CHANNELED-off(IDOFF/ID:INVADED)
あるいは妻がいなくなることで、うちの子が早死にするってことかもしれない。親の不幸が、子供の寿命を削るってことは十分にあり得そうだ。
2020-09-18 19:24:23そしてその短くなった分だけで、時間の流れの違う豚にとっては十分なのかもしれない。 水かきの手伝いに間に合うってことなのかもしれない。 ふざけるなよ。 半ば呆然としたまま病院通いと子供の世話と一人きりの呪詛の中でひと月過ぎてしまう。
2020-09-18 19:24:37ふと気づくと夜明け前、空は白んできてるものの周りを囲む林のせいで暗い神社に俺は立っていて、それは近所のよく知ってる神社だが、一瞬自宅に残してきているはずの娘と息子のことが気になるけれど、いや豚は妻の子宮にいるんだから平気だ、と思って、
2020-09-18 19:24:49でもこれをどれだけガランガランと振っても、そして振ってきたけど、結局豚を止めてくれたりしなかったのはやっぱり豚も神様で、神様同士、仲間のやることにそれほどとやかく言ったり介入したりなんてしないのかもしれないなと思う。
2020-09-18 19:25:32そして豚も神様なら、この世の何かの役に立ってるのかもしれないし、そんな善的な役割なんて神様は必要としてないのかもしれない。妻が食い殺されることが悪ということでも、神様の物差しでは、ないのかもしれない。そもそも善悪とか正邪が行動規範ってわけじゃないのかもしれない。
2020-09-18 19:25:42何もわからないままで、ただひたすら俺の家族に神様がちょっかいをかけている。 豚。 神様。 俺は鈴の前に膝をつく。 そして俺は俺の間違いを詫びる。
2020-09-18 19:25:55このしばらくの、呪詛について。 娘の胎内記憶の話を聞いてからの、忌諱感について。 全て間違えていたことについて。 海の花瓶の豚を敬わず、関わりをありがたいと思わず、子供を守るという薄っぺらな義に縋り付くだけで自らを正しいと信じ込んでたことについて。 そうだ。
2020-09-18 19:26:36鈴の前で、その神社の名前は知ってるけれどもそこに祀られてる神様の名前はどれだけ説明の文章を読んでも憶えきれないままで、でも名前だけ知っていても相手を知ってることにはならないものな、と思ってそれほど気にしてもいない柱に、俺は頭を下げ、額を冷たい石の道の表面に擦り付ける。
2020-09-18 19:26:54お願いはしない。 ただ謝るだけだ。 俺が全て間違えていたのです。 それから頭を上げ、家に戻り、家族で食事をとり、妻の父と母とともに病院に戻る。 終わりは近い。 間違いを正さなくてはならない。
2020-09-18 19:27:08「ママの体は豚に負けちゃったけど、ママの魂は豚に負けてなんかいないよ。なぜならママは君に会えたからね。君のことはパパに安心して任せられるし、パパが絶対に君のことを守るからね」
2020-09-18 19:28:08などと言ってるのを聞いてられなくて、俺は口を開ける前に動く。 五歳まで育った息子を背後から抱きしめる。 息子が泣いていて、体温が熱い。
2020-09-18 19:28:18それから俺は言う。妻の股間の奥の豚に。 「弟の方を返す。水かきだの何だの、好きに手伝わせればいい」 妻と息子が悲鳴を上げる。妻は動けないが、息子は俺の腕の中で必死に身をよじり、屈んだり飛び跳ねたりして俺から逃げようとするが、逃さない。 生贄が必要なのだ。
2020-09-18 19:28:32「豚よ!連れて行け!その水かきがそんなに大変ならこの子を連れて手伝わせろ!」 息子がベッドを蹴り、椅子を蹴り、大きな音が鳴って人が来る。 神様は余計な人に見られたくないだろうか? でももう個室のドアを閉めに行く余裕はない。
2020-09-18 19:28:43「豚!豚!聞こえてるはずだ!この子を連れて行け!これが最後のチャンスってわけじゃないだろうが、次の水かきに、今なら間に合うだろう!?」 俺に飛びかかる人がいる。二人、三人。 息子を俺の腕の中から引っ張り出そうとする奴らもいる。
2020-09-18 19:28:55そいつらに俺は何も言わない。無駄だ。俺の言葉は今神様のものなのだ。 「豚!お前の勝ちだ!俺が全部間違えてたんだ!」 本当だ。 そして妻が体をベッドの上で跳ねさせ、両足を開き、宙に浮かぶ。 股間から豚が現れる。
2020-09-18 19:29:05それはアフリカゾウのような大きさをした、豚に似た何かだ。 それが妻の股間から顔を出し、牙をむいて笑いながら息子に手を伸ばす。俺は息子から右手を離し、それを妻の股間へと伸ばす。
2020-09-18 19:29:19豚と俺の右手がすれ違う。 豚が俺の左手が捕まえたままの息子を口の中に入れようとする。 俺は豚の腹の脇から妻の股間の中に手を入れる。そこはジャブジャブに濡れている。壁は消えていて、海がある。そしてその波の上に花瓶が揺れている。
2020-09-18 19:31:04俺は花瓶を握る。普通の花瓶だ。あっちの世界とこっちの世界の物理は違うが、花瓶は花瓶だ。海は海だ。 俺はそれをひっくり返す。 がぽん、とほぼ全体に空気を入れたまま、花瓶は水中で逆さになる。
2020-09-18 19:32:13豚がギョッとしたのがわかる。 慌てるなよ? 「上向きに浮かべてるから水が入るんだよ。逆さまにしておけば、もう水かきの必要はない」
2020-09-18 19:32:31息子は飲まれてない。俺の左手はまだ息子の肩を握っていて、それを突き飛ばす。 息子はそばにいた看護師の男性の足の上に倒れ込む。 「でももし花瓶を逆さまにしておくのに重しが必要なら、俺が行くぜ」 生贄が必要なんだろう?
2020-09-18 19:32:51