「教える」+αより「教えない」虚(-α)のデザイン

教えるという行為は子どもの学習意欲をひどく損なうことがある。学習意欲を高めるにはどうしたらよいか、イノベーションが必要ではないか。
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shinshinohara @ShinShinohara

自分自身がすごく勉強できた人は、教育についてものすごく自信を持っていたりする。ところがどうしたわけか、高学歴必ずしも良師ならず。名選手必ずしも名監督ならず、みたいな。昔から私も不思議に思っていた。さほど自身は勉強できなくても指導がムチャクチャ上手い人も。「師」とはなんだろうか?

2020-09-29 12:06:40
shinshinohara @ShinShinohara

自分が勉強できた人は、自分と同じようにさせようとする。同じ学習法、同じ学習時間、同じ学習環境。ところが指導を受ける当の子どもはスルリと滑り抜ける。嫌がる。結果、教える側は「自分と違って根性がない、やる気がない」と怒る。

2020-09-29 12:09:11
shinshinohara @ShinShinohara

他方、自身は勉強できたわけじゃないけれど、その人が接すると子どもはやる気に満ちあふれ、ガツガツ学ぶケースがある。特に教えてるわけでもない。だから「子どもが勝手に学ぶだけ」という謙虚な態度は、必ずしもただ謙虚なだけではなく、事実。これはなんなのか?

2020-09-29 12:11:49
shinshinohara @ShinShinohara

たまたま素質のある子がそこで育っただけ、という仮説も立てられないわけではない。ただそれだと、教育の完全敗北宣言。それに、どうもそうではない。元の場所では芽が出なかったろう子どもが、師を得て様変わりする事例は多い。

2020-09-29 12:17:33
shinshinohara @ShinShinohara

高校野球は不思議と、監督で全然違う。子どもの素質説をとるなら、どんな監督だろうが優秀な選手が来たら強くなりそうなものだが、その監督が行く先々で強豪校に変わるという事例は枚挙に暇がない。どうも、指導力というのは確かにあるようだ。

2020-09-29 12:19:49
shinshinohara @ShinShinohara

どうも、勉強できるけれど指導力がイマイチな人は、「命じる」という手段しかとっていない感じ。自分と同じように勉強すれば自分と同じようにできるはずだ、と考え、自分の真似をするように命じる(指導する)。ところがその方法は、水を殴るのに似て、無意味であるらしい。

2020-09-29 12:23:07
shinshinohara @ShinShinohara

水に丸くなれ、四角くなれと命じ、殴ったり蹴ったりしても、水は元の形に戻ってしまう。ひどい場合は水が方々に飛び散り、雲散霧消してしまう。ほめたりおだてたりという形の違いはあれ、基本「こうすべき」という命令的指導を受けると、子どものやる気は蹴り飛ばされた水しぶきのように失われる。

2020-09-29 12:25:47
shinshinohara @ShinShinohara

指導のうまい人は、どうやら「虚」を用意するようだ。水を丸くしたり四角くしたりしたいなら、丸い容器、四角い容器を用意すれば自然とその形に収まるように。殴らなくても、命じなくても、水が自ら進んでその形をとるように。

2020-09-29 12:27:58
shinshinohara @ShinShinohara

私は「教えない」という「虚」を設け、「驚く」をデザインすることで「容器の形」をデザインする。特に教えたり指示したりしなければ、子どもは勝手に動き出す。そのうち、たまたま偶然にこちらを驚かすことをすることがある。それに私は「お!」と驚く。

2020-09-29 12:31:07
shinshinohara @ShinShinohara

すると子どもは、そちら方面の能力を伸ばすと驚かすことができることに気がつく。驚かせるのが楽しくて、そちらの方面の能力を伸ばそうと、繰り返す。 同じことだけだと此方も飽きてくるので驚かなくなる。すると、新しいアプローチを工夫して驚かそうとする。また「お!」と驚く。

