかにささやかれていた。それが墓地の発掘や頭骨の計測によって、アイヌは、はるか昔から北海道に住んでいた在来の民であることが実証されたのである。”

※百々幸雄『アイヌと縄文人の骨学的研究』(2015)221頁。

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