時の支配者と妖精の軍勢(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

追いつかぬ勢いで湧出が続いているということ、 風の司は平明な下妖精語で語り、次いで上妖精語で繰り返すと、黒髪の地妖精の代表に、上妖精の三王国の動静について尋ねた。 「聖なる山の御許では、光の諸王のうち狩の男神と笑う戦神、そのもとで働く精霊が湖を押し返している」

2020-10-10 18:38:37
帽子男 @alkali_acid

「さらにまた金の木の灯燃える昼の間は風の鷲、銀の木の灯冴える夜の間は星の物見が、隅々まで地を見張る。草木も獣も、花と木の女神に凶兆を告げ知らせる。しかしなお、輝く湖の禍を断つは能わず」 アキハヤテは続けて炎の神殿の代表たる金髪に隆々たる体躯を持つ青年、男巫のシノノメに促した。

2020-10-10 18:41:49
帽子男 @alkali_acid

「こたびの禍の発端は、炎の神殿の試みた水鏡の術にかかわりがあるのではありませんか。水鏡の術とはいかなるもので、なぜそのような術を用いようとしたのか、神殿から明かしていただきたい」 「喜んで」 生粋の空妖精であるシノノメは莞爾として答えた。 「水鏡の術は、異界へ通じる門を開くもの」

2020-10-10 18:43:42
帽子男 @alkali_acid

元は笑う戦神に仕える力士であったという雄躯の持ち主は、さわやかに能弁を振るった。 「太古の妖精に淵源を持つ術とされます。神殿の見習い巫女の一人が、呪具の研鑽を深めるさなかに偶然見出し、後に行方不明となりました」

2020-10-10 18:45:57
帽子男 @alkali_acid

風の司は、学哲らしい白皙の面の上に情を動かさず相槌を打って先を話すよう勧める。 すると焔の男巫はにこやかに続ける。 「神殿では消えた見習い巫女を探しましたが、至福の地のいずこにも見いだせず、異界…恐らく狭の大地に消えたものと考え、ならばと同じ術をなぞろうと考えたのです」

2020-10-10 18:49:25
帽子男 @alkali_acid

「なぜ諸侯に知らされなかったのです」 「こうした秘儀が外に漏れれば、いっそうの禍を引き起こしかねぬと考えたためです」 「輝く湖は、そのことが引き金であらわれたのでは」 「いいえ。考えられません」

2020-10-10 18:51:24
帽子男 @alkali_acid

焔の男巫は、神殿が試みた水鏡の術がいかに危うきを避け、安きを全うしているかを、精緻な術理を鮮やかに解き明かしつつ語り聞かせた。 「魔法の研鑽を専らとするものならば、そのような疑いが的外れであるとすぐ悟るでしょう」

2020-10-10 18:55:29
帽子男 @alkali_acid

無知と誤謬に基づく外からの批判に対し、叡智を蓄えた祭司が辛抱強く蒙を啓く、そういった口ぶりだった。 「さらに多くをお教えすることもできますが、禍の責を誰に負わせるべきか、という考えからのお尋ねでしたら、不毛と言わざるをえません…この場は禍をいかに断つかを話し合うためにあるはず」

2020-10-10 19:00:53
帽子男 @alkali_acid

「結構」 風の司はこの種の論法には慣れきっているようで、あっさりと受け流した。 「禍を断つため、爾後は炎の神殿の秘儀も分かち合っていただけるものとして、いかにすべきかを論じるとしましょう」

2020-10-10 19:09:12
帽子男 @alkali_acid

諸侯はそれぞれ意見を述べた。 大まかに二つの案が出た。一つは光の諸王に訴え、神々の強大な魔法によって輝く湖を封じ、攫われた民を取り戻すというもの。もう一つは妖精が自ら兵を起し、敵地に攻め込むというもの。

2020-10-10 19:11:46
帽子男 @alkali_acid

「狭の大地に舞い戻れば、光と闇の約定に背くことになろう」 「だが輝く湖こそ、闇の軍勢が約定を破り、至福の地を侵した証ではないか」 「すでに約定は破れた」 「我等が故地たる美(うま)しき森も、湖も野も丘も、かの暗きものどもの蹂躙するところとなっているのではないか」

2020-10-10 19:15:50
帽子男 @alkali_acid

妖精の王や公の切れ長の双眸に、それぞれ長く愛で暮らした狭の大地の景色が蘇る。 苦しみも争いもない至福の地、二つの木の光輝き、豊かで喜びに満ちた世界で永遠の生を寿いでいても、なお忘れ難き古里の思い出が。