2020-09-29 12:32:59
shinshinohara @ShinShinohara

能力を伸ばし、新しいことに挑戦すると「お!」と驚かせることができることに気がつき、どんどん能力を開発していく。「教えない」という虚を設け、何に驚くのかをデザインすれば、子どもは気が向いた時に偶然、そちらの能力を伸ばそうとする機会が訪れる。それを待つだけ。

2020-09-29 12:36:18
shinshinohara @ShinShinohara

「驚く」と「ほめる」は似てるけれど、ちょっと違う。驚くには、想定外とか、まさかとか、意外に思うマインドセットでないと驚けない。ところが「ほめる」は、気をつけないと上から目線になる。「あなたもようやくそれに気がついたの。もっとやるべきことはたくさんあるからもっとがんばろうね」

2020-09-29 12:38:53
shinshinohara @ShinShinohara

「ほめる」で誘導しようとすると、子どもは「親はすでに、こんなのは初歩だと知ってるんだ。もっと高度なことを親はもう知ってるんだ。ということは、少々頑張ったところで、親は驚かないんだ」ということに気がついてしまう。親が自分を上から見下ろしてることに気がつき、やる気を失ってしまう。

2020-09-29 12:41:11
shinshinohara @ShinShinohara

ところが「教えない」場合、本人が自分で気がつくかどうか不安がある。祈る思いで待つ。そんな中で子どもが自ら気づき、自ら取り組んだら「よくそこに気がついた!」と嬉しくなる。素直に驚ける。子どもも達成感が強い。教えられていないのにできたことに。

2020-09-29 12:43:14
shinshinohara @ShinShinohara

「教えない」という虚を設け、「驚く」ことで子どもの意欲を刺激する。こうした構えが、名指導者にはあるようだ。このことはあまり言語化されておらず、私なりの表現なので、うまく皆さんに伝わるかわからない。けれど、こうしたつもりで子どもに接したら、子どもは学習意欲を損なわないように思う。

2020-09-29 12:45:49
shinshinohara @ShinShinohara

子どもは、ドロドロに溶けた青銅のようなものなのかもしれない。その状態で腕の形、顔の形を作っても、ドロリと垂れ流しとなり、ただ床で固まった非定型の金属の塊なだけになる。 しかしもし、虚を設けた型があれば、青銅はその形に固まる。

2020-09-29 12:49:08
shinshinohara @ShinShinohara

ここで、「型」の考え方に慎重になる必要がある。型からはみ出ることを大人が嫌うと、いわゆるアダルトチルドレンになる恐れがある。大人が用意した型からはみ出ることを恐れる毎日を送るうち、本当の自分はなんなのか、見失ってしまう。思春期あたりから危機を迎える。

2020-09-29 13:06:56
shinshinohara @ShinShinohara

私のおすすめは、はみ出ることを前提にした型枠だ。わざと小さめの型枠を用意すると、子どもははみ出て驚かそうとする。そのとき「まさか!」と驚くと、想定の外に出ることを恐れない子に育つように思う。

2020-09-29 13:09:24
shinshinohara @ShinShinohara

その小さめの型枠に、わざと亀裂を設けておく。すると、子どもはその亀裂めがけて飛び出す。それに驚くと、子どもは得意満面。その亀裂の方向が、社会的に問題のない、本人も楽しめる方向であれば、なんの問題もない。

2020-09-29 13:11:11
shinshinohara @ShinShinohara

「教えない」という虚を設けること、「驚く」ことをデザインする(反社会的な行動には眉をひそめるばかりで驚かない、など)こと、わざと小さな型を用意することではみ出る喜びを子どもが感じられるようにすること、わざと亀裂を設けていくらでも飛び出てよい方向性をおおよそ示すこと。

2020-09-29 13:13:46
shinshinohara @ShinShinohara

指導する場合は、どうやら「虚」のデザインこそが重要なようだ。もう少し精査しないといけないことがあるが、基本的には、「教える」という+αではなく、「教えない」-αのデザインこそが重要なのだと思う。

2020-09-29 13:15:43