2020-10-10 19:17:54
帽子男 @alkali_acid

「しかし…誓いは破れぬ」 「もし輝く湖が闇の軍勢の仕業でなければ、我等が約定を破り、兵を進めるは不義の戦。流れる血は愚かさの報いとなろう」 下妖精の諸侯の間には、過去に上妖精が禁を破って起きた大戦によって苦しんだ記憶もまたなまなましく残っていた。

2020-10-10 19:20:39
帽子男 @alkali_acid

妖精の石こと先の上王アルウェーヌが発言を求めると、一同は静まり返った。 「輝く湖の底に何ものがあるか、正体を掴むのが第一と考えます」 「いかにして」 森と山の王スラールが穏やかに尋ねた。

2020-10-10 19:24:46
帽子男 @alkali_acid

「湖をくぐったものは戻りません。下妖精にあって武名高き我が母ガラデナもまた、いまだ還りません。いたずらに斥候を送っても、犠牲を増やすばかり。しかし湖の底にあるものの目的は明らか。妖精を攫うこと」 ミドリイシは語った。

2020-10-10 19:27:40
帽子男 @alkali_acid

「光の諸王のうち最も知恵深き忘却の男神を天の帳より呼び戻し、神々にあらためて助勢を乞い、妖精と力を合わせ、拉致を行えなくすれば、自ずと向こうは攻め手を変える。そこから正体を探ります」 「それでは攫われた民が取り戻せぬ」 地の妖精の代表が訴える。

2020-10-10 19:30:06
帽子男 @alkali_acid

「いえ、捕虜を取り戻すためにも、まず敵の正体を掴むのが先決と考えます。我等の魔法の研鑽は、至福の地に居を定めてから長足の進みがありました。おかげで輝く湖の術の使い手の素性もおぼろながら見えています。さらに多くを知り、敵の考えを掴めば、攻めを誘うこともできます」 「攻めを誘う?」

2020-10-10 19:34:18
帽子男 @alkali_acid

先の上王は頷いて応じる。 「術のことごとくを封じ、輝く湖の底にあるものが、水なき面(おもて)から這い出すのを誘うのです」 「…まさか…狭の大地から至福の地に攻め込ませるというのか。敵を」 「はい。そうすれば約定を破ることにはなりません」

2020-10-10 19:36:09
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌはゆっくりと語句を継いだ。 「敵が我等と同じく戦の常法を知るものであれば、捕虜にとり、身代として同胞と交換するよう求めます」 「理の通らぬ魔性であれば何とする」 「智慧なき種族であれば、いっそう処するはたやすい。飼いならして送り返してもよし、天敵や致死の毒を探るもよし」

2020-10-10 19:40:08
帽子男 @alkali_acid

「しかし…果たして至福の地を危うきに曝す策を光の諸王が許すか」 「我等妖精の守りたる炎の男神のお力添えがあれば」 アルウェーヌが答えると、今度はギリアイアが発言する番となった。

2020-10-10 19:53:32
帽子男 @alkali_acid

「至福の地に戦を持ち込ませる策は肯ぜられぬ。かつてこの地で血が流れた際、あまたの呪わしきできごとがあった。我等の民を奪ったものに、我等の地を踏ませることも認めがたい」

2020-10-10 19:55:16
帽子男 @alkali_acid

森の先王は淡々と告げた。 「炎の男神の御心いかであれ、星の女神や風の男神、ほかの光の諸王が至福の地に干戈を招く策を許すとは思えぬ。さらにまた、この老骨が軍将として語るはおこがましくもあるが、敵を本土に入れるは半ば戦に敗れるも同じ」

2020-10-10 19:59:42
帽子男 @alkali_acid

ギリアイアは言葉を切って、しばらく一同に考えが染み渡るのを待ってから、また語句を継いだ。 「我が娘ガラデナが湖に踏み入り、還らぬことは焔の神殿から報せを受けている。あのものの武勇は私もよく知る。しかし単身であった。充分な備えをした軍勢を送り込むならば二の轍を踏むとは限らぬ」

2020-10-10 20:03:20
帽子男 @alkali_acid

「軍勢がことごとく囚われる恐れもありましょう」 「初めに送るのは威と力をもってあたり、相手の正体を偵(うかが)い察(おしはか)る一隊。素早く攻め、素早く退き、功を奏せば本隊を送り込む。しくじればまた搦め手から別の隊を送る」 「ことごとく囚われるやもしれません」

2020-10-10 20:08:38
帽子男 @alkali_acid

「さような力を持つ敵であれば、ますます至福の地に引き入れる訳にはゆかぬ。私はそれより妖精の騎士の迅速を恃みとする」

2020-10-10 20:11:28
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